第35話 真実 (4)

「みどりはもう死んでいます。これ以上、みじめな思いをさせるのは止めてください!」


成瀬がふすまに手を掛けた時、薬師寺が声を荒げた。

これで成瀬の推理が正しかったと証明された。


「…成瀬さんが言うように、私が黒岩さんと久保田さんを殺害しました」


清水はこれまで彼に何度も助けられてきた。

その彼があんな残酷な殺しを行ったのかと未だに信じられなかった。


「事故の直後、古賀家に線香をあげに行った時、みどりの遺体が返って来てない事を知りました。不信に思った私は、彼女が亡くなった事故を調べました。事故自体は居眠り運転をした相手との接触で起きた事故で、不審な点はありませんでした」


薬師寺の眼に怒りが満ち始めた。


「ですが、警察の安置所に置かれていたはずの遺体が盗まれたそうです。残された痕跡から黒岩博士が疑われましたが、どこかに隠したのか、みどりの遺体は見つかりませんでした。それからすぐ彼は表舞台から去りました」


やはり彼が秘密裏に研究を始めたのは、古賀みどりの死が原因だったのだろう。


「私は学者同士のツテを頼り、彼とどうにか接触しました。そして昨日ようやく彼の研究所を訪れる事ができました。後は成瀬さんの言った通りです。私は黒岩を殺し、報いとして首を切り落としました。それから、みどりを静かな場所に移動させて、黒岩の車で、図書館に向かいました。地下で調べ物をしていた時、ノートが濡れている事にも気付きました。メモが取れないので、図書館を後にしようとした時、あなた達に会ったんです」


黒岩の家から図書館に移動したから、街の事情を知らずにいたのか。

黒岩の遺体が見つかる前に島を去るつもりが、シーズウィルスのせいで足止めを喰らったというわけだ。


「昨日、久保田さんがマウスの選定と言っていたので、もしかして久保田さんがみどりの遺体を盗んだ件に関わっているのかと思い、玄関から隠し通路を抜けて、研究室に行きました。この機を逃せば彼に聞くタイミングが無いと思ったからです。彼は黒岩が死んでいる事に驚いていました。事情を聞こうと思った私に襲い掛かってきたので、揉み合っている内に彼にナイフが刺さってしまいました。結局彼がみどりの件に関わっているかは分からずじまいです」


話し終えた薬師寺は妙に清々しさを感じさせた。

彼は自分の行いを後悔していないのだろう。


「脅すような真似をしてすみません。ですが、正直あなたが殺人をしたとしてもどうでもいいんです」

「え…?」


責められると予想していた薬師寺は成瀬の言葉に拍子抜けしてしまう。


「私は警察でもないですしね。古賀みどりさんが亡くなったと証明してもらえれば良かったので。私もこれ以上死者を冒涜したくはありません」


成瀬はなだめるように言った。

だが、古賀みどりの死が証明されたから何だというのだろうか。

再び座布団に座ると、清水は思わず口を出す。


「古賀みどりさんが亡くなっている事とピルケースがどう繋がるの?」

「中村さん、いや赤間さんは、黒岩先生を殺害したのは古賀みどりさんだと思っているからさ」

「え?」


予想外の答えだった。

古賀みどりが犯人だと思っていた?

彼女はかなり前に死んでいるのだ。どうして中村がそんな勘違いをしたのだろうか。


「赤間さんがあの隠し部屋に行ったのは、薬師寺さんがコトを済ませた後だったんだろう。あの部屋を見て驚愕したはずだ。黒岩先生の遺体、空になったカプセルを見たんだから。釣り道具をパソコンの机の上に置いてしまうくらいにはね。そしてパソコンの中身を見たんでしょう。そこで黒岩先生が禁忌と呼ばれるような実験していた事を…」

「そうです、黒岩は死者を蘇らせようと考えていたんです」


中村は観念したのか、ようやく重い口を開いた。

そんな非現実的な事がありえるのか。黒岩があそこまで秘密裏に研究していた意味がようやく分かった。

そんな研究を表立って行えるはずがない。黒岩の研究目的は古賀みどりを生き返らせる事だったのだ。


「まさか会って間もないあなたに見破られるなんて驚きました。あの男は私の事なんて覚えてなかったのに」


縁側に飾られた風鈴を見つめながら、赤間は語り始める。


「私は二年前、黒岩に殺されたんです。話があると呼び出されたと思ったら、背中を押されて、そのまま海に真っ逆さまでした」


赤間は事故死ではなく、殺人未遂だったというのか。黒岩に殺されかけた、そんな恐ろしい事実を彼は淡々と語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る