第24話 訪問 (1)

二十分程走ると、林道を抜け平地が広がっていた。水平線に浮かぶように真っ白な外壁の建物が見えてくる。

のきのない二階建てで、建物自体はそこまで大きくはないが、比較的新しそうだ。

自然の中に白い立方体が存在している光景は、かなり異質に見えた。

黒岩が研究のために建てさせたのだろうか。

それにしても何故こんな利便性の悪い場所に建てたのか疑問だった。

獄中大学に属しているのだから、授業も請け負っているだろう。街からここへの行き来もかなり大変だったはずだ。

家の前で車から降りると建物を見上げる。すぐ傍には崖があり、荒波が崖壁を打ちつける音が耳に入ってくる。

海に近いからか、なびく風はどこか涼しく感じた。

鉄製の門扉を押すと、容易に開ける事ができた。ロックは掛かっていないようだ。

敷石に沿って玄関へ向かう。

右側には二台分の駐車場があったが、一台しか停められていなかった。左側は小さな庭になっており、庭の中央には大きな木が植えられていた。

成瀬が玄関のチャイムを鳴らす。だが、暫く待っても応答はない。ダメ元でドアノブに手を掛けると、素直に回った。

こんな僻地へきちまで来る人間はいないので、戸締まりの必要もないのかもしれない。


「黒岩先生、いらっしゃいますかー?」


成瀬の声だけが建物内に響いた。少し様子を見たが、やはり誰も現れる気配がない。

黒岩はどこかに出掛けているのだろうか。

この家にずっといたのであれば、街の惨状を知らないかもしれない。

彼が車を二台持っているなら、外に出掛けている可能性はあるが、道中すれ違った車はいなかった。それに建物内は空調が効いていた。エアコンはついているようだ。

黒岩は大学の資料に今日実験を行うと書いていた。そのせいで手が離せない状況かもしれない。


「失礼します」


成瀬は玄関から伸びる廊下を靴を履いたまま進んだ。彼の後に続いて家の中に入ると、合点がいった。

ここには玄関とみられるものはなく、ドアから廊下がそのまま伸びていた。どうやらアメリカン形式のようだ。

進む廊下の両脇にそれぞれ扉があった。手前にある左側の扉をノックして開けるが誰もいなかった。

この部屋は応接室として使われているようだ。高級そうなソファとテーブルが置かれている。研究室も似たようなソファだったので、黒岩の趣味なのだろう。

右側の部屋は書斎のようだ。正面には二メートル程の大きさの絵画が飾られていた。風景画のようで、町並みはヨーロッパのような雰囲気だったが、どこの国かまでは分からなかった。

絵画以外の三方向には壁一面に本棚が置かれていた。講師室よりも敷き詰められた本達に圧倒された。

その先の突き当たりで左右に廊下が伸びていた。右側には二階へ続く階段があり、階段の前にも扉があった。左側にも扉が二つある。

誰に言われるでもなく、それぞれ気になる扉に向かった。

残り時間も限られている中で、早く黒岩と接触したいという気持ちが強かったからだろう。

清水は階段前の部屋を開ける。ここは物置部屋のようで、少しほこり臭かった。六畳程の広さで、大きな発電機が目を引いた。ガタガタと音を立てて稼働している。

こんな場所でどうやって電気をまかなっているのかと思ったが、これがその役割を担っているようだ。

壁際のスチールラックには工具箱や庭砂等、様々な物がしまわれていた。黒岩がいない事はすぐ分かったので、部屋には入らず扉を閉めた。

振り返ると、反対側にあった扉を閉めた只野と目が合った。彼が開けたのはトイレと洗面所だったらしい。

成瀬を含めた他の面々が見当たらなかった。残りの部屋は一つしかない。

只野が調べた向かい側の部屋を覗き込む。予想通り四人の姿があったが、黒岩らしき人物は見当たらなかった。

部屋の中は理科の実験室のようだった。

大きな黒い机がいくつも並べられ、顕微鏡や実験に使うと思われる機械がいくつも並んでいた。顕微鏡を覗くと、培養液の中に小さな微生物が見えた。

しかし、部屋にはワクチンのような物は見当たらない。それに、ここにはパソコンが置かれていなかった。

いくら優秀な研究員と言えども、資料にまとめる事は行うはずだ。

大学の資料はパソコンで打ち出されていた。あの内容を表立った場所で、記せるはずがない。それ相応の場所でしているはずだ。


「黒岩先生は留守なのか?」


誰もが感じていた疑問を成瀬が口にした。

ここまで探していないなら、黒岩は外出しているかもしれない。だが、念の為、二階も探す事にした。

階段を上がった正面の左側には三つの部屋があった。どれも来客用の部屋のようで、それぞれベッドと小さな机が置かれ、洗面所と風呂も備え付けられていた。

右側の一部屋は黒岩の私室のようだった。真下にある実験室と同じくらいの広さだ。壁にはいくつか風景画が飾られていた。更に、L字型のソファに大型テレビ、バーカウンターまであり、かなり豪勢な部屋だった。

テレビの前のローテーブルには鮮やかなフルーツが置いてあった。レプリカかと思ったが、本物の果物のようだ。

つまんでみたいと思ったが、ナイフで皮を剥かなければいけない物ばかりだったので諦めるしかなかった。

部屋の奥にはキングサイズのベッドが置かれていた。その脇には大理石を用いた暖炉まであった。

この部屋の風呂場やトイレにも大理石が用いられ、客室とは一線を画していた。

調度品から内装までセレブの一室に相応しい部屋とも言える。

研究者がこれほど良い待遇になれるものなのかと驚いた。

それだけの功績を黒岩が残した事への裏返しとも取れる。

念の為、ベッドで寝ていないかと天蓋のカーテンから中を覗く。が、やはりそういうわけでもなさそうだ。

大方おおかたの予想通り、ここにも黒岩の姿は見当たらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る