第2話 懐に入るのだ!
僕は今大学の食堂でアルバイト雑誌を見ている。
そして当たり前のように一条君が隣にいる。
「英介よ、アルバイトを探すのもいいが目先の金にばかり捉われていては大物にはなれんぞ?
「誰のせいでバイトすることになったんだよ……」
まずその一文を持ってから講釈たれてくれ。
「して英介よ、四条とかいう娘はどこにいるか知っているか?」
「あんな高嶺の花と絡みなんてあるわけないじゃん」
お前くらいだよあんなに無神経に彼女に話しかけられるのは。
「使えぬ従者だな貴様は。早く探して参れ!」
「まずバイト探さないとダメなの!」
このポンコツ大将め。
「でも一条君は大学で勉強してなんのビジネスをするつもりとか決めてるの? どうせならそれに役立つバイトの方がいいかなって」
「ほう、なかなか気が利くではないか。そうだな、もちろんIT関係などを攻めるつもりだが、まずはビジネスの基本として営業や接客を学ばねばならぬと思っておる!」
「それなら飲食店でアルバイトなんかいいかもね」
「いい心がけだ、それでこそ我が従者だ! では一番時給が良さそうでシフト多めのところを選ぶがよい」
「いや一条君は働かないの!?」
「なぜ王がバイトなどせねばならぬ?」
「それは実際に王になってから言いなさい!」
今のままならただのヒモだろ。
「とにかくまずお金がないと四条さんを捕まえるなんて夢のまた夢だよ」
「なぜだ? 俺が妻に決めたのだから既定路線だが?」
「ほんとその性格羨ましいよ……」
地獄の沙汰も金次第というくらいにお金は大事だ。
しかしこの自称王様、本当に貧乏である。
今だって学食で「なぜセットには味噌汁がつくのにライスには味噌汁がついていないのだ」などと意味不明なクレームをつけていたくらいに貧乏である。
最も、大変な家庭事情があってのことだから彼が悪いわけではないのだろうけど。
結局僕がハンバーガーチェーンのボッテリヤに二人分の面接を依頼した。
そして二人で学食を出るとなんと四条さんが友達と歩いているのを見つけてしまった。
「おや、あれは昨日の娘ではないか。やはり美しく、そして我に相応しい! 早速行くとするか」
「いや、だから今からバイトの面接だって!」
「うるさい、従者の分際で主君に指図するとは何事だ! 万死に値するぞ!」
「ふーん、じゃあ殺してもいいからその前に昨日の三万円返してね」
「な、なんだと!? 昨日は出世払いという契約が成立したではないか!」
「だって僕死んだらお金もらえないし」
「くっ、さすが我が従者、駆け引きに富んでいるようだな」
結局四条さんへの求愛は諦めさせた、はずだったのだが何故か向こうからこっちに寄ってきた。
「あ、あの………昨日はありがとうございます。それで、その、名前聞いてもいいかな……」
なんじゃこの展開!?
え、こいつのどこに照れながら名前を聞きたくなる要素がある?
やっぱ見た目? 結局見た目?
……でもまぁよかったのかな。
一条君の恋の行方も順調そうだ。
「なんだと? まず貴様が名乗るのが筋だろう!礼儀の一つもなっていない女は王たる俺の妻には不相応だ。下がれ!」
「……え?」
と、四条さんと僕の声が重なって。
なんか空気がピシッと割れる音がした。
四条さんはそのあと、その場に凍りついていた。
そして無視するかのように一条君はさっさと歩いて行ってしまった。
「ちょ、ちょっとちょっと! 何やってんの? せっかく向こうから好意的に接してくれてたのにあれじゃ台無しだよ!?」
「うるさい、王の妃たるもの男の3キロは後ろを歩くくらいの慎ましさがなければならない。気が強いことは大いに結構、しかし今のは解せん!」
「いや、それじゃビンタはいいの?」
「うむ、あれはなぜかクセになりそうだったから特別に許したのだ」
「王様はドMなのかなぁ……」
せっかくのチャンスを不意にしてしまったが、そんなことを気に留める様子もなく進んでいく一条君の背中には何故か王の風格が漂っていた。(財布の中身52円しかないくせに)
「さて、俺はスーツに着替えてくるからそこで待っていろ」
「え、私服OKって書いてるよ?」
「王たる者、舐められたらおしまいなのだ! こういうのは最初に立場をはっきりさせておくことが大事だとお前も覚えておけ!」
「いや立場はどう頑張ってもバイトですけど……」
そして一人でボロアパートに着替えに戻った一条君から何故かメールが届いた。
『あの娘が通ったら俺からだと言って飲み物をご馳走しておけ』
いやめっちゃ気にしてるじゃんか!
