女の賭博の賭け方

@oka2258

才色兼備の良妻

卒業して久しぶりの同窓会で真澄は亜沙莉を見つけて、グラスを片手に絡みに行った。


彼女とは学校一の美人の座を競ったライバルだが、いつも有紗よりも劣っていると思っていた。

だから今は彼女に勝っていたかった。


「有紗、久しぶり。

悠馬とはまだ続いているの?」


有紗の相変わらず凛とした美しさは変わらない、いつもわたしは彼女の下に見られていた。

真澄はそのことを苦々しく思いながら、嫌味を言う。


付き合っていた男だけは有紗よりずっと上だったと真澄は思い出していた。


「真澄、お元気そうでなによりね。

悠馬は、今は夫だけど一緒に来てるわ」


まさかあのダメ男と結婚したの!

真澄は驚いた。


そして、有紗の見る方向に目をやると、高校時代には見たことのない、筋肉質で爽やかな若者が談笑している。


「嘘っ!

あのおデブだった悠馬があんないい男になってるわけないでしょう!」


真澄は驚いて叫んだ。

悠馬とは幼稚園からの付き合いだったが、その真澄でもわからない変貌ぶりだ。


その驚きぶりを見ながら、有紗は落ち着いていう。


「あなたにデブ、落ちこぼれと言われて、振られたのがショックだったみたいで、彼はずいぶん頑張ったのよ」


「でも悠馬の大学はZ大学よね。

見た目は良くなってもその学歴じゃあろくなところに行けてないでしょう。

うちの蓮はK大学からO商事に勤めているわよ」


「あなた達も結婚したの?

お似合いだったものね。

そんな一流企業に入るなんて流石は蓮くん。


悠馬はあれから受験をし直して、T大学に入って、M会社に勤めているわ」


「信じられない!

あんなに成績の悪かったのに、T大学出てM社なんて信じられない」


それならば蓮の経歴のずっと上を行く。

今日は何度驚かされるのかと思いながら、真澄は叫んだ。


「でも悠馬のお父さんもお母さん、お兄さんもT大学出で一流企業だしね。

血筋からいってもおかしくないと思うわよ。


あれ、真澄の服のそれ、C社のバッチね。

いいところに勤めているのね。

わたしも近くの区役所で働いているから、またお茶でも一緒にしましょう」


そう言うと、有紗は唖然とする真澄を置いて、彼女に声をかけてきた友人の方に向かった。


それでも有紗の働くところが区役所と聞いて、自分のところの方がずっと華やかで待遇もいいと真澄は誇りを取り戻した。


(あえて会社のバッチをつけてきて良かったわ。

でも有紗はずいぶん成績が良かったのに、区役所なんて志が低いこと。

それにしても悠馬がそんなに変貌するとは思いがけないわ!)


幼馴染の悠馬はずっと真澄のことを好きで、何度も告白してきたが、真澄は将来性がないと振って、成績優秀で顔も悪くない蓮を選んだ。


そして、自分が振った悠馬と付き合うことにした有紗を、見る目がないと笑っていた。


まさか自分が選んだ蓮より、悠馬の方が見た目も就職先も上を行くなんて。


真澄はショックを隠せなかった。


真澄は実家に帰って、母に聞いてみた。

悠馬の家とは近所で、母同士は仲が良かった。


「悠馬くんのこと聞くなんて珍しい。

彼を振ってから、ずっと聞く価値もないとか言ってたのに。


ずいぶん頑張って、T大学に入ったんだって。就職先もいいところと聞いたわ。

お母さんが、奥さんの有紗さんのおかげだと感謝してるのをよく聞いてる。


有紗さんが、エリート家族の落ちこぼれだと自暴自棄になってた悠馬くんを、叱咤し、褒めて立ち直らせたそうよ。


悠馬くん、時々帰ってくる時に会うけど、かっこよくなったわね。

お父さんが彼の会社と取引があるけど、彼は仕事もできて、会社では出世頭で、将来の幹部候補と言われてるとか。


ああ、アンタのこと好きだったのに、うちの義理の息子になってくれていればねえ」


母はそうため息をつく。


「そんな磨けば光る原石とは思わなかったわ。おデブのダメ男だと思ってたのに」


「まあ、あんたが相手では光らなかったかもね。

有紗さんは、悠馬くんの世話をしっかりするために早く帰れる区役所に就職したらしいしね。

いくらでもいいところから来て欲しいと言われてたのを断ったらしいわよ。

良妻の鏡よね」


悪意なく母はそんなことを言う。

そして矛先は真澄に向かった。


「あんた、蓮くんの世話してるの?

