同調

ずんだらもち子

【短編】同調

 俺は妙に興奮していた。

 昼休みの食事中もそわそわと落ち着けないのが自分でもわかる。

 同僚の松尾が鬱陶しいとばかりに顔をしかめた。

「どうしたんだよ門脇。落ち着けよ」

「落ち着いてなんかいられないよ。さっき病院から連絡があったんだ」

「マジか? お前行かなくていいのかよ」

「い、行った方がいいのかやっぱり?」

「そりゃ家庭によるだろうけど……行きたくないのか?」

「……わかんない」

 誤魔化すようにうどんを乱暴にすすった。麺が左右に揺れて汁を散らかすがそんなことに構う余裕もなかった。

「わかんないって……後悔するぞ? こんなこと人生で何度あるかわからないんだし、その子はこの一回きりだぜ?」

 松尾は箸で俺を指した。

「午後から予定が一杯なのか? 今から海外出張ってこともないんだろう」

「それは代わってもらった。今日はもうこれといって特には……」

「バカ! それなら早く課長に言ってこいよ。俺だってそん時は許可出たから」


 俺は課長に告げると二つ返事で許可された。むしろ「なんで早く言わないんだ」と少し呆れられた。

 病院に向かう途中、緊張感から吐き気が続く。

 何度も嗚咽を漏らしていたからだろう、タクシーの運転手に怪訝な顔をされ、「お客さん、袋いります?」と聞かれた。

 行きたくなかったわけではない。だけど、まだ現実を受け入れる自信がなかったのだ。

 自分の子どもが産まれるという現実を受け止めるのが怖くて、二の足を踏んでしまっていた。





 そんな風に考えていた3時間前の自分をぶん殴りたい。

 出産の奇跡に立ち会えて感動しっぱなしだった。

 もうずっと泣きっぱなしだった。

「しっかりしてください。ほら、元気な男の子ですよ!」

 自分と同じくらいの若い看護師に怒られる始末だ。

 この感動は、他に表現のしようがない。

 生命の神秘に対する感動と、自分の子どもが産まれたという不思議な感覚が混ざり、たとえようのない高揚感でしゃにむに感動してしまったのだ。


 世界が変わった。

 ただ生活の為だけにやっていると虚無だった仕事が、まるで色づいたような感覚だ。

 子どもの為に——そう考えるだけで何もかもがやる気に満ち溢れる。



 そんな俺の興奮に、待ったをかけたのは産婦人科の先生だった。

 40代の男の先生はきちんと整えられた髪の一部は白髪になっているが、メッシュのように数本だけが白く残されていてこだわりを感じる。

 妻の退院を三日後に控えた日のこと、見舞いに来た俺は妻と共に先生に呼ばれた。

「お子さんは元気に育っています」

 狭い面談室に入り開口一番、先生はそう言った。

 俺たちが不安がっていたのを察したような優しい口ぶりだった。

 もしかしたら単なる前口上かもしれないのだが、それでもほっと息を吐いた。

「今日は折り入ってご提案があるんです」

 先生は今時懐かしいとさえ思える再生紙のファイルを開いてみせた。

「『ケア・パッケージ』……?」

 妻がそのタイトルを読み上げた。A4サイズの表紙にはありきたりなフォントでそうとだけ書かれている。

「ええ。僕の出身大学の方から協力要請がありましてね、健康で標準的な体格、環境の乳児の両親に提案しているんです」

 先生は喋りながらぱらりと綴られたレポートのようなものをめくっていく。そこには細かい文字がつらつらと書かれていた。時折英文も混ざっていてすぐには読めない。

 先生の出身大学は誰でも耳にしたことのある都内の私立大学らしい。

 かつての先生は、医者と言えば心臓だ脳だ医系技官だという凝り固まった考えだったようだが、研修医時代にボランティア派遣された海外での経験で産婦人科の開業を志したらしい。

 妻が入院中に看護師たちから教えてもらったという。女性はどこの誰とでもこの手の話に花を咲かせるものだ。

「今は臨床実験の段階ですが、」

 そんな前置きをしてから先生は背もたれに体を預けた。

「数年前から言語化された『体験格差』、乳幼児期・幼少期における経験の差がその後の発育に影響を与えることにフォーカスして、昨今は子のために親があらゆる情報を肉体的にも知的にも与え続けることがまるで義務のようになってきています。しかしながら家庭の経済的理由で格差は広がるばかりなことも問題視されてきました」

