第3話 自分を磨け!

「いらっしゃいませー、ご注文お決まりでしたらどうそ!」


 今、僕と一条君はアルバイトをしている。

 ボッテリヤというハンバーガーショップでレジをしているのだが、なぜか一条君の方にだけ長蛇の列ができている。


「いらっしゃいませ。当店のおすすめ、いや俺のお勧めはこのスペシャルセットだ! 貧乏くさい100円の商品とはわけが違うぞ?」

「一条君のおすすめならそれ10個ください!」

「あ、私もそれ10個!」


 中身はアレだが容姿は抜群にいいのがヴィンセント一条という男。

 早速彼目当ての客が押し寄せてきてる。


「すごい人気だなー、一条のやつ」

「あ、南先輩。やっぱりイケメンっていいですよね」


 南先輩は僕たちの教育係となった社員さんだ。


「でもこんなにすぐ評判になるなんてすごいですよね」

「なんだ塚原、表のポスター見てないのか?」

「え、ポスターですか?」


 入り口のところに行って掲示されているポスターをみて僕は驚いた。


 決め顔で腕を組んだ一条君が、皆を見下すようなアングルで撮影されていて。

 そこには太文字で『俺が一条だ! 買いに来い! 後悔はさせん!』とキャッチコピー的なものが書かれていた。


「え、こんなのいつ作ったの!?」

「これは今朝撮影して大急ぎで会社が手配したんだ。彼の履歴書を本部に送ったらそうしろって指示が来たらしくてね」

「やっぱりイケメンって得だよなあ」


 そして列を分散させるために渋々僕のところで会計するお客さんは皆渋そうな顔をして100円のハンバーガーを一個だけ買っていくのであった。


 世の中不平等だとうなだれていると、列に割り込むおばちゃんの姿が目に入った。

 もちろんそれを見過ごすことはできないので僕は止めに入る。


「あ、あのお客様、割り込みは他の方のご迷惑になりますので」

「ちょっと、私こことってたんですけど、どいてくれる!?」


 僕の制止を振り切っておばちゃんは列の中へ。

 すごい図々しい客だ。

 しかしあの正義感の塊みたいな一条君はこういうのを見て何も思わないのだろうか?


