第33話 真実 (2)

僅かに中村の表情が強張ったのが分かった。

やはり彼がピルケースを持っているのだ。


「ピルケース?本当に黒岩先生がそれを持っていたのですか?」

「はい、黒岩先生は心臓を患っていたようです。発作が出る持病があるのに、ピルケースを持ち歩いていないというのは考えにくいんです」

「まさか、成瀬さんは私が黒岩先生を殺害してピルケースを奪ったと?ご自宅のどこかにあって見落としているだけではないですか?」


もっともらしい言い分である。

見落としがないとは言い切れない。だが、成瀬は怯む素振りを全く無かった。


「ピルケースを奪った目的までは私には分かりません。ですが、私はあなたがお持ちだと思っています」

「それではお話になりませんよ。まさか、久保田さんを殺害したのも私だと言うおつもりですか?」

「いえ、


三人が同時に成瀬に目を向けた。

先程聞いた話と違う。中村が二人を殺害したという話ではなかったのか。

いや、相手を油断させるために、わざとそう言っているのか。

薬師寺と只野も何も言わなかった。彼らも同じ様に考えているのかもしれない。


「そうお考えならわかるでしょう。私がピルケースを持っているはずがありませんし、盗む理由もありません」


中村はピルケースの存在を認める気配が無い。これでは交渉の余地はなさそうだ。

残り時間も限られているし、こちらは四人いる。最悪ちからづくで彼を抑え込み、家中を捜索する事だってできる。


「中村さんには無いかもしれない。ですが、、あなたにはあるのではないですか?」


成瀬以外の全員が目を丸くした。

赤間俊太郎?

この男が?

確か、赤間は虹色研究会の一員で事故で死んでいると成瀬が話していた。

仮に生きてたとしても、研究者である赤間がこんな所にいるはずがない。

中村は黙ったまま成瀬を見つめる。


「どなたの事を言っているのか分かりませんが、私がその赤間俊太郎だという根拠は何かあるのですか?」

「はい、あなたは昨日私がここで休ませて欲しいと話した時にこう言いましたね。『偉かったですね』と」

「ええ」

「あれは『大変だった』という意味で使ったんじゃないですか?愛知県のなまり、いわゆる方言ですよね。『えらい』とは、『しんどい、大変』という意味で使われるという事を思い出したんです。それに気付いた時、あなたの正体が分かりました」

「私が愛知出身だから何だと言うんです?」

「私は昔、虹色研究会の講演会に参加した事があります」


中村はまだ落ち着いているようにみえた。彼は、またひと口、茶を飲んだ。


「その時の講師にも愛知県の方言を使っている人がいました。その方は『ぼっさい』という言葉を使っていました。当時は意味が理解できませんでした。後にそれが方言で『古びた』という意味だと知りました。残念ながら、誰がそう話していたかまでは覚えてなかったですが」

「では何故、私が赤間俊太郎だと?」

「あなたの名前ですよ、中村将太さん。これはアナグラムですよね?AKAMA SHUNTAROを並べ替えるとNAKAMURA SHOTAになる。黒岩先生の家の近くに、たまたま愛知県出身で、アナグラムにすると赤間俊太郎になる人がいるものでしょうか?」


中村は何も答えない。

正面に座る成瀬を見据えるだけだった。


「ただそれでも、これだけであなたを赤間俊太郎さんと断言する事は難しかったです。ですが、パソコンのデータが初期化され、ピルケースが奪われていた。これらが示すのは、その研究が公表される事を恐れたのではと思いました。では、何故恐れたのか。それは自分の研究がこの恐ろしい研究に利用されていたから。これだけ証拠が集まれば、あなたが赤間俊太郎であるという可能性はかなり高まる」


成瀬は中村の言葉を待つが、黙秘を続けている。何も話すつもりはないという事だろうか。


「中村さん、あなたは勘違いをされているんです」

「勘違い?」

「古賀みどりさんは亡くなっています。そうですよね、薬師寺さん」


成瀬は横に座る薬師寺を見た。突然名を呼ばれ、面食らった表情を浮かべている。

そもそもどうして薬師寺に話を振ったのか。

彼が古賀みどりの生死を知っているはずがない。実験室に入った時には、古賀みどりの姿は既になかったのだ。


「成瀬さん、何を言っているんですか?私がそんな事を知っているわけないじゃないですか」

「いや、あなたはご存知のはずだ。

「え!?」

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