第36話 真実 (5)

「目が覚めた時には、この島の海辺に倒れていました。たまたま通りかかった磯谷さんに助けていただいたんです。ですが、当時の私は記憶が曖昧で自分の名前も思い出せませんでした。三人で生活に慣れてきたある日、黒岩がこの街に移住してきたんです。家の工事やらで島に来ていたあの男を見た時、私は全ての記憶を取り戻しました。私が生きていると知られたら、また殺されるかもしれない。名前を聞かれた時、咄嗟に偽名を使ったんです。この偽名は学生時代ふざけて使っていた名前なので、黒岩は知りません」


中村の名を名乗っていたのは身の安全を守るためだったのか。


「でも、勘違いしないで欲しい。私は復讐しようなんて微塵みじんも思いませんでした。なぜなら今の生活を気に入っていたからです。成果をひたすら求め、研究に行き詰まっていた日々ではなく、自由に自然と触れ合いながら暮らせる日々はとても心地が良かった」


彼は受刑者じゃない。

この島に不満があれば、一般社会で暮らす事もできたはずだ。

だが、この家には生活感が溢れている。

彼がこの生活に不満を持っていないのは本当なのかもしれない。


「ですがある日、街で良からぬ噂を聞いたんです。黒岩が不老不死の研究をしていると。久保田さんが酔った勢いで誰かに話したんでしょうね」


酔うと口が軽くなる久保田の事だ。どこかで口走っていてもおかしくない。

黒岩に殺されかけたのは、その口が災いしたのだろう。


「私は彼の家に忍び込んで、何をしているか調べました。ですが、研究室はきれいなもので資料の一つもなかった。それで大学まで調べに行ったんです。そこで彼の研究に私の研究が利用されていることが分かりました」

「マラリア研究の部分ですか?」

「はい、あの男は蚊が分泌する成分を利用し、シーズウィルスの活性化を試みていました。その時、私を殺害しようとした動機も分かりました。私の研究を自分の研究に使いたかったんでしょうね。私はあの男がどんな研究をしていようが構わなかったが、私の研究を利用しているのが許せなかった」


黒岩が赤間を殺害しようとした動機は研究を横取りするためだったのか。

名声や地位を得た研究員が、人の研究を横取りまでしていたとは思わなかった。

黒岩はどこまで愚かなのか。


「私は肌を焼き、髪も髭を伸ばし、元の私とはバレないようにしました。それから魚が多く穫れたからと彼の家に上がり込みました。研究に興味があると話すと、あの男はシーズウィルスや虹色研究会について色々と話してくれました。それでも今行っている研究の事は話してくれなかった」

「自分の正体は明かさなかったんですか?」


成瀬が問いかける。


「迷いましたが言いませんでした。正体を明かせば彼は雲隠れするでしょうし、今度は正真正銘私を殺しにかかるでしょう」


赤間は黒岩に殺されるリスクを抱えながら、彼と接触を続けていたのか。

一度殺されかけているだけあって肝が据わっている。


「昨日もいつものように彼の家を訪れましたが、姿が見えなかった。家中を探していると、二階の部屋に隠し通路を見つけたんです。そこで彼の本当の研究室で彼の死体とカプセルを発見しました。そして彼のパソコンを見ると、その内容は死者を蘇らせる事でした」


初めて赤間が表情を曇らせる。自分の研究が悪用されていたと知り、かなりショックだったのだろう。


「空のカプセルには古賀みどりが入っていたと書かれていました。でもその彼女はカプセルにいません。私は彼が研究を成功させたんだと思ったんです。その彼女が暴走して黒岩を殺したんだと。私は急いでパソコンを初期化しました。私の研究が関わっていたと世に知られたくはなかった。そして研究が明るみにならないように、ピルケースも彼の胸ポケットから抜き取りました。それで家に戻った頃にあなた達がやってきて、街がゾンビ化していると聞いて、間違いないと思いました」

「その時本当の事を話してくれていれば湯村さんは死なずに済んだのに!」


清水は思わず怒りをぶつける。

彼が優しく接してきたのはシーズウィルスの開発に関わってしまったという罪の意識だったのだ。

そして、その偽善のせいで湯村は死んだんだ。


「そうですね…。私の身勝手な行動でした。申し訳ありません」

「今は言い争いをしてる場合じゃない」


成瀬は清水をいさめるように言った。


「赤間さん、ピルケースを渡してください」


赤間は立ち上がると自らの部屋に向かった。

戻ってくると、机の上にピルケースを差し出した。

蓋を開けると、六つのスペースが全て錠剤で埋まっていた。


「どれがワクチンか分かりますか?」

「ええ、ですがあなた達はもうこれを飲む必要はありません」

「どういう事ですか?」

「昨日私が出したお茶にこのワクチンを入れました」

「だから、あなた方がゾンビ化する事はありません。湯村さんにも飲んで欲しかったが、断られてしまったので」


あのお茶にはワクチンが入っていたのか。

どうりで不味かった訳だ。

湯村が赤間を警戒していたのは正しかった。だが、その正しさが故に彼女は命を落としてしまった。

今更考えたところでどうしようもない。それでも報われなかった彼女が気の毒だった。


「時間がありません。このワクチンを持って外と連絡を取ります。赤間さん、あなたにも来ていただきます」

「…分かりました」


残り時間は四時間を切っていた。ここから駐屯所まで一時間くらいはかかるだろう。

それに残りの時間で、外の人間を説得しなければいけない。

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