「はぁ」

「その現状を憂う人権団体やNPOなどからの突き上げで、政府は秘密裏にあるプランを大学院の研究室へと依頼していたのです」

「それがこの……」

 ファイルに目を落とす。

 先生は静かに肯いた。

「『ケア・パッケージ』。子どものケアの画一化、育児のマニュアル化とでも言えばいいでしょうか……出生2週間前後から子どもたちに同じタイミングで同じ経験を得てもらうことでその格差をなくすためのプログラムなのです。そうすることで格差の無い平等な子どもに成長することに資するという考えです」

「な、なんですかそれは。まるで家畜だ。一人として同じ人間はいないはずだ」

「ええそうです。容姿は全く違います。でもね、家畜だって同じではないですよ。人間から見れば同じに見えるだけ、です。異文化圏の人間から見ると日本人はほとんど見分けがつかないと言われていますね。反対もまた然り」

 門脇は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 ハリウッド映画に出演している俳優や日本にツアーに来るアーティストの顔などを思い返せば区別はつく。しかし、一斉に並んでいたとしたら、どれほど見分けられるだろうか。

 道端で偶然見かけた時に自信を持ってその顔を言い当てられるだろうか。

「だ、だとしてですよ、それこそ個性がなくなってしまうじゃないですか」

「個性などというものは、身に着ける物やヘアスタイル、声などいくらでも賄うことができますし、同じ文化圏ならやはり顔の区別はつくというものです」

「……このご時世にルッキズムを地で行くような発言ですね」

「事実を述べてるだけです。そして容姿もまた、その時代の流行に合わせていく。いつの時代も今が最先端。10年も戻れば美しいやカッコイイなどといった基準は簡単に入れ替わってしまう。それは結局は個性よりも同化同調を目指して動いてしまうからです」

 確かに自分が高校生の頃の写真などで見る男子のヘアスタイルや女子のメイクを今はもう見かけることもない。が、それは確かに流行った。

 誰もが誰かに憧れて、倣い、結局は同化していく。個性というものを確立できるのはほんの一部の人だろう。

 もしかしたら個性などとはもうすでに存在していないのではないか。

 個性を出したいという欲望と、他者と違うという恐怖が常にせめぎ合い、その瀬戸際を歩いているのかもしれない。

 先生はやたらに口角をつり上げた。

「そしてその方が生きやすい。画一的教育に対して様々な社会学者が異を唱えてはや何十年と経ちますが、結局は変わらない。彼らは良く言えば第三者であり悪く言えば他人だ。実際に教育現場に身を置いているのは社会を知らない子どもであり、知ってるからこそ無責任になれない親たちなんです」

「……それで、ケア・パッケージ、ですか」

「ええ」

 先生は大きく肯いた。

「門脇さんは首長族をご存知ですかな? 幼少期のころから真鍮の首輪を嵌めて成長に合わせて数を増やしていく。そうすることで首が長くなったように見える体へと変化する。中国でもかつては纏足という慣習があった」

「ええ、それは……」

「そういった慣習は美しさの象徴であったり、力の証であったりということを親から子へと教え伝えていくものなのです」

 先生は改めてファイルをペラペラとめくって提示してくるが、わざとらしい笑顔の赤ちゃんの写真がいやに鼻についたので目を背けた。

「この『ケア・パッケージ』も言うなれば心の形を形成するための慣習のようなものです。この教育プランに加入すれば乳幼児期の育児はもちろん、その後の義務教育課程における一定水準の教育保障だけでなく、趣味嗜好についても安定した選択を常にできるサポートもあります。そしてその時々の成長度合をデータ化し、ベストな将来の選択肢も提供する。ま、有り体に言えば道を外れることはない、ということです」

