第27話 研究 (1)
そこには一階の実験室の半分くらいの大きさの部屋が広がっていた。
実験器具と思しき機械が煩雑に置かれていた。間を縫うように部屋に入ると、道を塞ぐように何かが横たわっている。
恐る恐るそれを見ると、それは久保田だとすぐに分かった。
目は見開かれ、口元からは血が垂れている。苦悶に満ちたその表情に、思わず「ひっ」と声が出た。
仰向けに横たわる彼の胸にはナイフが突き刺さっており、見るまでもなく絶命していた。
「久保田さん…」
久保田の死体を前に、皆、呆然と立ち尽くした。
久保田の性格からして、ワクチンを優先的に使わせてもらうために黒岩と話をしているのではないかと清水は思っていた。
しかし、見るからに久保田は殺されている。つまり、久保田はゾンビに殺されたのではなく、人によって殺されたのだ。
まさか黒岩が久保田を殺したのだろうか。
部屋には、さらに奥に続く扉があった。
この先にも部屋があるようだ。
そこに黒岩がいるに違いない。
仲違いしたのかわからないが、黒岩は久保田を刺し殺したのだ。
警戒して
黒岩とどう対峙すべきか決めかねていた時、何か耳障りな音が気になった。
耳を澄ますと、それが羽音だと分かる。
どうやら傍にあるパーテーションで仕切られた場所から聞こえてきているようだ。
清水は静かに暗幕を開ける。
「わっ!」
「どうした?」
清水の声に反応し、成瀬らも近寄ってきた。
「これは…」
青白いライトに照らされたガラスケースがいくつも並べられていた。表に、A,B,C…とアルファベットが書かれたシールが貼られている。
中には数匹の蚊が入れられており、自由にケースの動き回っている。
大量の蚊。
シーズウィルスは蚊を媒介にするとヒトに感染する。
今日行う予定の実験。
全てが一つに繋がる。
「まさか、黒岩先生がシーズウィルスをばら撒いたのか…?」
その事実は疑いようがなかった。
偉大なる功績を持つ研究者が、殺人ウィルスを街にばら撒き、その上、人殺しまで働いたと誰が思うだろうか。
何かの
黒岩の行いで数百人は死んだ。
何をしたいのか分からないが、黒岩は常軌を逸している。
彼が潜んでいる扉に視線を送ると、全員顔を合わせた。
成瀬は奥の扉を指差すと、皆頷いた。
それぞれ手に武器を携えて、慎重に扉に近づく。
すると、人感センサーが働いたのか扉が自動で開いた。
そこに黒岩はいた。
ようやく彼と会う事ができた。
だが、彼に事の経緯を聞く事は叶わないとすぐに分かった。
黒岩康正は足を伸ばしたまま床に座っていた。
首と胴体が切り離された状態で。
「キャアアアアアアア」
清水の悲鳴が部屋中に響いた。
自然と涙が目に浮かんでいた。
思わず後ずさりする清水に対し、成瀬は黒岩の身体に近づいた。
「あ、ちょっと…」
薬師寺の呼び掛けを無視して、成瀬は転がる首を覗き込むように
「黒岩先生だ。間違いない」
「ゾンビの仕業なんでしょうか?」
成瀬は黒岩の血に染まった白衣をそっとめくり上げる。
「いえ、ゾンビの仕業ではありません。恐らくこの胸の刺し傷が致命傷です。その後に首を切ったんでしょう」
「なんでそんな事がわかるんですか?」
「首を切断してるにしては、出血量が少なすぎますから」
「詳しいんですね」
「まあ、ミステリー小説が好きなもので」
成瀬は周囲の床を見渡すが凶器のような物は見当たらなかった。
胸の刺し傷に使った鋭利な刃物。そして、彼の首を落とした大きな斧のような物が。
立ち上がった時、目の前に異様な光景が広がっていた事に気付く。
「なんだ…これは…」
立ち尽くす成瀬が気になり、入口にいた清水達は部屋に足を踏み入れる。
すると、成瀬が突然声を荒げた。
「来るな!」
清水は、ますます何があるのか気になった。好奇心に抗えず、また一歩前に出た。
「何?どうしたの?」
立ち塞がる成瀬を避けるように背伸びをする。
その奥にあるモノに目を奪われた。
そこには大きなカプセルが六つ置かれていた。その内、五つには緑色の液体で浸されていた。
中に入っていたのは動物でも微生物でもなく、裸体の人間だった。
「そんな…」
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