男女同権って言っても、男の人はプライドあるんだから。

うまく転がさないとダメよ。

あんた、そういうの下手そうだから心配だわ」


「うるさい!

うちの家庭に口出ししないで!」


そう言って真澄は実家を飛び出た。

有紗がベタ褒めで腹が立つ。


(でもおかしいわね。

有紗は誰かに尽くすタイプのはずがない。


あの女は女王のように全てを見下していた。

もちろん表には出さずに、皆に慕われていたけど、彼女を観察してた私にはわかる。


そんな有紗が自分のキャリアを捨てて男に尽くすなんてあり得ない)


もやもやしながら帰宅した真澄は、家でのんびりとゲームをやっていた蓮を怒鳴りつける。


「ちょっと悠馬の話を聞いた?

あいつ出世頭らしいわ。

あなたももっと頑張ってよ」


有紗には負けたくないと、真澄は蓮を叱咤する。

それがしばらく続くと最初は頷いていた蓮も反発し始めた。


「そんなこと言っても、家事もやらなきゃいけないし、そんなに残業もできないだろう。

真澄が家事を引き受けてくれるのか?


悠馬の家は家事は有紗さんが完璧にやってるらしいぞ。

そうしてもらったら俺だって必死で頑張れると思う」


「男女平等の世の中で何を寝言言ってるの!」


元々共稼ぎで給料も変わらないので、家事は平等にと約束していた。


最初はお互いに気を遣って、忙しくなると相手のことをカバーしていたが、関係が冷え始めると、これをしていないじゃない、仕事が忙しいんだと口論になる。


家庭は会話もなくなり、冷え冷えした空気が流れる。真澄はまっすぐに家に帰りたくなくて、誘われた合コンに出かける。


「結婚しても女は自由に恋愛していいのよ」

そう言って合コンに誘った同僚も既婚者だった。


そんな時に、バッタリと有紗に出会う。

ハイテンションだった真澄は有紗に声をかけた。


「有紗、悠馬なんかといてもつまらないでしょう。

今日はイケメンの若手社員と合コンよ。一緒に行かない?

あなたみたいな美人が来たら盛り上がるわ」


それを聞いた有紗は軽く笑った。


「主婦合コンというやつかしら。

申し訳ないけど、わたしは悠馬といるのが楽しいし、他の男に目を向けるつもりはないの。

ごめんなさいね」


幸せそうにあっさりと行き過ぎる有紗を見送り、イライラしながら真澄は約束の店に向かう。


面白くない気持ちを持て余し、真澄はその夜、若いイケメンと関係を持った。


翌朝、ヤバいかもと焦りながら帰った彼女は、寝ている夫を見て、落ちつきを取り戻した。

むしろ、自分の行動を気にしない夫に落胆したのかもしれない。


それから数ヶ月、次第に大胆に不倫を繰り返す真澄は、ある日、夫の蓮から浮気の証拠と離婚届を突きつけられた。


離婚するつもりなどなかった真澄は、愕然とし、泣いて縋った。

真澄の両親も許してやった欲しいと必死で頼む。

一度だけ許す、次はない、条件は家事を全部することだと蓮は宣告した。


ホッとしてやり直せると思った真澄だが、家事を全部させられるのは不満だったし、蓮はその後も彼女に事あるごとに浮気の件を持ち出し、責め続けた。


真澄は家にいるのが辛くなるが、親からも次に浮気したら親子の縁を切ると言われている。


彼女はそのストレスを今度はギャンブルに向けた。

最初に行った近くのパチンコ屋では、若くて人目を惹く容姿の真澄は目立ち、すぐに近所で話題となった。


ひそひそと噂されるのに辟易した真澄はパチンコ屋を諦め、離れたところにある競馬場に向かう。


「有紗、こんなところで会うなんて奇遇ね。

あなたも馬券を買いに来ているの?」


思いもよらない場所でばったり会った有紗をみつけて、真澄は思わず声をかけた。


「あら真澄、一別以来ね。

あなたが覚えているかわからないけど、わたしは乗馬が趣味なの。

馬主になってるし、時々馬の走る姿を見たくてやってくるのよ」


そういえば彼女は乗馬部だったわねと、遠い記憶が蘇る。


「でも競馬場に来たら賭けなきゃ面白くないと思わないの?