 いかがですか——言葉にはせずともそう訴えかける医師の微笑みに、門脇夫妻は顔を見合わせた。

「どうする?」

 先に言ったのは妻だった。

「どうって……」

 単純にあまりに突然の提案だったこともそうだが、どこか信を置けない話に思えてしまい、二つ返事ができないでいる。

「あの、それって他のお子さんも?」

 妻が先生に訊ねた。

「このプロジェクトはまだ実験段階ではあります。が、すでに複数名の方が承諾してます。門脇さんのお子さんの前後に産まれた方でも一人は……」

「そ、そうなんですか……」

 どうする?——もう一度問いかける目を妻が向けてくる。

「退院は明後日ですから、それまでにお返事ください」



「——はぁ? ケアパッケージ?」

 翌日の昼休み、会社近くの公園で同僚の松尾に話をしてみた。松尾は去年第一子が産まれていて、そういう意味では先輩にあたるし、知人友人の中では一番時期が近い。

 しかし、いや案の定、怪訝な顔を向けられた。

「聞いたこともないな。なんだそれ?」

「いや、俺も詳しくは分からないんだけど……」

「その病院怪しんじゃね?」

 松尾は腕時計を見やるや缶コーヒーを一気にあおる。「お前も我が子が可愛いなら変なことに巻き込んでやるなよ。小さい時の経験なんて下手したら一生モノの傷になるぜ」

 そしてベンチを立った。

「だから相談したかったんだけど」

 先に行く松尾の背中にぼやくのだった。


「——私は受けてもいいと思ったけど」

 妻は俺が部屋に入るとベッドから身を起こし縁に腰かけた。

「そうなの?」

「だって色々経済的支援もしてくれるみたいだし。嫌になったらやめたらいいじゃん?」

「支援されてしまったらやめにくいんじゃないかな?」

「でも向こうからお願いされてる話なんだし」

「そ、そうだけどさ……」

「……まぁ、パパが気乗りしないならやめとく方がいいかもだけどね」

 妻にパパと呼ばれ、俺は気恥ずかしさと嬉しさが同時にこみ上げてきた。言った妻もまだ慣れていないとばかりに照れくさそうに頬を赤らめ、そばで寝ている僕たちの子に目線を逃した。

 そうだ。この子の為なんだ。

 きちんと、親である俺たちが決めないとな……。



「そうですか」

 先生は胡散臭いほどの笑みで肯く。

「お受けになりませんか」

「はい。やっぱり決められた枠組みにいきなりはめ込むような真似はちょっと可哀想で、束縛するような気がして……」

「いいと思います。幼い頃というのは、何も知らないですからね。大切に育ててあげるのも親の務めですから」

「は、はい」


 ——当時は励ましてくれたと思って元気よく返事をした。

 でも今となっては、何も知らない子どもにとって貴重な機会を親の都合や感情で奪っているぞという皮肉が込められていたのではないかと思えてしまう。

 あれからもうすぐ1年になる。

 子どもは元気に育っている。

 妻と二人、いや子どもも含めて三人、毎日が初めてのことばかりで、戸惑い、怒り、泣いてしまう日もあったけど、その一日一日が俺たちを『家族』にしていってる。そう自信を持って思えた。経験の格差なんてなくしてやるからな。



 だが、俺の消えない後悔の念はあの日生まれた。

 それは、保育園への申請用紙の記入欄を眺めていた時だった。


『ケア・パッケージに加入されていますか』


 無機質なその一文を目にした時、全身に寒気が走った。

 はい、か、いいえ、を選ぶだけの欄。

 答えは一つしかないのに手が動かなかった。

 怖かった。

 あの疑わしかった単語が、公文書の中に平然とした顔で並んでいたことが不気味で、足下に寒さを感じた。

 嘘をついてやろうかと思ったが、

『はいと答えた方に質問します。SKシステムとPRシステムの……』

 などと続いていたのでそうもいかなくなった。

 もし調べられたらすぐにバレてしまう。その小さな見栄の為に保育園が決まらなくなっては困ると思い、素直に『いいえ』にチェックをした。


 さらに驚かされたのは、友人からの連絡だった。

 友人は三日前に子どもが産まれたということを連絡してきてくれた。

 そして今日届いたチャットアプリのメッセージには、

『ケア・パッケージって知ってる?』

 と書かれていた。

 俺は、『知らない』とだけ返信するのが精一杯だった。



 保育園にはさらに一年と半年後、無事に入園することができた。

 妻は年度のきりが良い4月に入園できてよかったと喜んでいた。数年前法律が変わって3年間支給されるようになった育児休業給付金も、流石に最後の半年は3割まで減額されてしまうので働きたかったとも言っていた。

