第5話
地下アイドルの初ライブ
決戦の場所は、帝都ルミナリアの下町にある老舗酒場『鉄の金床亭』だ。
客層の八割が、仕事あがりのドワーフや荒くれ者の冒険者たち。
店内は安酒とオイル、そして男たちの汗の匂いが充満し、怒号と笑い声が常に響いている。
とてもじゃないが、か弱き少女が足を踏み入れる場所ではない。
「ス、スカーレット様……本当にここでやるんでっか? 客席からジョッキが飛んでくるんとちゃいますか?」
舞台袖――といっても、酒樽を積み上げただけの即席ステージの裏で、ニャングルが青い顔をして震えていた。
彼の不安ももっともだ。今日の客たちは「歌」なんて高尚なものより、「酒」と「喧嘩」を求めているのだから。
だが、私は不敵に笑って、ステージの隅に設置した機材を確認した。
「ここだからこそ良いのよ、ニャングル。彼らは嘘をつかない。良いものは良い、悪いものは悪いと反応が正直だわ」
私は手元にあるコントローラーリング(指輪)に魔力を流す。
すると、天井の梁や客席の柱に設置しておいた十数体の『人形』が、一斉に起動した。
ルミナス帝国で流行中の魔導玩具、マグナギアだ。
ただし、武器は持っていない。代わりに装備させているのは――高出力の『発光魔石』。
「それに、この『演出』の効果を試すには、薄暗い酒場が一番なのよ」
私は震えるリーザの肩を抱き寄せた。
彼女は私が徹夜で仕立てた、フリルたっぷりの衣装――青と白を基調とした『アイドルドレス』に身を包んでいる。
「リーザ、大丈夫よ。貴女の歌は魔法だわ。自信を持って」
「は、はい……! スカーレットさんがついているなら……!」
リーザが深呼吸をし、覚悟を決めた瞳で頷く。
よし。
私は店主に合図を送った。
ガチャン、と店内の照明(ランプ)が一斉に落とされる。
「ああん? なんだ、停電か!?」
「おい親父、酒が見えねぇぞ!」
ドワーフたちがざわめき出した、その瞬間だ。
「――ショータイムよ!!」
私が指を鳴らす。
配置されたマグナギアたちが一斉に魔石を起動。
暗闇の中に、青白い光の柱(スポットライト)が何本も走り、ステージ中央の一点を照らし出した。
そこに浮かび上がったのは、幻想的なドレスを纏った人魚の少女。
「な……っ!?」
「女……か? 人魚?」
客たちが息を呑む。
その静寂を切り裂くように、リーザが歌い始めた。
『――♪ ~~♪』
それは、教会で歌われるような堅苦しい聖歌ではない。
私が前世の記憶を元に作詞作曲し、リーザ向けにアレンジしたアップテンポなポップスだ。
透き通るような高音が、酒場の淀んだ空気を浄化していく。
マグナギアたちが私の操作に合わせて動き回り、光の粒を散らしてステージを彩る。
まるで深海の中に光が差し込んだような、幻想的な光景。
「おお……なんだこれは……」
「疲れが……肩の痛みが消えていく……?」
ドワーフたちがジョッキを持つ手を止め、呆然とステージを見上げている。
人魚族特有の『魅了』の声。
さらに、彼女の歌には『聴く者の活力を回復させる』というバフ効果が乗っていた。
毎日過酷な肉体労働に明け暮れる彼らにとって、それは何よりの癒やし。
最初は警戒していた目が、次第に熱を帯び、最後には陶酔へと変わっていく。
(いける……! 掴んだ!)
歌が終わる。
一瞬の静寂の後――。
「うおおおおおおおおッ!!」
「すげぇぇぇ! 女神だ! 俺たちの女神だぁぁぁ!」
「今の歌、もう一回! いや百回歌ってくれぇぇ!」
爆発的な歓声が、酒場の屋根を吹き飛ばさんばかりに轟いた。
中には感動のあまり、ひげ面を涙で濡らしているドワーフもいる。
ステージ上のリーザが、驚きと喜びで顔をくしゃくしゃにして手を振る。
大成功だ。
だが、私の仕事はここからが本番だ。
「さあニャングル、出番よ! 鉄が熱いうちに叩くわよ!」
「が、合点承知! 金の匂いがプンプンしまっせぇ!」
ニャングルが特設物販ブースの幕を開ける。
「毎度っ! 今日の記念に、リーザちゃんの『手ぬぐい』はいかがでっかー! 一枚銀貨一枚(千円)! ただし……!」
ニャングルが声を張り上げる。
「これを買うた方限定で、リーザちゃんと『握手』ができまっせー!」
「なっ……あ、あの女神と握手だと!?」
「俺の手、油まみれだけどいいのか!?」
「買う! 全部くれ!」
ドワーフたちが雪崩を打って物販ブースに殺到した。
たかが手ぬぐい(原価数十円)が、飛ぶように売れていく。
これが『付加価値』の暴力だ。
「おおきに! おおきにー! 列は乱さんといてやー!」
ニャングルの算盤が、パチパチパチパチと高速で弾かれる音が、歓声に混じって響く。
その光景を、私はステージ袖から満足げに見つめていた。
(やったわ。これが、この世界のエンタメ産業の夜明けよ)
ふと、客席の隅、一番暗い席に目を向ける。
そこには、深くフードを被った大柄な男が一人、座っていた。
周りが熱狂する中、彼だけは静かにグラスを傾けている。
目が合った気がした。
彼は口元だけで笑い、私に向かって親指を立ててみせた。
(……レオ)
どうやら、スポンサー様もご満足いただけたようだ。
彼の口元が『サイリウム、次は俺も振る』と動いたのを読み取って、私は思わず吹き出してしまった。
地下アイドルの初ライブは、記録的な売り上げと共に幕を閉じた。
だが、この熱狂はすぐに外へと漏れ出し、招かれざる客を引き寄せることになる。
光が強くなれば、影もまた濃くなるのが世の常なのだから。
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