第29話 研究 (3)

地下の部屋は上と違って、かなり物が多い。使い方のよく分からない物ばかりだ。全て実験に使ったのだろうか。

中にはほこりをかぶっている物もあった。使わなくなった物をそのままにしているのだろう。

部屋には壁に沿うように長机が置かれていた。その上にはファイルや資料が無造作に積み上げられている。整理整頓されていた上とはかなり様子が違う。

机の上に処方箋しょほうせんが置かれていた。五つもある。黒岩は重い病気にかかっていたのだろうか。

まさか寿命の短さをうれいて、遺体を使って不老不死の研究でもしていたのだろうか。

どちらにしても親友を殺したあの男を許す事はできない。

見た時間は僅かだったが、全員の首に縫合ほうごうした跡が見えた。

刑務官に追跡されないように首輪を取り外したのだ。

それに何故か切り離した首を繋ぎ合わせていた。

慈悲のつもりなのだろうか。反吐が出る。

惨殺されたのは自業自得だ。

大方おおかた、その研究内容が殺害された理由なのだろう。

清水は机の引き出しの中に講演会のパンフレットを見つける。三年前、富士見市民文化会館で開催された物のようだ。

この場所は子どもの頃に訪れた事がある。かなり広い会場だったはずだ。

表紙には虹色研究会の初講演会と大きく描かれていた。

時期的にも、成瀬はこの講演を聞いていたのかもしれない。

パンフレットを開くと、それぞれのタイムスケジュールと発表テーマが書かれている。朝から夕方まで開催されている催しで、黒岩康正はフィナーレを飾るように他の面々より長く時間が取られていた。

それ以外には他に目ぼしい物は無かった。薬師寺の方も同じ結果だったようだ。

メインで利用していたのは隣の部屋のはずだ。恐らくそちらにワクチンが保存されているのだろう。

奥の部屋に移動すると、カプセルは見ないように意識した。

成瀬と只野もこちらに気付き、自然と集まった。


「そちらはどうでしたか?」

「ワクチンはありませんでした」

「私の方にも無かった」


続いて、成瀬が話し始める。


「この空いているカプセルの中にいたのは恐らく古賀みどりさんだ」

「何故、古賀さんだと分かったんですか?」


只野が尋ねる。

今横たわっている人間の身元が分かったのなら納得できる。だが、空のカプセルにいたのが古賀みどりだと断言できるものだろうか。


「カプセルの中にこれが落ちていたんです」

「それは…」


成瀬の手の平には緑色の石がついたイヤリングだった。

これは写真に写っていた古賀みどりが身に付けていた物と同じだ。


「何故、彼女がここにいて、今無くなっているのかは分かりませんが、黒岩先生が隠し部屋まで作って研究を隠そうとした理由が分かりましたね」


表では立派な研究者として振る舞っていた黒岩が、実は裏では危険な研究を行っていたという事は全員認識していた。

彼は一体何をしようとしていたのだろうか。


「それと…少し気になる事がありました」


成瀬は眉間に皺を寄せる。今までの彼が見せたことのない表情だった。


「黒岩先生の遺体を調べたら、彼の腕にゾンビ化しているような痕がありました」

「え!?」


黒岩がゾンビ化したとなればワクチンは効果が無いと同義だ。今までの労力は全て無駄だったという事になる。


「黒岩氏がここでシーズウィルスを持った蚊を放ったとは思えませんが…」


只野が指摘する。その意見はもっともだ。

黒岩がシーズウィルスの危険性を理解していないはずがない。

その彼がゾンビ化する恐れのある蚊を放つとは思えなかった。

脱走した蚊に刺されたのだろうか。


「蚊はご遺体の血を吸うものなんでしょうか?」

「それは分からないですね」

「もしかして街の惨状は偶然起きたのでしょうか?」


薬師寺が追加で疑問を口にする。

黒岩自身がゾンビ化し始めた時に殺害されたのであれば、その行為には正当性がある。ゾンビから身を守るためなら、正当防衛と言えるだろう。

もしかして今日黒岩が行う予定の実験は、島全体を使った大虐殺ではなく、また別の物だったのだろうか。

そして、その実験の最中に蚊が逃げ出して、街に辿り着いた事で引き起こされたのかもしれない。


「私の推測ですが、恐らく街に蚊を放ったのは久保田さんだと思います」

「え!?」


思いもよらない成瀬の発言に驚く清水。

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