第22話 休息 (3)

清水は淹れてもらった茶を飲むと不思議な味がした。

何のお茶か気になったが、あまり好みの味ではなかったので、それ以上口をつけなかった。


「あの、あなたは磯谷さんではないのですか?」


先程の発言は成瀬も気に掛かったのだろう。家主もそれを察して話し始める。


「私は中村なかむら将太しょうたと言います。元々この家には磯谷夫婦が住んでいたのですが、縁あって居候いそうろうさせてもらうようになりました。ですが、その磯谷夫婦ももう亡くなり、今この家に住んでいるのは私だけです」


そういえば箪笥たんすの上にあった写真の中に、この男の幼少期の写真はなかった。

それはそういう理由だったのだろう。


「そうだったんですね。でも、ここは街から遠いですし、お一人だと大変じゃないですか?」

「いえ、それほど大変でもありません。近くに小さい畑がありますし、海で魚も捕れます。たまにバイクで街へ行くことはありますけどね。それにこの奥にある村のほこらの管理をしているので、簡単にこの場所を離れられないんですよ」


祠というワードに薬師寺が前のめりになる。


「というと、もしかしてここは廃村になった村の?」

「ええ、ご存知でしたか。獄中都市ができる前、ここら一帯には小さな村があったそうです。村長である磯谷家で集会などを開いていた事もあったそうです。ある時、村中に奇病が蔓延し、村人もほとんどいなくなったそうです。ですが、磯谷ご夫婦は運良く病にはかからなかったので、ここに残り、祠を管理していました。私はご夫婦にお世話になった恩を返すために、私が元気でいる間は祠の管理をしようと思っています」


大人数が押しかけても布団や座布団が充分に備えられていたのは、そういった事が背景にあったのか。

それにしても、ここが薬師寺が話していた村だとは驚きだった。何の因果だろうか。

薬師寺を見ると、部屋を見渡したり考え込んでいる様子だった。何か思うところがあるのだろう。


「あの、村の資料みたいな物はありませんか?」

「いえ、なにぶん小さな村だったので、そういった物は残っていません」

「そうですか…」


残存する資料が無いと分かると薬師寺は肩を落とした。

今度は中村が疑問を口にした。


「明日は黒岩さんの所に行かれるのですか?」

「あ、はい、でも何故それを…」

「こんな所まで来る理由はそれくらいかと思いまして」

「中村さんは黒岩さんについて何かご存知ですか?」

「いえ、車が通っていくのを見た事はありますが、これといった付き合いはありませんでした」


顔を赤らめた久保田がまだ酒を注ぎながら呟く。


「ったく、いつまでつまんねえ話してんだよ。酒が不味くなるぜ」

「久保田さん、飲みすぎですよ」


よく見ると酒の量が半分ほどに減っていた。

成瀬が久保田から取り上げようとするが、それをさせまいと瓶を遠ざける。


「触るな、これは俺のだ!いいか!俺はこんなとこで死ぬ人間じゃないんだ!」


呂律の回らない口で言葉を吐き続ける。


「俺は黒岩先生に認められた人間なんだ!」

「認められた…?」

「そうだ!あの人はノーベル賞も狙える人だぞ。そのうえ金払いはいいし、俺にマウスの選定まで任せてくれる。あの人は俺がいないと何もできないからな。ハッハッハ」


なんだろう。なにか空気がヒリついたように感じた。

当の本人はそんな事は気にせず、まだ一人で喋っている。


「くそっ!それなのにあの野郎…。舐めやがって」


あの野郎?

急に黒岩の悪態をつき始める久保田。


「黒岩先生と何かあったんですか?」


今なら口を滑らせるかもと成瀬が問いかける。


「うるせえ!お前には関係ねえ事だ!」


そう一蹴すると、どんどん酒を注いでは飲み干していた。

それにしてもマウスにも良い悪いがあるのだろうか。

久保田にその目利きがあるようには見えないが、話を聞く限り黒岩はその腕を買っていたのだろうか。

酒をほとんど飲み干したところで、ようやく久保田は机に突っ伏して眠った。成瀬と薬師寺で彼を布団まで運ぶと、寝ている湯村から一番遠い場所に寝かせた。


「雑魚寝になってすみませんね」

「とんでもないです。泊めていただいて本当に助かりました」

「では私は向こうの部屋にいますので、何かあれば声を掛けてください」

「ありがとうございます」


中村は自室に戻ると言い残し、部屋に下がった。

壁時計を見ると二十三時に近かった。

全員分のお茶を台所の流し台に戻しに行く。湯村と清水以外は全員飲んだようだ。

台所の隣の棚に「ひげ茶」という茶パックがあった。これがあの不味まずいお茶かと思って部屋に戻った。

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