後悔するんなら最初から素直に対応しろってんだよ全く。
しかし四条さんと会うことはなく先に一条君が出てきた。
そのスーツ姿はとてもカッコよく、外国のモデルが撮影に来たと言ってもおかしくないレベルに似合っている。
「カッコいいよ一条くん! やっぱイケメンは違うなぁ。そのスーツもしかしてアル○ーニ?」
「ん? いやこれはアチラーニだ」
「どちらさんだよ!?」
よくみると偽ブランド市だった。
時計はフラ○ク三浦、革靴はクリケット&ジョーズ、ネクタイはポールダンスと聞いたことある偽物からもはや売る気もないだろうというネーミングのものまで様々だった。
「ま、まぁ何を着るかより誰が着るかっていうもんね」
「その通りだ! こやつらは今、俺に着られていることによってどの高級ブランドよりも価値の高いものに昇格したのだ。はっはっは!」
「でも偽ブランドを買うってことは本物への未練はあるんだね」
「ぬっ……そういう鋭い指摘、俺は嫌いではない。が、しかしだ、人を傷つけるかもしれぬと言うことを覚えておけ」
「傷ついたんだ……なんかごめん」
ちょっとテンションが下がった一条君と共に駅前のボッテリヤに到着した。
「あのー、面接お願いしてた塚原と一条ですが」
「あー学生さんの? どうぞこちらに」
面接官らしき人に部屋に案内される段階になってはじめて気がついたのだが、一条君って面接とか大丈夫なのか? 面接官にも「我に命令するな」とか言わないかな……。
なんか心配になってきたけど今更遅い。
頼むから変なこと言わないでくれよ。
「それでは面接を始めます。まずそちらのスーツの君は……それは地毛かね?」
早速髪のこと聞かれたよ……
大丈夫かな?
「ええ、母がフランス人のハーフなので髪の色も母譲りです。必要であらば染めますが、この髪色は、今は会うことが叶わぬ母との繋がりを唯一感じれるものなので、出来ればこのままだとありがたいかと」
……えー!? めっちゃまともじゃん! しかも何その感動するエピソード!?
ほら、面接官泣いちゃってるし!
「そうですか……君は素晴らしい青年ですね。ではもう一人、君は……誰?」
「え、雑すぎません? なんか涙流して一回やる気リセットされてますよね?」
「彼は私の友人で、とても良き理解者です。できれば彼と共にここで仕事をさせていただきながら社会を学びたいと希望しております。」
「おお、君がそこまで言うのなら合格だ! 早速明日から働いてくれたまえ!」
え、なんかすんごいフォローされて勝手に面接受かったんだけど……
なんなのこれ? この一瞬でそこまで信頼を勝ち取るとかできるの!?
