冬のアイスを君とかまくらで
不思議乃九
冬のアイスを君とかまくらで
大雪の翌朝は、世界がいつもより透明に見える。
日曜日の午前十時。カーテンを引くと、窓の向こうはすべてが白く塗りつぶされていた。降りたばかりの雪は、街の音をすっかり吸い込んでしまったようで、ただ静かに、静かに息を潜めている。
幼馴染のユウキとサキは、通学路を挟んで向かい合う家に住んでいた。サキが玄関のドアを開け、あまりの雪景色に息を呑んだその瞬間、ユウキも同じことを考えていた。
「かまくら、作る?」
声が揃ったのは、三度目の正直みたいなものだった。ふたりで何かを始めるとき、きっかけはいつも自然に生まれた。言葉より先に、気持ちが揃う。今日の雪も、まるでふたりのために降ったみたいだった。
雪を積み上げるのは、思った以上に重労働だ。大きな雪玉を作って壁にして、中をトンネルのように掘り進めていく。何度も崩れて、そのたびに笑い声が弾けた。
「もー、ユウキ、ちゃんと押さえてよ!」
「サキが掘りすぎなんだよ!」
冬の空気は澄んでいるのに、ふたりの額には汗がにじんでいた。マフラーはいつの間にか雪の上へ放り投げられ、吐いた息だけが白く浮かんでは消える。
サキの胸の奥には、溶けない雪があった。
来年、サキは電車で三駅先の私立中学へ行く。寮生活だ。ユウキはそのまま地元の公立。もう毎朝いっしょに通学路を歩くことも、この家の前で遊ぶこともなくなる。
ふたりとも分かっている。けれど、そのことを口にしたら、目の前の雪がすべて溶けてしまいそうで、飲み込んだままにしていた。白い世界と胸の熱。その境界線は、子どもと大人のあいだみたいに曖昧だった。
やっと完成したかまくら。その中にふたりで座り込むと、外の世界は遠のき、雪の壁がふたりの秘密を包み込んだ。
「……暑いな」
ユウキが言うと、サキも笑った。氷点下の外気とは裏腹に、身体はぽかぽかしていた。その瞬間、サキの胸の奥の雪が、少しだけ溶けた気がした。
「アイス、買いに行こっか」
気づいたら言葉が出ていた。冬に食べるアイスの、あの突拍子もない冷たさが、なぜだか今は必要だった。
ユウキは無言でうなずき、ふたりは雪靴を鳴らしながら路地へ歩き出した。
かまくらに戻って、ふたりはまた寄り添って座った。ソーダ味のアイスを、アルミのパッケージから少しずつ押し出して食べる。太陽の光が雪に反射して、かまくらの中に淡い光が満ちた。
ユウキの肩が、サキの肩に触れる。ほんの少しだけ、いつもより近い。
「来年、かまくら作れないね」
小さな声でサキが言った。ユウキはアイスを口に入れながら、短く答えた。
「そうだな…… さみし……」
アイスを持ったサキの手が止まる。
「いま寂しいって言った?」
ユウキは慌てたように目を逸らし、急に大きな声を出した。
「言ってねーよ! 聞こえ間違えだって!」
雪の光のせいじゃなく、頬は真っ赤だ。ふたりの間に、今までなかった“新しい距離”が生まれたようだった。恋と呼ぶにはまだ早い。けれど、もう“いつものふたり”には戻れない予感がした。
サキは残りのアイスをそっと口に運んだ。いつものソーダ味なのに、今日は少しだけ温かく感じた。舌の上で溶けるのが、いつもよりも早い。
一方でユウキは、アイスを口に含んだ瞬間、いつもより冷たく感じていた。身体の熱が、一気に奪われるような、鋭い冷たさ。
どうして、アイスの温度が違って感じられたのか。
その理由を、ふたりはまだ知らない。
ただ、今日このかまくらで食べたアイスだけが、これから先、ふたりを繋ぎつづける温かい記憶になることを――ふたりとも、まだ知らなかった。
冬のアイスを君とかまくらで 不思議乃九 @chill_mana
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