次のレースの本命は7番よ。

どう一緒に馬券を買いに行かない?」


誘う真澄の顔を見て、有紗は何も言わずに美しく微笑した。


そう、高校時代から有紗は自分の気に入らないことには微笑するだけだ。


突然、二人に酔漢が絡んできた。


「そこの美人さん達。

俺と飲みに行かないか?

今日は大勝ちしたんだ。

いい思いをさせてやるぜ」


「いいえ、結構よ」


毅然と断る有紗に、カッとしたのか男は彼女の腕を掴んできた。


そこに悠馬がやってきた。

まっすぐに有紗のところに走ってくる。


「僕の妻に何をする!手を離せ!」


悠馬は男の手を引き剥がし、有紗を後ろにして男を睨みつける。


悠馬の怒りの形相を恐れたのか、男は黙って去っていった。


「有紗、大丈夫かい。待たせてごめんよ。

すぐに変な男が寄ってくるから離れないようにするね。


そうそう、次のレースは本命の7番にしたよ。

あれ、誰かお友達?」


幼馴染で初恋の人だった真澄を忘れるほど、悠馬は有紗しか見ていないようだ。


「ふふっ。じゃあ、観戦に行きましょうか。

真澄、また会いましょう」


「ああ真澄か。

久しぶり。じゃあ」


悠馬は有紗の手を握って、何かを熱心に話しかけている。

その姿は飼い主に戯れつく犬の姿に似ていた。


幼い頃から弟のように見下していた悠馬が酔漢にかっこよく立ち向かう様に驚くとともに、彼に目も向けられず、真澄の自尊心は傷ついた。


悔しくなった彼女は次のレースで悠馬と違う大穴に賭けて、見事に的中させた。


それが機会となって競馬にのめり込む。

気づいた時には、借金までしてギャンブルにのめり込んでいた。


(今日こそは!)

夫の蓮が怪しんで、家計のチェックを始めている。


今日のレースで勝たなければ、共通の口座から流用して馬券を買っていたことがバレてしまう。


真澄は必死だった。

しかし、負けた。

電車賃を残し、有り金が無くなった真澄は目の前が真っ暗になった。


最近の蓮の様子では、使い込みがバレたら離婚だろう。

親からも見放されそうだ。

風俗にでも行かなきゃダメだろうか。


いや、悠馬はお金がありそうだ、抱かれることを条件に金を借りようか。

でも、有紗にベタ惚れのあいつが言うことを聞くだろうか。


絶望するその目の端に有紗が入る。

優雅に馬の観戦に来ていたようだ。


そうだ、彼女にお金を借りよう。

真澄は恥も外聞もなく、有紗に近づき、借金を頼んだ。


「ふふっ。いいわよ。友達の頼みですもの。

借金はいくらあるの?

