第5話 甘味と運とグチャグチャ肉塊

八雲「失礼します。」


そう言い執務室に入っていく。


八雲を待っていたであろうリルカはコーヒーの入ったカップを口から離し、机に置く。


八雲「コーヒー好きなんですか?」


リルカ「まぁ、嫌いじゃないかな。知り合いから沢山貰っちゃったから八雲君も飲む?」


八雲「俺はあんまりコーヒー好きじゃないんで遠慮しておきます。」


リルカ「残念。」


八雲「巡回の任務ってどこでやるんですか?」


リルカ「そのことなんだけどね、本来だったら君のペアがもう来てる筈なんだけど…」


八雲「ペア?」


暫く待つと廊下から慌ただしい足音が響いてくる。


足音は執務室の前で止まる。


ノックとほぼ同時に金髪のポニーテールを揺らしながら1人の女性が入ってくる。


金髪の女性「ギリギリセーフ!」


リルカ「ガッツリアウトだよ。」


八雲「リルカさん、この人は?」


リルカ「彼女はアリス・ラピュセル―」


リルカの言葉を遮るようにアリスは喋りだした。


アリス「君が噂の不死身の新人君だよね。リルカさんから聞いてるよ。」


自分のターンに戻そうとリルカが咳払いをする。


アリス「あぁ。すいません、リルカさん。」


リルカ「話を戻すけど、八雲君には巡回に行ってもらうって言ったよね。」


八雲「はい。」


リルカ「完全に妖鬼に支配された区域は2重の壁で囲まれているんだけど、」


アリス「妖鬼が逃げ出しちゃうから、2つの壁の間をパトロールするんだ。」


リルカ「アリスちゃん。」


アリス「あ、すいません。」


リルカ「それで、巡回は2人1組でやるんだ。」


八雲「…もしかしてこの人とですか?」


リルカはゆっくりとうなずく。


八雲「リルカさんとか霧園先輩とかは?」


アリス「リルカさんは忙しいし、霧園先輩も別件で手が空いてないんだよ。」


アリスがまたもや口を挟む。


八雲「マジかよ。」


アリス「もしかして私、信頼されてない感じ?」


リルカ「アリスちゃんは勤務態度とか色々終わってるけど戦場だと頼りになるから。」


アリス「ヒドい。」


リルカ「この前の任務中にミ◯タードーナツに行ったの知ってるよ。」


アリス「げっ、バレてた。」


八雲の表情が曇るのをアリスに気付かれた。


アリス「まぁ安心したまえ新人くん。私がいれば死ぬことは多分無い!」


アリスの謎の自信に八雲の不安は高まるばかりだった。






アリス「あっ!あのパン屋さん最近できたんだよね。ちょっと寄ってこ。」


八雲「はぁ?」


アリスはハンドルを切り巡回エリアではなくパン屋に向かう。


八雲「ミ◯ド行ったのバレたんだろ?」


アリス「サーティー◯ン寄った方はバレてないから。」


八雲「自白しましたね。」


アリス「君がリルカさんに報告するなら私も君がリルカさんのこと好きなのバラしちゃうよ。」


その言葉に八雲はピクリと反応する。


八雲「何でそれを?」


アリス「丸わかりだよ。リルカさんのことめっちゃ見てたし。」


八雲「クソッ!このサボり魔め。」


アリス「何とでも言いなさい。君には私を止められないのだよ。」


そう言うとパン屋に着くなりアリスは車を降り、軽い足取りでパン屋に入っていってしまった。


数分後、パン屋から戻ってきたアリスは八雲にパンを差し出す。


アリス「クリームパンでいいなら、あげるよ。」


八雲「…あざっす。」


八雲は受け取ったパンに口をつける。するとアリスがニヤつく。


アリス「それ食べたから君も共犯ね。」


八雲「一瞬いい人かもって思った俺がバカだった。」


アリス「あはは!君面白いね。」


八雲「はぁ。よく言われます。」


八雲は今度からはリルカを見る目線に気をつけると心から誓った。






2人は壁の中に入り、巡回エリアに足を踏み入れる。


八雲「どこまで巡回すんの?」


アリス「壁と壁の間は4分割されてるからそこまでだよ。そこそこ妖鬼がいるから気を付けな。」


言ったそばからすぐに、妖鬼が現れた。


両目がなくポッカリと空いた空洞が覗いている。


妖鬼「肉のニオイだ!喰わせろ!」


アリス「絶対やだ。」


アリスは飛びかかる妖鬼を右手に構えた剣で斬り伏せる。


妖鬼は傷口から血を噴きながら倒れていく。


動かなくなった妖鬼を見てアリスが言う。


アリス「ラッキー。一撃じゃん。今日はツイてるね。」


ラッキー?ツイてる?