 おばちゃんはその後もどんどんと割り込んでいき、あっという間に一条君のいるレジまでたどり着いた。


「一条君、私いくらでもハンバーガー買うわ! どれがおすすめか教えてちょうだい!」


 イケメンはマダム層にもモテるのかと見ていたが、一条君はなぜか仁王立ちして動かない。


「一条君? 聞いてる?」

「貴様のような無礼者の言葉を聞く耳など持っておらん! 帰れ!」

「な、なによ!? それが客に対する態度なの?」

「貴様のような下衆を客とは認めん! 認めてほしかったら最後尾から出直してこい!」

「な、なんなのこいつ! いいわよもう!」


 割り込みおばちゃんは焦るように帰っていった。


「一条君、やっぱりさすがだな。僕じゃあんな風には対応できなかったよ」

「ふん、人に迷惑をかけたり空気を読めなかったりするやつは嫌いなだけだ! 相手にも感情があるのだということを理解しておかねばこの社会では生きてはいけぬぞ!」

「え、それ一条君が言っちゃうの……」


 そこまでわかってるならもう少し空気読めるようになろうよ。


 結局夕方のバイトは大盛況な店内の対応に終始追われてあっという間に終了した。


「南先輩お疲れ様です」

「ご苦労だったな、あとは頼む」

「お疲れ様二人とも。そうだ一条君、明日撮影よろしくね」

「え、撮影ってなんの?一条君、何か聞いてるの?」

「ふん、どうしても俺にCMに出てほしいらしくてな。喜べ、お前も出るように言っておいてやったぞ」

「え、うそでしょ!?」


 急遽CM出演が決まった。


「いやでもやっぱり一条君はすごいよ。これならどこでもやっていけるんじゃないか?」

「慢心は一番の敵だぞ英介!自分に奢らず日々精進を続けてこそ一流になれるのだ。」

「言うことはほんと一流なんだよなー」


 とても今日のバイト代を日払いでもらっているやつの発言とは思えない。


「さて、仕事をした後は一杯やるのが上級民族の習わしだ。飲みに行くぞ」

「いや早く金返してよ。それに女の子を探さないといけないんでしょ? サークル巡りする話はどこいったんだよ?」

「うるさいやつだな。それなら店でナンパすればよいではないか!」

「絶対僕にさせるくせに……」


 結局一条君から「そんな細かいことを気にしているやつは出世できない」と散々説教されて飲みに行くことになった。


「そういえば大学前のbarがあるんだけどあそこ安いしそこにする?」

「ほう、財政管理に気がまわるようになるとは成長したな英介」

「お褒めのお言葉感謝します……」


 そして二人でbarに入るとなんとまた四条さんがカウンターで飲んでいた。

 しかも今日は隣に男性がいる。


「あ、四条さんが男の人といるよ。やっぱりモテるから男の一人くらいいるよな」


 一条君は怒らないのかなと思い、心配しながら顔を見たが至って普通だった。


「世の中男と女しかおらんのだ。異性と飲むことにいちいち目くじらを立てているようではいい女は捕まえられんぞ!」

「う、うんまぁそうだよね。彼氏じゃないかもしれないし」

「そうだ、断じて違う!」

「やっぱり怒ってない?」


 イライラが抑えきれない一条君を連れて、二人で奥のテーブル席に座ると、四条さんたちの会話が聞こえてきた。

 店内が暗く、どうやら四条さんも僕たちには気がついてない様子だ。


「ねぇ四条さん、最近あの変な銀髪に目つけられてるみたいだけど大丈夫?」

「は、はい。でも悪い人じゃないみたいですし」

「確かにイケメンだとは思うけどあいついい評判聞かないからやめておいた方がいいよ?」

「うーん……でも……」

「そんなことより俺とこの後カラオケ行かない?」

「え、でも二人ではちょっと」

「いいじゃん、飲みもカラオケも変わらないよ!」

「ええと、それは……」


 なんか彼氏という雰囲気ではなさそうだな。


「よかったね一条君、四条さんの彼氏じゃないみたいだよ」

「当たり前だ! それより横の男、少し動きが怪しいな」


 一条君がそう言った時、四条さんが席を立った。

 どうやらトイレに行ったようだ。


 そして四条さんの隣に座っていた男が四条さんの飲み物に何か入れたのが見えた。


「あ、一条君あれって」

「心配するな英介、ここで待っていろ」


 席を立った一条君はカウンターの男のところに行き、四条さんが座っていた席に腰かけた。


「失礼する」

「な、なんだお前? あ、四条さんに付きまとってるやつだな、このストーカー野郎が」

「ストーカーとは笑わせる。そもそも俺がルールだ。だから俺が認めた相手にどれだけ接触しようともそれになんの不都合があるというのだ。それより貴様、何を入れた?」

「え、いや何の話だか」

「ほう、俺の見間違えだというのか?」

「そ、そうだ暗いんだしお前の勘違いで言いがかりつけてくるなよ!」

「バカ者が! 俺は間違わない、俺は勘違いもしない、俺が黒だといえば黒なのだ!」


 うーん、それブラック企業の社長の考え方だよ一条君。


「そ、そこまで言うのなら証拠見せてみろよ!」

「なら貴様がそのカクテルを飲め。そうすればここの代金は全て俺が持ってやる!」


 いやだからすぐに奢ろうとする癖直してよ。

 今日のバイト代がなくなるからさ……


「く、くそっ……お前の顔は覚えたからな!」

「当たり前だ、王の顔を忘れるなど無礼千万!目に焼き付けて家で我が木像でも彫るがよい!」

「なんだこいつ……」


 カウンターの男は一条君に怯えるように先に帰っていった。


 と、同時に。

 四条さんが戻ってきた。


「お待たせしまし……え、あれ、なんであなたがいるの!?」

「恩人に対して随分な態度だな小娘。まぁいい、座れ」

「え、いや、加藤先輩は」

「いいから座れ」

「は、はい……」


 僕は一人でテーブル席に残されてちびちび飲みながら二人の様子を観察していた。

 大丈夫かな一条君……


「え、えと、恩人ってどういうことですか?」

「あの男、貴様の飲み物に睡眠薬を仕込んでいたのが見えたからな。追い出してやったのだ」

「え、加藤さんが? まさかそんな……」

「そのカクテルを飲んでみればわかる話だ」

「うそ……」

「随分と辛そうだな。親しい人間だったのか?」

「まあ、サークルの先輩でとてもよくしてくれる人で。でもそんなことする人だなんて……」


 四条さんはショックを受けている様子だな。

 親しい人から裏切られると辛いよな確かに。

 ちゃんと一条君は励ましてやれるのか?