でも今の手持ちはこれだけしかないわ。

家に来てもらえる」


有紗の車で家に向かう。

そして借金分の200万円を借り、借用書を書いた。


「ありがとう。

この恩は忘れない。

あなたのためならなんでもするわ」


絶体絶命の窮地を脱した真澄は涙を流しながら有紗の手を握って、心の底から感謝した。


「いいのよ。

でも、夫婦に隠し事はできないし、このことは夫には話をさせてもらうわね」


そしてその後に聞こえないような小声で呟いた。


「あなたにはいい馬を手放してもらったしね。

それに悠馬は初恋の人にまだ未練があるかもしれないけど、借金を知れば愛想を尽かすでしょう」


そして声を改める。


「真澄、忠告してあげる。

ギャンブルは賭けるものが大きいほど面白いの。

馬券なんか下の下。

馬券よりも馬を育てて、一流の競走馬にする。

馬の育成よりも男を育てて、一流の男に仕立てる。

それが女の一番楽しいギャンブルじゃないかしら」


「じゃあ、悠馬と付き合って、結婚したのは・・」


「結婚するなら一流の男をとは言うけど、自分で育てられればもっと面白いじゃない。


悠馬は血統は指折りよ。

家庭でうまく育成できていなかったようだから、私がもらって育ててみたの。

予想以上によく育ってくれた。

これからどこまで伸びるか楽しみよ」


「でも今は男女平等の世の中よ。

悠馬を育てるくらいなら、自分で社会に出ればあなたならばすぐに頭角を表せるじゃない。

私もあなたの下で働きたいわ」


有紗に屈服した真澄は彼女を自分のボスとしたかった。


でも有紗は微笑して言った。


「そう言ってくれる人は多いわ。


でもね、いくら速くても騎手が馬と一緒に走る必要はないでしょう。

馬を育てて、馬上で優雅に馬を操り、結果を楽しむのが騎手のすること。


そして馬の走る環境を良くしていくのも私たちの仕事よ。

夫の仕事に関心を持って、悩みを聞き、アドバイスをしてあげれば、彼も喜ぶし、仕事も把握できるわ。


そして私たちはそれを共有して、お互いの夫の仕事がうまく進むようにしてあげるの」


「わかった。

私も蓮をうまく育てていくわ。

そして、蓮をあなたに協力させる」


「そう。

女は男を操る方が得意なのよ。

みんなで協力して夫をうまく走らせましょう」


真澄は有紗の言葉を聞いて、素直に感心し、有紗に何度も礼を言いながら家を去った。




「お前、馬扱いされてるぞ!

ひどいじゃないか。

あんな嫁とは別れたらどうだ」


悠馬の部屋では悠馬の兄が激怒して弟に詰め寄っていた。


たまたま兄弟でばったり出会い、悠馬の部屋でいっぱい飲んでいたところに有紗達が帰ってきたのだ。


挨拶しようと応接室に入りかけたところで、二人が深刻そうな話をし始め、そのまま立ち聞きをしてしまった。


悠馬の兄は弟を立ち直らせてくれた有紗のことを感謝していたが、その内心を知って怒っていた。


しかし、悠馬は全く動揺する気配はなく、むしろ安堵しているように見える。


「何を怒るのさ。

駄馬になりかけた僕を救ってくれたのは有紗だよ。

僕は彼女に感謝こそあれ、何一つ怒ることは無いよ。


むしろ、今までどうして僕みたいなダメ男に尽くしてくれるのか、いつ捨てられるのか不安で仕方なかった。


これで安心して彼女といられるよ」


そう言ってホッとしたように笑う弟に兄はなんと言っていいかわからない。


「でも、あの女は明らかにお前を見下しているんだぞ。

お前を馬扱いして、結果を出さなかったら捨てられてたかもしれない。

とてもお前を愛してるようには思えない」


「それがどうかしたの?

僕は彼女を主人、いや救世主だと思っている。

クラスメートからも家族からも見放され、馬鹿にしていた僕に目をつけて、磨いてくれたのは彼女だけだ。


兄さん、速く走れない競走馬は馬肉になるんだ。

僕は馬肉になりそうなところを、彼女に調教してもらい、レースに出られるようになれた。

そのために必死で走って恩返しをしなきゃ。


あ、そろそろ明日の仕事の準備をするから帰ってくれる?」


「今のお前なら本当に愛してくれる女もいくらでもいるぞ」


「僕を下に見て、ペットのように扱っていた肉親に何を言われても響かない。


兄さんはお義姉さんと見合いだったね。

お互いにいい条件だったから結婚したんでしょ。

兄さんがまともに働けなくなっても義姉さんは愛してくれると確信を持てるの?」


言葉を失った兄を部屋から追い出しながら、悠馬は応接室に声をかける。


「有紗、帰ってたの?

兄さんが遊びにきてたけど、帰るところなんだ」


「まあ、それは気づかずに失礼しました。

もう少しいらしたら」


兄には、そう微笑する弟嫁の美しい顔が今日は魔女に見える。


「いや、所用もあるので失礼するよ」


そう言って慌てて靴を履く兄に、悠馬は小さな声で話しかける。


「今日聞いたことは他言無用だよ。


まあ言ってもいいけどね。

僕は家族と縁を切っても構わない。

有紗が僕のすべてだ」


満面の笑みでそう言う弟が魔女の下僕に思えて、兄は慌てて家を出た。


その後ろで、

「有紗、明日から重要な会議があって、君の意見を聞かせて欲しいんだけど」

と言う弟の甘い言葉が聞こえてきた。


それは、飼い主に餌をねだる馬の鳴き声のように聞こえた。


















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