第6話 素人

八雲を掴む見えない腕の力は強まり、八雲の体からは骨の軋む音がする。


八雲「うぐぅ。」


アリス「あの世に逝くのはアンタだけだよ。」


鋭く放たれた一閃。


現れたばかりの妖鬼の腕が切り落とされる。


アリス「言ったでしょ新人くん。私がいれば死ぬことはないって。」


隻腕だった妖鬼「なぜ生きている?」


アリス「えーと、五等官だから?」


隻腕だった妖鬼「クソッ」


八雲を投げ捨て、見えない腕でアリスを掴み掛かる。


しかし、その腕はアリスの身体をすり抜けていった。まるで霧でも掴むように。


隻腕だった妖鬼「どうなっている!?」


アリス「分からないなら別にいいよ。」


背後から現れたアリスは妖鬼を斬りつけるとまた消えてしまった。


現れては切りつけ消えるを繰り返すアリスに妖鬼は怒りを露わにする。


隻腕だった妖鬼「貴様、調子に…」


叫びかけた妖鬼がいきなり膝から崩れ、動かなくなる。


アリス「ふぅ、微負けってとこかな。二種だからリルカさんに報告しなきゃだね。」


理解が追いついていない八雲がアリスに尋ねる。


八雲「何で生きているんですか?」


アリス「君が妖鬼の気を引いてるときに関節を幾つか外して抜け出したんだ。いや~助かったよ。」


アリスは笑みを浮かべ八雲に向けてピースして見せる。


八雲「でも、俺先輩が死ぬのを確かに見ましたよ。」


アリス「まぁ、そういう能力だから。残りもさっさと見回って終わらせよ。」


八雲「うーん。」


アリス「納得してないようだね。」






その後、巡回を終えた帰りの車の中で八雲が最も気になっていた疑問をぶつける。


八雲「先輩の能力って何なんですか?」


赤信号とにらめっこしながらアリスは答える。


アリス「それは教えられないなぁ。」


八雲「どうしてっすか。」


アリスは八雲の方に顔を向けると神妙な面持ちで口を開く。


アリス「そういう物だよ。自分の能力は基本人に明かさない。明かしたのはリルカさんぐらいかな。人なんてそう簡単に信用するもんじゃないよ。」


暫くの沈黙の後八雲は次の疑問を投げかける。


八雲「じゃあ先輩のマジの階級っていくつですか?」


アリス「マジで五等官だよ。」


八雲「え?あんなに強いのに?」


アリス「新人くんも知ってる通り私は勤務態度がね。」


八雲「あ〜、そうじゃん。この人色々終わってんだった。よく五等官になれましたね。」


アリス「お?私とマジバトルする気かね?」


八雲「遠慮しときます。」






リルカ「この前より書類仕上げるの速くなってるね。」


八雲「ありがとうございます。でもまだ遅いですよね。」


リルカ「アリスちゃんよりは速いよ。」


八雲「そう言えばアリス先輩で思い出したんですけど、アリス先輩の能力って何なんですか?」


リルカ「私も全部把握してるわけじゃないんだよね。実は取り込んだ妖鬼の能力って遺伝することがあるんだ。アリスちゃんもこれに該当してて、元の妖鬼が特定できてないの。」


八雲「それって生まれつき能力持った人が犯罪とか起こさないんですか?」


リルカ「ほとんどの場合能力を持ってることを知らずに生涯を終えるよ。ところで、この仕事にも少しは慣れてきた?」


八雲「まぁ、心臓を喰わせるのに躊躇わなくなりました。」


リルカ「それは良かった。近々大きな任務があるから八雲君には強くなって欲しいんだ。」


八雲「大きな任務?」


八雲は思わずオウム返しにする。


リルカ「内容はまだ詳しく話せないけど、上手く行けばこの国の未来を分けると言ってもいいよ。」


八雲「そんなに重要な任務なんですね。だから俺が強くなる必要があるんですか?」


リルカ「うん。心臓を犠牲にした身体能力は高いけど動きがまるで素人だからね。」


妖鬼に言われた言葉が蘇る。


リルカ「まず手始めに八雲君には基本的な戦い方を教わってもらうよ。」


八雲「教わってもらうって事は、リルカさんじゃ…」


リルカ「ないよ。」


八雲「ですよね。」


リルカ「鹿路って人に教わってもらうよ。ほら、最初会ったときにいたでしょ?」


八雲「えっと、霧園先輩といた。」


リルカ「そうそう。勿論鹿路君は悪い人じゃないんだけど…まぁ、ちょっと変わってるから頑張ってね。」






翌日早朝から八雲はリルカに言われた場所へと向かった。


八雲「廃工場みたいなとこだけどホントにここであってんのか?」


戸惑う八雲の前に見覚えのある男が現れる。


鹿路「久しぶりだな。この前はすまなかった。」


八雲「いいですよ。鹿路先輩ですよね。」


鹿路「ああ。リルカさんの指示でお前を鍛えることになった。宜しく頼む。」


八雲「こっちこそ。お願いします。」


八雲は思っていたよりマトモそうな人で安心した。


鹿路「肉弾戦は得意ってほどではないが、人並み以上のつもりだ。まぁ、あれだ。かかってこい。」


八雲「じゃあ遠慮なく!」


床を蹴った瞬間、八雲の身体が前方へ滑る。


鋭い直線上の蹴りが鹿路を狙う。


が、鹿路の視線は微動だにしない。


流れるように半歩身を引き、払うように八雲の蹴りをいなす。


ゴッ。


八雲「うがっ。」


いなされた勢いのまま体勢を崩したところに、正確無比なカウンターが叩き込まれた。


得意じゃないと聞いて油断していた。


鹿路は明らかに格上だった。


鹿路「動きが単調だ。もっと頭を使え。」


挑発ではなく事実の確認のような口調。


八雲「うらぁ」


八雲は身を深く沈め、防御の薄い下から弾くようにアッパーを突き出す。


鹿路の顎を捉えた軌道。


鹿路「良い判断だ。だが甘い。」


鹿路はほんの紙一重で横に滑る。拳が空振り、八雲の胸郭が顕になる。


その刹那、がら空きとなった胴体に肘打ちがめり込む。


八雲「あうっ。」


痛みに呼吸が乱れる。


八雲は攻めるだけ隙を晒すと判断し防御に徹する形へ移行する。


鹿路「そうか。いいだろう。」


鹿路の足が床を蹴る。


一瞬で間合いは詰められ、渾身の右ストレートが迫る。


八雲は腕を回して受け止めに行く。


だが、その一瞬の隙が鹿路の狙いだった。


手薄になった左側面に強烈な蹴りが入る。


八雲「ウグッ。」


鹿路「無理に最善の1手を打つ必要はない。お前の身体なら70点の動きを継続できれば十分戦える。」


八雲「堅実に戦えってことですね。」


鹿路「あぁ。だが、まだまだだな。もう1回だ。」


その日の夕方まで八雲は殴られ転がされては、叩き起こされた。


鹿路「今日1日で、動きは大分良くなった。明日また来い。」


ようやく終わりの合図が出た。


八雲「はぁ、はぁ。…うっす。」


廃工場の中には真っ赤な夕日が差し込み2人の影を伸ばしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼巫局の怪物 ラニ @Ra2-bisharplove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画