第23話 休息 (4)
月明かりに照らされながら、成瀬は縁側に座る。
蚊取り線香と畳の匂いが田舎の祖母の家を思い出させる。
よく見ると、夜空に点々と輝いているのが見える。都会ではなかなか見れない光景だ。
「寝ないの?」
清水が静かに歩み寄ってくると隣に座った。成瀬は手に持つ紙を胸ポケットにしまう。
「ああ、そろそろ寝るよ」
「何見てたの?」
「一条希美さんの資料だよ」
「そう…おじさんはいつから探してるの?」
「最近だよ」
「ふーん。おじさんはあの子が生きてると思う?」
「さあ…俺は一条さんに会ったことないしね。でも、彼女が亡くなったと決まったわけじゃない」
「私はあの子はもうこの世にいないんじゃないかって気がするの。…でもやっぱり私も諦めきれないんだ。またひょっこり現れてくれないかなって」
清水は夜空を見上げながら呟いた。
一条望美がいなくなってから、ずっと彼女の事を探していたはずだ。生きていないのではないかと不安になるのも無理はない。
「君たちが仲良くなったきっかけみたいなのはあったの?」
「私があの子と知り合ったのは、一年くらい前だったかな。向こうから声を掛けられて…」
清水は遠い過去を思い返し始めた。
◆
空が青い。雲がゆっくりと流れ動く。
ここに来てからというもの、ベンチに座って毎日空を見ている。
ヘマをして警察に捕まってしまったばっかりに、こんなところに来てしまった。
弁護士からは初犯で反省の弁を述べれば執行猶予にできると言われた。でも家に戻るのも嫌だったから、常習犯かつ反省の態度を示さなかった。
そして狙い通りに懲役刑に処された。
「ねえ、あなたいつからここにいるの?」
空を遮るように逆さまの女の顔が視界に映る。女を睨みつけるが、顔をどかすつもりはないようだ。
空を見るのを諦めて目線を下げる。それに合わせて、女は楽しそうに横に座った。
見覚えはない。最近ここに来たのかもしれない。
いきなり話し掛けてきたうえに、かなり馴れ馴れしい。
「さあ、いつからだったかな」
「私達、同い年くらいじゃない?」
「さあ、どうかな」
「ねえ、私ここに来たばかりなの。よければここの事、教えてくれない?」
そっけない態度に臆することなく話し掛けてくる。だが、これ以上付き合うのはご免だ。
「他の人に聞いてよ」
「あなたとなら仲良くなれる気がするの。私、見る目は確かなんだ!」
こんなところにいる人間に向かって何を言っているんだと、自嘲気味に少し笑みが零れた。
「私はろくな人間じゃないから。関わらない方が良い」
「ろくな人間じゃない人は、そんな忠告してくれないよ。やっぱりあなたいい人ね!」
そう言って彼女は懲りずに明るい笑顔を浮かべる。
「ねえ、あなたの名前教えてくれない?」
◆
「最初は馴れ馴れしくて面倒だったけど、色々と話してるうちに仲良くなった」
遠い過去に思いを
「失礼かもしれないが、君たちは生まれも育ちもかなり違うよね?一条さんは大企業のご令嬢で、清水さんは母子家庭で苦労して育った。その、価値観が少し違うところもあるんじゃないかと思うけど」
清水の顔色を窺いながら、成瀬は尋ねた。
「ああ、大学の人だとそんな事まで知ってるんだ。でも、だからこそお互いの話が新鮮で楽しかった。私の唯一できた友達だったの。だから、ああいう形で別れたのがやっぱり納得できない」
「彼女の事があるから、まだ出てないのか?清水さんの服役期間はもう終わってるだろ?」
「…まあね、でも外に行ったって面白くないし。二人で過ごせるなら、このままここで過ごしたっていい」
「そうか…。もし明日を乗り越えれたら一条さんの行方を一緒に探そう」
「ありがとう」
明日を乗り越えられるかはわからないが、彼女の想いを叶えてあげたいと感じた。
零時を過ぎ、明日に備え、眠りにつくように清水に言った。
成瀬も合わせて布団に入ると、あっという間に深い眠りに落ちた。
空が明るさを取り戻した頃、自然と目が覚める。
身体の疲れはかなり取れていた。
昨日の酒が残っていたのか、久保田は成瀬が起こすまで
布団の片付けをしていると、中村がお茶を持って入ってくる。
またあの不味いお茶だったが、喉も渇いていたので我慢して飲み干した。
湯村は喉が渇いていないからと手をつけなかった。
久保田は水ばかり飲んで、茶は飲まなかった。
車にガソリンを補充し、出発の準備を整え終えると、中村が玄関まで見送りに来た。
「本当にお世話になりました」
「いえいえ、私も久しぶりに人と話せて楽しかったです。皆さん、道中お気をつけて」
「ありがとうございます」
中村に頭を下げ、車に乗り込む。
「さあ、行こう」
成瀬はエンジンをかけ、目的地へとハンドルを切った。
タイムリミットはあと九時間。
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