八雲の不安は更に募る。


八雲「今のどういう事っすか?ってか核は?」


アリス「そういう能力なの。今日は運がいいみたい。」


八雲は訝しみながらもアリスと共に巡回ルートを進む。


突然、アリスが歩みを止める。


アリス「あれ…」


アリスが指差す先には、蹲った人影があった。


八雲「俺がやります。」


アリス「分かってるんだ。」


八雲「ああいうのはほとんど妖鬼か死体って霧園先輩が言ってた。」


八雲は斧を構え人影に近寄る。


それには片腕がなく、くねくねと動いている。


妖鬼だと確信した八雲が斧を振り下ろす。


しかし、切っ先は空を裂いただけだった。


斧を躱した妖鬼は片方しか無い腕で掴んでいた死体を八雲たちに見せつける。


隻腕の妖鬼「お前たちもこれの仲間か?」


四肢を失った死体は鬼巫官の制服を着ていた。


歪んだ表情から弄ばれて殺されたであろうことが容易に想像できる。


八雲「てめぇ!」


八雲は怒りに身を任せ、妖鬼に蹴りを入れようとする。


隻腕の妖鬼「ふん、動きが素人だ。」


次の瞬間、八雲が身動きを取れなくなる。


八雲「うっ、どうなってんだコレ!動けねぇ!」


アリス「ヤバッ。能力使うなら二種じゃんか。新人くん助けないと!」


アリスは動けない八雲を尻目に妖鬼に斬りかかる。


剣先がかすり妖鬼の体から血が流れる。


アリス「ハズレか。ここで当たればよかったのに。」


隻腕の妖鬼「いい動きだ。おい女、階級はいくつだ?」


アリス「…五等官だけど。」


隻腕の妖鬼「フン、下らん嘘を。もっと高いだろう。」


妖鬼は持っていた死体を放り捨て、蹴飛ばす。


八雲「てめぇ、ふざけるなよ。」


隻腕の妖鬼「雑魚は黙ってろ。」


時が止まったように空中で静止している八雲に強烈な蹴りを入れる。


八雲は内臓をぶち撒けながら後方に吹き飛ぶ。


アリス「新人くん!」


隻腕の妖鬼「あんなのに構うな。お前は俺と戦え。」


アリスは身を引き一定の距離を保つ。


アリス「アンタの能力が分からない以上あんま近寄りたくないんだよね。」


隻腕の妖鬼「ならば俺が近付いてやろう。」


妖鬼はアリスとの距離を詰め攻撃を繰り出す。


アリスも攻撃に転じ、激しい攻防が繰り広げられる。


だが、急にアリスの動きが鈍る。


アリス「動けない…いや、なんか違う。」


隻腕の妖鬼「どうした?」


アリス「全く動かないわけじゃない。目とか指先とか細かいとこは動かせる。そうか、コレ掴まれてる!掴まれてるよ!」


隻腕の妖鬼「気付いたか。だが、もう遅い。」


八雲「うらぁぁ!」


心臓を喰わせた八雲が復帰し、膝蹴りをする。


ひらりと躱され八雲は膝から地に落ちる。


隻腕の妖鬼「さっきより速くなっているな。」


八雲「お前、俺を掴んでるとき先輩に能力を使おうとしなかっただろ。」


八雲は妖鬼を睨みつけながら言う。


隻腕の妖鬼「だったらどうした?」


八雲「使わないんじゃなくて使えないんじゃねぇか?そんなら俺とデスマッチだぜ。」


隻腕の妖鬼「お前の脳みそはハッピーでいいな。」


八雲「あ?」


すると妖鬼の腕が先端から崩れ朽ちるように消え、左右とも何も無い状態になる。


アリス「まさか!?」


隻腕だったの妖鬼「いつから腕が1本だけだと思っていた?」


八雲「クソッ!動けねぇ!」


隻腕だった妖鬼「おい雑魚、その目に焼き付けろあの女の死に様を。」


アリスの体が宙に浮き、握る力が強くなる。


アリス「うっ、苦し…」


八雲「おいっ、やめろ!」


隻腕だった妖鬼「死ね。」


グジュ


嫌な音と共に鮮血が吹き出す。


辺り一帯に鼻を刺すような血の匂いが充満していく。


肉塊が落ちると、妖鬼に今までとは反対側の腕が現れる。


八雲を握る力を強めながら妖鬼は八雲に言い放つ。


隻腕の妖鬼「安心しろ。直ぐにお前もあの女の元に送ってやる。」

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