 だが俺は素直に喜べなかった。

 もし『ケア・パッケージ』に加入していたら、もう少し早かったんじゃないか。

 その疑念が消えることも無ければ消す方法もわからなかった。


 息子が小学校に入る頃にはその単語は一般的になっていた。

 私立小学校への入学試験は全て落ちてしまった。

 息子がまだぴんと来ない年齢で助かった。受験に全て落ちるなんてそれこそ一生モノのトラウマだ。

 やはりケアパッケージへの加入をしていないことが理由なのだろうか。しかし松尾の娘は合格していたのだから一口にそうとも言い切れない。願書にも記載欄はなかった。

 俺はその先を考えるのを辞めた。いずれの結論に至ったとしても、何も嬉しくないから。


「『ケア・パッケージ』ですか。もちろん加入しました。友達とかもみんな加入したみたいで、やっぱり安定した人生を送って欲しいですしね」

 先日出産して育休から復帰した後輩に訊ねたらあっさりとそう言われた。


「なんであの時もっときちんと説明してくれなかったんだよ」

 松尾が、恨みがましい視線とともに俺に愚痴をこぼしたのも無理はないだろう。



「なんでその時もっと考えてくれなかったんだよ!」

 かつて松尾に投げかけられた言葉に似たものを、数年後、中学生になった息子にぶつけられた時は、気を失いそうになった。

「ケア・パッケージに入ってないと行きたい高校いけねーじゃねぇか」

 進学したい高校を自分で見つけられてるだけでも父親としては嬉しかったし、尊敬もした。自分の時は親の言いなりとまでは言わないが、自分の偏差値と親の希望を折衷したような進路を選んだだけだったからだ。

「そんなこと言われたのか?」

「そーゆー噂があんだよ」

「その世代はお前の二つ下だ。お前たちの学年の受験には関係ないだろ」

「それがそうでもないみたいなの」

 リビングに戻ってきた妻が言う。「実験段階でも加入していた子を優先にするって話もあるし。それに二年後にはその世代になるからどうせなら、って」

「う、噂だろ全部。それにもう今更そんなこといってもどうしようもないだろ」

 自分でも情けない責任逃れだ。

 本当は、小学2年生になる頃、今からでも加入できないかと産婦人科を訪れた。

 しかし、先生からはプランの適用開始時期からずれてしまうと周囲との整合性がとれなくなるとか何とか言われた。早い話が門前払いだった。

「だから私は入ってもいいって言ったのに」

 妻がぼやく。

 その態度に俺は感情を抑えられなくなった。

「君だって俺が納得いかないならやめようって言ったじゃないか!」

「だからあなたに託したんじゃない。最終的にはあたなの意見を立てようと思ってあげたのに!」

「だったら俺を無視して先生にそう言えば良かっただろ!」

 そこまで言うと妻は黙り込んでしずしずと泣き出してしまった。

「何逆ギレしてんだよ。ていうか俺の話なのに二人だけでケンカすんなよ」

 息子は呆れたようにそう言い残し部屋に戻って行った。



 結局息子は第一志望の高校には受からなかったが、第二志望には受かった。公立だが県内でもトップの進学校だ。将来の大学受験への見通しは明るい。

 あの日以来どこかギスギスしていた空気も落ち着いた。笑って思い出せる日もそう遠くないだろう。

 一先ず息子の高校受験の報告がてら実家に帰ると、父も母も喜んでいた。

 が、母が買い物に出かけて父と二人だけになった時だった。

「難しいなぁ……」

 縁側で茶を飲んでる時、父は何の脈絡もなくそう言うと、苦笑した。

「わからないって何が?」

「いやぁ……子どもの将来というものは、親にはわからん」

 父は茶をすする。

 それは俺自身のことだろうか。だとしたらなんだか水を注されたような気がしてあまり面白くない。

「どういう意味だよ」

「……俺ぁ戦後生まれだから貧しかったけど、自由な時代だった。餓鬼の頃なんて毎日遊びまくってた。そのツケが回って、就職も苦労したしつまらねぇ仕事もした。だからお前にはそうなってほしく無くて勉強しろと叱ったもんだ」

