第30話 地下 (1)
久保田がこの事態を起こした張本人なはずがない。そうであるなら黒岩の部屋で籠城せず、いち早く島から脱出するはずだ。
「蚊の移動距離は遠く行けても数キロメートルです。ここにいた蚊が街まで飛んで行ったとは考えにくいです」
成瀬の言葉通りなら、黒岩が死んでから長くても一日半しか経っていない。
確かに、車を使っても約一時間かかるような街まで、蚊が辿り着いたとは考えにくい。
「それに久保田さんはシーズウィルスが蚊を媒介にしていると知った時、かなり慌てていました。それに先生の部屋には空き箱も置いてありましたし。あの中に蚊を何匹か入れていたんでしょう」
大学の周りにゾンビがやたら多かったのは、そういう理由だったのかもしれない。
あそこは街の中でも中央に位置している。
蚊が獲物を探しやすい環境である事は間違いない。
「それと、彼は大学の東館の入口扉を閉めたと言っていましたよね?」
「ええ」
清水も薬師寺に賛同するように頷いた。
「つまり、彼は黒岩先生の研究内容を知っていたんです。シーズウィルスによってヒトがゾンビ化するという事も、今日街で実験を行う事も。もしかすると黒岩先生と部屋で合流する約束でもしていたのかもしれませんね」
久保田が館内に残っていた理由を挙げるとするなら、黒岩の指示だったのは妥当かもしれない。
黒岩が上手く言いくるめたのだろう。
素直に騙される久保田も久保田だが。
「でも、ウィルスの感染経路が蚊だと知らされていなかったところをみると、彼自身もゾンビ化させて口を封じるつもりだったのかもしれないですね。彼は酒に酔うと口が軽そうでしたし」
思い起こせば、久保田が黒岩邸に早く行きたがっていたのも納得がいく。
既に蚊に刺されているなら自分もウィルスに感染していると考えるはずだ。シーズウィルスの潜伏期間は分からないが、発症するのを恐れていたのだろう。
それに久保田も黒岩が自分を殺そうとしていた事にも気付いていたのかもしれない。
蚊を放った張本人なら刺される確率は高い。それでも運良く、久保田は刺されず生き延びたわけだが。
そうだ。思い出した。
あのナイフは黒岩の部屋に置いてあった果物ナイフと同じ物だ。
そう考えれば辻褄が合う。
あのナイフがここにあるのは、久保田が黒岩を殺すために持ってきたからかもしれない。
「もう一つ。こっちに来てもらえますか」
成瀬が誘導した先には、床下収納のような蓋が隣り合わせで二つ設置されていた。
剥き出しの岩盤に囲まれながら、
まさかまだ地下があるのだろうか。
「この先にもしかしたらワクチンがあるかしれません。確かめたいのですが良いですか?」
下の状態がわからないので、降りてみて問題なければ皆で確認する、という事になった。
言い出しっぺの成瀬が、最初に降りる役を買って出た。
鎖のジャラジャラと鳴る音が少しずつ遠のいていく。暫くすると、成瀬の姿も見えなくなった。
やがて、暗闇の先に赤く光る点が見えた。
成瀬が下に着き、ライターを点けたのだろう。
「大丈夫そうだー!」
成瀬の声が岩盤に反響しながら聞こえてきた。
次は清水が降りていく番だ。
下にあるライターの火に向かって慎重に降りる。
やっと地面に着地すると、上を見上げる。ここは、さほど深くないようだ。
薬師寺と只野がこちらを覗いているのが見えた。
「薬師寺さん、只野さんもどーぞ!」
成瀬の声を聞いて、薬師寺と只野が続いて降りてきた。
地下には部屋はなく、ただ一本道が続いているのみだった。まるで洞窟のようだ。
ここには電気は通っていなかったので、成瀬のライターだけが頼りだった。
道なりに進むと、今度は上へと続く梯子が伸びていた。その先は蓋が閉まっているのか、どうなっているかは見えなかった。
清水は成瀬からライターを受け取ると、できるだけ上に掲げた。
成瀬はスムーズに梯子を登っていく。
最頂部に辿り着いたのか、ガコッという音と共に洞窟内に光が降り注ぐ。
「ここは…」
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