「ほう、よかったではないか縁が切れて」

「え!?」


 え!?

 なんてこと言うんだよ!?

 縁が切れてショックを受けてるんじゃないか。


「あの男が女を性の対象としてしか見ていない下衆だったと早いうちにわかってよかったではないかと言っている。そんなクズといくら酒を交わしても時間の無駄だ」

「……確かに最近はしつこくなったなって思ってましたけど、でもいい思い出もたくさんあったんですよ」


 ほらー、なんか傷口広げてるよ。


「だから今までのことも全部嘘だったって思うと辛くて」

「なぜ嘘だと言い切れる? あいつは今はクズだがそれでも貴様に向けた優しさだってあったはずだ。今あいつがクズになったからと言って過去の奴まで否定する必要はない。それはそれだ!」

「そ、そうですよね……でも、だったらどうしてこんなことを……」


 一条君もいいこと言うけど四条さんのショックも相当みたいだな。

 さて、どうまとめるつもりだろう。


「人間などほとんどのものが欲に勝てぬまま落ちていくものだ。俺以外はな! だから俺は愚民どもの行為を見ても幻滅もしないし落胆もしない。相手につまらぬ期待をするくらいなら先ず自らがそんな人間にならぬよう努力するべきだ、違うか?」


 おおー、なんかいいこと言ったけど……ちょっと話逸れてない?


「そ、そうですよね。私、勝手に加藤さんの優しさに甘えてました。まず私がしっかりしないと、ですね!」


 な、なんかわからんけど通じた!?

 内容は少々変でも自信満々に言われたらそうかもって思っちゃうもんなのかな。


「いい心がけだ。それでこそ我が妻にふさわしい」

「あ、あの……私、四条京香って言います。昼間は自己紹介もせずに失礼しました。それに二度も助けてもらうなんて」


 あれ、あれれ?

 またいい雰囲気じゃないか?

 このままゴールインしそうなら邪魔者は消えますよ??


「ふむ、俺はあのヴィンセント一条だ」


 どの一条だよ!

 まだ何も成し遂げてないだろ。


「して四条とやら、我が妻として迎えるにふさわしい貴様に一つ聞いてほしいことがあるのだ。王からの勅命だ、光栄に思え!」

「は、はい。私にできることだったら」


 え、あのジャイアンが人に頼み事?

 もしかして本当にプロポーズしちゃうとか??

 おいおい見てるこっちが緊張しちゃうよー!


「きれいな女子おなごを5人ほど紹介してはもらえぬか?」

「……はい?」


 ……はい!?


「いや少し女を探しておってな。明日までに揃えぬと我が権威に関わるのでな。すまぬが早急に手配を頼む!」

「……最低!! 死ね!」

「ぐはぅ!」


 みぞおちー!!

 一条君がカウンターに沈んだ!

 そして四条さんが出て行ってしまった……


「なに聞いてるんだよ!? せっかくいい雰囲気だったのにまた嫌われたよ!?」

「ううむ、飲んでいたものが全て出そうだ……し、しかし、二度も助けてやったというのに俺の指示が聞けぬとはなんとじゃじゃ馬な娘だ! あの恩知らずめ!」

「いや、一条君がまず乙女心を知ろうね……」


 そして席に戻って改めて酒を飲んでいると見知らぬ伝票がまわってきた。


「なんですかこれ?」

「カウンターで飲んでた二人、君たちの知り合いだろ? 会計頼むよ」

「え、まじっすか? さ、さすがにここは一条君も出してくれるよね?」

「見せてみろ! 王たるもの、そんなことの一つ二つで……なんだと?」

「君たちの分も合わせて二万円だけど、頼むね」


 そういって店員が去っていった。


「お、おいこんな大金持ち合わせてはおらぬぞ!?」

「じゃあせめて割り勘ね。これでも譲歩してるんだから」

「くっ、俺の今日の働きが……おのれ加藤とやら、あいつは生まれた時から性根が腐っていたに違いない、ああきっとそうだ! 叩き潰してやる!」

「自分で蒔いた種だよ……」


 結局今日の稼ぎを全て失った僕たちは翌日のCM撮影に臨むのであった。


















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一条君、夢想する 天江龍 @daikibarbara1988

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