「どんな仕事も立派な仕事だろ」

 目を細めていく父を気遣ったつもりだった。

「あぁ、仕事にゃ貴賤はねえ。だがよ、収入にゃあ貴賤はある。それに働く人に上下は無くても組織の中にゃあ上下はある。同じ仕事でも環境の良し悪しさえある。人間が人間である以上、変わらねぇ事実だ」

 父が人生で経験してきた父の中の真実は変わらない。

「結局遊んでるようでそれでもお前は大学まで出て就職もして家庭も持った。……やっぱり親には子どもの将来なんてわかんねえもんだ」

「……今となっては親父の言いたいこともわかるよ。今の仕事でも十分生活はできる。だけど他人を羨んでしまう瞬間もあるし、発作的にあの時こうしておけばって胸を搔きむしりたくなる時もある。子どもには好きなように生きて欲しいから勉強とか押し付けないって決めた。だから俺は『ケア・パッケージ』を受け入れなかった。だけど…………」

 その続きは言いたくなかった。濁った緑茶を覗き込んでも俺の顔が映るわけもなかった。

 父はそんな俺を見てか、ふっと鼻で笑った。

「子どもだとわからねえが、それが孫ってなったらもう元気なだけで嬉しいんだよな。これだけ辛ぇことが山ほどある人生の中で笑ってるってんならそれだけで十分なのかも知れねえな」

「今のところ結果的にはそうだってだけかも。これから先はどうなるのか……」

「ま、わからねぇだろうなぁ」

 そう言って父は笑った。




 それから数年後、俺は社内の人事異動で人事部の部長に配属された。今まで営業部内での異動ばかりだったので人事部への異動は個人的にも青天の霹靂だったが、うちの会社での組織図上、今後直属の上司になる副社長から抜擢されたということだった。


 やはりそこでも『ケア・パッケージ世代』のことは注目されていた。

 彼らは組織に従順な性質のようだ。

 ともすれば軍人のようにも思えるが、軍のように上官の言うことは絶対というわけではないものの、他者との軋轢を避けはみ出さないようにする性質があるのだ。

 そこに自分の意思はなく、言われたことに忠実。組織内の不協和音の音源になりたくないようだ。

 もはや画一化、同化というよりも同調に近い性質なのかもしれない。

 クセはあるものの、上司としては指示したことをきちんと行ってくれるのは有難い。それに彼らは学力も一定水準以上のレベルで、倫理観も問題ない。

 社会に出れば意味をなさないかと思われたケア・パッケージは、むしろ社会が潤滑に動くためのシステム構築だったのかもしれないとさえ考えてしまう。

 不思議なことに飲み会などの参加も消極的ではないのだ。これもまた他者との同調を優先するためだろうか。

『ゆとり世代』と何かにつけて括られて蔑まれてきた自分が同じことをしようとしているのかと思うと小さな罪悪感を覚えた。

 だが、そんな環境で育った優秀な子たちが自社を受けてくれることに醜い優越感を覚えてしまった。


「いやぁ危なかったよ。俺怖いもん」

 就職3年目の息子が帰ってきてそんなことを言っていた。

「どういう意味?」

 鍋に食材を入れながら妻が訊ねた。

「あいつら勉強できるしさ、性格も真面目だし同級生なら絶対内定貰えなかったって話」

「はは、確かにな」

「父さんだって言ってただろ? 就活生のエントリーシートにその欄があるって」

「だからって怖いってことはないだろ」

 そう笑い飛ばた相手は俺自身だ。

 息子は缶ビールをごくりと音を立てて飲んだ。

「あいつらさ、悪い奴らではないんだよ。俺みたいなまだまだ半人前の指示でもきちんと聞いてくれるし、仕事も丁寧だし。だけどなんか不気味なんだよなあ。目が死んでるみたいな」



 その一言をを俺は人事部に持ち帰った。

『ケア・パッケージ世代』は、確かに従順で輪を乱すことはない。

 その代わり、企画立案や主体性に欠けるというデータが早くも出ていた。

 兵士としては優秀だが、指揮官にはできないということか。

 指導すればよいという意見が出た。至極当然だ。どれだけ優秀な学校を出ていたとしても、会社や社会にある組織というものは生き物だ。それこそ個性であり、学校で学べるはずもない。

