第37話 説得
薬師寺は大人しくしているが、念の為、彼の手首を縄で縛り上げることにした。
赤間を含めて全員で車に乗り込むと、島の最北端まで車を走らせた。
駐屯所に着くと、成瀬は通話を試みる。
「こちら勝浦駐屯所。何者だ?」
最初に会話をした男とは違う男のようだ。
「私は成瀬と言います。こちらの状況については承知しています。ですが、シーズウイルスのワクチンを手に入りました。これがあれば人間がゾンビ化する事はありませんし、我々は全員ワクチンを飲みました。ですので、橋を下ろしていただけないですか?」
「でまかせを言うな。助かりたいだけだろう」
「本当です。こちらには証人もいます」
「証人?」
「シーズウイルスの研究に知見のある赤間先生がいます」
「何?」
成瀬は赤間にマイク位置を譲るように場所を空けた。
「赤間です。こちらにいる方々がシーズウィルスのワクチンであると証明します。ワクチンは黒岩博士の研究室から持ち出した物です」
「嘘をつけ!もうお前らは死ぬんだ。潔く諦めるんだな!」
この男も取り付く島もなかった。
向こうからしたら助けて欲しいがために嘘をついていると考えるのは至極当然だ。
どうすればいいか思案する。
手段が無いわけではない。しかし、その手法を取るのはどうしても嫌だった。
そこまで生き延びたいという気持ちも清水の中にはなかった。
「待ってくれ!私は
「なんだと?」
「本人に確認を取ってもらっても構わない。成瀬信行がそう言っていたと伝えてくれ!」
何故、成瀬が一条グループ社長の名前を知っているのか疑念に感じた。
一条玄治は日本でトップクラスに大きい会社の社長で、政界にも顔が利くほど力を持った男だ。
成瀬の必死の説得に、男は上に話を仰ぐと言って通話を一旦切った。
それから十五分程した後、向こうから通信があった。
通話相手は一条玄治ではなかったが、話の通じる者が応対してくれた。事情を話したところ成分分析に回すためドローンでワクチンを渡す事になった。
さらに、その分析を待つ間は死滅作業は行わないらしい。
連絡は受けるためには、この場を離れる事はできなかった。幸い、まだ水や乾パンは残っていた。風呂は無いがトイレはあるし、空調も動く。
各々、駐屯所内に居座って時間を潰す。
死の危険は一先ず無いとは言え、ただ結果を待つのも苦痛が伴うものだと感じた。
「赤間さん、何故我々に中村の名前を使ったんですか?」
成瀬が突然赤間に尋ねた。
持て余した時間で疑問を解消したいと考えたのかもしれない。
「中村の名を明かさなければ、あなたの正体に気付く事はできませんでした。我々はあのまま黒岩先生の家でピルケースを探し続けていたかもしれない」
昨晩、赤間を訪ねた時には既に黒岩は死んでいた。それに磯谷夫婦も他界している。
言われてみれば、彼が中村の名前を名乗らず、磯谷家の人間として振る舞う事もできたはずだ。
「…私の正体に気付いてもらいたかったのかもしれません。赤間俊太郎の名は消え、功績は黒岩の手に落ちた。誰にも気付かれず死ぬ事が怖かったんでしょうね。情けない話です」
寂しく笑う赤間。
彼の日に焼けた姿は、かつて優秀な研究者とはとても思えなかった。それほどこの島の暮らしに染まっていたのだろう。
だが、それでも誰にも研究者だと気付かれないまま死ぬのは本意では無かったという事か。
赤間は思い出したかのように薬師寺に顔を向ける。
「あの、失礼ですが、薬師寺さんは古賀さんとはどういった関係だったのでしょう?先程は、聞くタイミングを逃してしまったので…」
薬師寺はゆっくりと顔を上げると、赤間に視線を合わせた。
「みどりと私は兄妹なんです」
「確か、彼女に兄弟はいなかったと記憶していましたが…」
「私達は早くに両親を亡くしたので、幼い頃は施設で育ちました。そして、みどりが古賀家に、私は薬師寺家に引き取られたので名字は違います」
「そう…でしたか」
実の妹があんな扱いをされれば、殺意を持っても仕方がない。
清水が薬師寺の立場であれば、同じ事をしていただろう。
本土と連絡を取り合ってから約一日経過後、成分はワクチンとして認定されたと連絡がきた。
そして、その成分をもとに作られたワクチンがドローンに乗せられて来た。
向こう側の人間が見る前でワクチンを再度飲む事で、本土への上陸を許可されたが、近くの病院で隔離され入念に検査を受ける羽目になった。
それから一週間の検査の後、全員退院となった。
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