第4話

獣王陛下との秘密同盟

 金貨二百枚。日本円にして約二百万円。

 この世界、特に物価の安い下町では、家が一軒建つほどの大金だ。

 その資金力と、ゴルド商会のコネクションは絶大だった。

「ひゃあぁ……! こ、ここが今日から私のお家なんですか……?」

 リーザが目を回してへたり込んだのは、帝都の一等地にあるビルの三階だった。

 元は貴族の隠れ家だったというその物件は、防音設備も完備されており、レッスンスタジオ兼事務所兼寮としては文句なしの環境だ。

「せや。家具も一通り揃えといたで。家賃は売り上げからの天引きやから、気張りや」

 ニャングルが鼻高々に髭を撫でる。

 現金なもので、彼は私たちを「最重要取引先」と認定してからというもの、仕事が早いのなんの。

 衣装の手配、権利関係の整理、果てはリーザの栄養管理のための専属料理人の手配まで、瞬く間に済ませてくれた。

「ありがとう、ニャングル。助かるわ」

「へへっ、スカーレット様のためならお安い御用で。……しかし、ホンマに来はるんですか? 『あのお方』がこんな狭い事務所に」

 ニャングルがそわそわと窓の外を気にする。

 そう。今日はこの新事務所の「お披露目」を兼ねて、メインスポンサー様が視察に来る手はずになっているのだ。

 コンコン、と控えめなノックの音が響く。

 扉が開くと、そこには――。

「よう。いい物件じゃないか」

 深々とフードを被った大柄な男が入ってきた。

 フードを下ろすと現れる、金色の髪と獅子の耳。

 獣王レオだ。

「ひぃっ! へ、陛下!?」

「よ、ようこそおいでやす……!」

 リーザとニャングルが直立不動で頭を下げる。

 一国の王が、護衛もつけずにこんな雑居ビルに来るなんて前代未聞だ。

 しかし、レオは気にした風もなく、ドカッと一番大きなソファに腰を下ろした。

「ああ、楽にしてくれ。今日はお忍びだ。……ったく、城を抜け出すのも一苦労だぜ。ウチの部下どもは鼻が利くからな」

 レオは疲れたようにため息をついた。

 私は淹れたてのコーヒー(ニャングルが取り寄せた最高級豆)を彼の前に置く。

「大変そうですね、レオ陛下」

「『レオ』でいいと言ったろ、スカーレット。……ああ、この黒い液体、久しぶりだ。香りで泣きそうだ」

 彼はコーヒーを啜り、至福の表情を浮かべた。

 その姿は、どう見ても「仕事に疲れたサラリーマン」そのものだ。

「それで? わざわざお忍びで来たってことは、何か込み入った話があるのよね?」

 私が単刀直入に切り出すと、レオは苦笑して頷いた。

「ああ。……ニャングル、リーザ。少し席を外してもらえるか? 彼女と『同郷』の込み入った話をしたい」

「は、はい! かしこまりました!」

 二人が部屋を出ていくと、レオは一気に姿勢を崩し、テーブルに突っ伏した。

「……はぁぁぁぁ。聞いてくれよスカーレット。俺の国、マジで脳筋しかいねぇんだよ」

「脳筋?」

「ああ。俺の国――ガルーダ獣人国は、強い。個々の戦闘力なら人間なんて目じゃない。だがな……『統治』となると話は別だ」

 レオは指を折りながら愚痴り始めた。

「予算会議をすれば『殴り合いで決めましょう』と言い出す。外交をすれば『弱い奴の言うことなど聞かん』と机を割る。……俺がユニークスキル【百獣の王】で威圧して無理やり従わせてるが、それじゃあいつまで経っても国が成長しねぇんだ」

「なるほど……。ハードパワー(武力)はあるけど、ソフトパワー(文化・外交力)が皆無ってことね」

「その通りだ! さすが元マネージャー、話が早い!」

 レオが身を乗り出す。

「俺はあいつらに教えたいんだ。『暴力以外にも人を動かす力がある』ってことをな。歌や音楽、ファッション、そして『経済』……。このアイドル計画は、その第一歩なんだよ」

 彼の瞳には、真剣な光が宿っていた。

 ただの「日本食が恋しい転生者」ではない。彼は彼なりに、転生した先の国と民のことを本気で考えているのだ。

(……いい王様じゃない)

 私は自然と笑みをこぼしていた。

「わかったわ。私のプロデュースするリーザが、貴方の国の『文化革命』の象徴になればいいのね?」

「ああ。頼む。……俺の背中は預けたぞ、相棒」

 レオが右手を差し出してくる。

 私はその大きな手を握り返した。

「ええ。任せておいて。その代わり……」

「ん?」

「私がピンチの時は、その筋肉(ハードパワー)で守ってちょうだいね?」

 私がウインクしてみせると、レオは一瞬ぽかんとして、それから快活に笑った。

「ハハッ! もちろんだ。この筋肉は、お前を守るためにあると思ってくれていい」

 ――ドクン。

 不意打ちのセリフに、心臓が跳ねた。

 い、今の言い方は反則じゃない!?

 前世で社畜だった干物女に、イケメン獣王からのストレートな好意(?)は刺激が強すぎる。

 私が赤くなっていると、ドアの隙間からニャングルとリーザが戻ってきた。

「あ、あのぉ……お話は終わりましたか……?」

「ああ。済んだぞ」

 レオは表情を引き締め、王の顔に戻る。

 そして立ち上がり際、私の耳元でボソリと、日本語で囁いた。

「(……今度、お前の手料理が食いたい。米が手に入ったら連絡する)」

「(……了解です)」

 秘密の暗号を交わし、レオは颯爽と帰っていった。

 嵐のような王様だ。

「す、スカーレット様……。あんなに親しげに王様と……まさか、お二人は『デキてる』んですか!?」

 リーザが目をキラキラさせて食いついてくる。

 ニャングルも「玉の輿や! これはゴルド商会の株価も上がりまっせ!」と興奮している。

「ち、違うわよ! ただのビジネスパートナー! ……さあ、無駄口叩いてないでレッスンよ! デビューライブまで時間がないわよ!」

 私は真っ赤な顔をごまかすように手を叩いた。

 けれど、握手した手のひらに残る彼の体温は、しばらく消えそうになかった。

 こうして、獣王との「秘密同盟」は締結された。

 次は、いよいよリーザの初舞台――ドワーフの酒場でのゲリラライブだ!

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