「それについてなんですけど」

 と育成担当係長が手を上げた。

「社内アンケートでは昇進意欲があるとは出ているのですが、いざ個別面談をすると口を揃えたように『同期との関係性があるので』というのです」


 彼らにとっては抜きん出ることもまた、同調から外れてしまうことを意味するようだ。

 昇進スピードが各人で違うことなど当たり前だ。

 それでも勤勉であれば会社側も「そろそろ次のステップに……」という親心が芽生える。チャンスを与えて、それを掴んでくれることを期待するのだ。

 しかし、この世代はそれを最も嫌うようだ。

「会社の調和にとって必要ならば、とも。反対に課長級以上のアンケートでは、『任せられない』という結果も出ています」



 マスメディアが騒ぎ始めるのも時間の問題だった。

 それと同時に転職市場が賑わってくる。


「父さん、あの時選んでくれなくて助かったのかもしれない」

 息子のように、非『ケア・パッケージ世代』に焦点があてられたのだ。

 他者との関係性を配慮しつつも個性を持ち、自分の意思がある人たちを中途採用の枠を設けて採用する機運が高まっていた。

「あれに入ってないってだけで待遇が良くなったよ。本当にわからないもんだね」

 息子の昇進や将来の安定を思えば、喜ぶべきことなのだろう。

 だが、それも今時点での結果論に過ぎないのではないか。

 ケア・パッケージの廃止はまだ謳われていない。ゆとり世代のように学力や競争力が低下したエビデンスはなく、公立学校にまで影響し始めて教育格差はむしろ埋められたのかもしれない。


 ……いや。そもそも、いつから実験は始まっていたんだ?


 臨床実験段階だとは言っていたが、息子が産まれた年からなのかもしれないし、既に水面下では実験は何十年も前から始まっていて、何百人、いや何千人が『ケア・パッケージ』を受け入れていたとしたら……。

 もうすぐあの世代が子供を産む時代が来るだろう。大多数が『ケア・パッケージ世代』となる十年先の未来ではまた立場が変わるかもしれないし、社会の中枢に食い込み始めるとむしろ意見は一本化されやすく、息子のように異を唱えることができるものは『同調』という暴力に支配されてしまうのではないか。

 だが、あの世代は結婚などするのだろうか。

 誰もしないならしないなどと言いそうなものだ。

 何かの拍子で「子どもを産むのが普通」という流れになれば……。しかしそこに愛は存在するのだろうか。

「父さん? どうしたんだよ」

 ベランダで缶ビールを片手に二人で並んでいたのだが、息子は心配そうな目で俺を覗いてきていた。

「いや、何でもない。少し酔ったのかもしれないな」

「えー、まだ1缶目だぜ? 中に戻る?」

「あぁ」

 ベランダから戻って行く息子の背中は随分と逞しく感じられるようになった。

「本当に、わからないものだ」

 あの日父が言っていたように、俺も心の底からわからなくなった。

 子どもの将来が上手くいくかどうか。それを生まれたばかりの子ども自身が責任を負えるはずもない。

 だからこそ、親は大なり小なり子どもが少しでもいい人生を送れるように枠を探し研磨し続けるのだろう。

 だけど、全てが親の責任なのだろうか。

 どの道を歩かせれば将来が安定するのかなんて、親だってわからない。

 親は神ではない、全てを知ることなど不可能なのだ。

 ケア・パッケージ……それが本当の意味で将来を担保するものであるならば、すがりたくなるのも親心というものだ。

 もしかしたら、廃れるどころかますます研究が進んでいき、やがて……。





「——という点が、懸念すべきことではないかと考えました。いかがでしょうか?」

 俺は上司である副社長に尋ねた。


『なるほど。『ケア・パッケージ世代』がこの会社を背負って行けるのかどうかという疑問だな。確かに君が挙げたような弱点がいくつかあるが、指令を出す立場の者が一人いれば彼らは十二分に力を発揮するとデータにも出ている。そこで私が提案するのはより高度な学習をできるようにシステムの開発を彼らに依頼して……………その後は…………………………』

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同調 ずんだらもち子 @zundaramochi777

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