結局僕はほとんど話をしないまま二人ともバイトに合格した。
「一条君めっちゃ普通に喋れるじゃん!? なんで普段からああしないの?」
「だから最初が肝心だと言っただろうが! あの面接官はおそらく社員だ。あやつの機嫌を取っておけばすぐにでもバイトリーダーとしてボッテリヤ駅前店の頂点に君臨することが可能なのだ。社員の懐に入る、これは基本だぞ!」
「う、うーんなんかショボい」
それってアルバイトの処世術だよね……
「しかし主君に助けられ仕事を恵んでもらうとは貴様は従者として失格だな。ペナルティとして昨日の支払いの件はチャラだ、いいな!」
「いいわけあるか! 何都合よく借金棒引きしてもらおうとしてるんだよ!」
そんな感じで大学の方に戻っていると四条さんが歩いているのが見えた。
「む、あれは四条とやらか。やはり美しいことに変わりはない。さっきのことは特別に水に流してやろうではないか!」
「いや向こうは相当トラウマなってる感じでしたけど……」
しかし僕の言うことなど聞くはずもなく王様は四条さんのところに行ってしまった。
「おい、そなたはやはり美しい。先程のことは特別に恩赦を適用してやる! 我が妻になれ!」
「もういいです」
「我に無礼を働いたことを気に病んでいるのか?その思慮深さは十分にわかった。だからもう我は怒ってなどおらん! 我が妻に迎えよう!」
「だからもういいですって!」
「そこまで我に畏怖する必要はないぞ? その証拠に」
「もういいっていってるでしょうが!」
「ぐはっ!」
今度は四条さんの右ストレートが炸裂していた。
「なんなんですかあなた!? 馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
そう言って四条さんは大学の方へ走っていった。
「一条君大丈夫? 思いっきり顎に入ってたよ」
「うむ、なんと野蛮な娘だ。しかしまぁそれはそれでよいではないか!」
「やっぱただのドMだなこいつ」
そして大学の前に着くと、今度は違う女性が男と喧嘩しているところに遭遇した。
「なによ! もう別れたのにしつこいわよ?」
「いいだろ、もう一回だけだからさ」
「お願いだからもうやめて!」
元カレがしつこく復縁を迫っている、と言ったところか。
しかし何故か一条君がすごい剣幕でその二人の方に向かっている。
「いやいや、あんなの当人同士の問題だから関わらない方がいいって」
「俺はああいう女々しい男を見てはおれん! 下がっていろ!」
そう言って一条君が行ってしまった。
「おいそこの男! 女を困らせるなど恥としれ!」
一番困らせてる人が自分を棚に上げて言っちゃったよ。
「何だお前? 関係ないだろ引っ込んでろ!」
「お前のような低能な男と同じ大学というだけで俺の経歴に傷がつく! だから改めよ、そしてこの女からは手を引け!」
「お前こそ邪魔するなよ! なんだ、やるか?」
「いや、王はそんな無益な争いは好まない。今度我が従者に貴様好みの女を5人紹介させると約束しよう。それでどうだ?」
「ほ、本当か? まぁたしかにお前イケメンだから女の知り合いとか多そうだもんな」
「ああ、この学校の女子は全て我のものと言っても過言ではないからな! はっはっは!」
過言すぎるわ!
しかし男はそれで納得したのか帰っていった。
「あ、あのすみません助けていただいて……私は
「ほう、自ら名乗るあたりその身分の差を弁えておると見える。気に入った、お前は側室で迎えようではないか!」
「え、あの」
「喜べ、このヴィンセント一条の側室に選ばれたのだ。ありがたく思うがいい!」
「は、はあ……あの、それでよかったら連絡先を」
「うむ、良いぞ! 今日は俺は機嫌がいい! はっはっは!」
なんかただナンパしただけじゃないかあれ?
結局体良く連絡先をゲットしただけだった。
そして一条君がこっちに戻ってきた。
「というわけだ」
「というわけだ、じゃないよ! バイトも始まるのに女の子5人紹介するとか、僕は無理だよ!?」
「民の問題を解決するのも王の仕事だからな、そしてその王の仕事を忠実にこなすのが従者たるものの定めだ。頼んだぞ!」
「たまには自分で出来る範囲の約束をしてくれ……」
そんなくだらない約束のせいで今度はバイトの傍らサークル巡りをする羽目になった。
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