第1話 小野さくらコンテスト
「国民的大会の解説なんて……僕まだ高校生なんですが……あっ、マイクはいちゃいました」
「さあ、四年に一度の短歌界のショパンコンクールと言われる小野さくらコテストが始まります。今回もやってきました“マッチング対決”。小野まちこ VS 俵田まちこ、同級生対決で最も因縁深い二人です!」
「小野まちこvs俵田まちこの二人の同級生!小野まちこさんの応援団長が葛原けい子君!公私とも仲いいんだって。彼女の短歌の特徴をわかりやすく教えてくれないかな」
「そうですね、彼女は知っての通り小野さくら先生のお孫さんであり、母があの有名な女王小野雅子でありますから、もうプリンセス・ブリンセスなんです。そして彼女の家系が小野小町の系譜であり、さらにあの在原業平先生の一番弟子でして、私が二番弟子なんですけど……」「そのように凄い天才女子高生と闘うのが伝統あるあの尺八郎先生が率いる斎藤高校短歌部の部長という俵田まちこさんですね、柳棚国男君よろしく。」
「そうですね、我が高校は伝統校であり、小野まちこさんのお母さんの小野雅子先生もOB なんです、更に、今日解説をなさる頭塚先生もOBなんです。さらに、さらに、小野さくらコンテストの第一回優勝者が我が顧問の尺八郎先生でございます。ついでにいうと、在原業平先生の直接の指導を受けたのがこの私、柳棚国男といたしましては、前回おしくも我が部長・俵田まちこが負けたのは、我が高が弱かったわけでもなく、短歌というのは趣味の問題がありまして、小野まちこさんは古典和歌の伝統を受け継いでいるので解釈というかプロ仕様でして、もちろん私らはそのへんは十分研究し尽くしているわけでして、そんな私もサポートメンバーといいますか、影のスナイパーという感じで尺八郎先生から指名されているわけで……」
「あんた長いよ、あんたは毎回足を引っ張っている張本人で先日の試合も私に負けたよね」
「あれは高校短歌界はじまって以来の番狂わせでして、その影響がうちの部長に及んでしまったのかと反省しております」
「嘘!ぜったいにそんなことないから。私、この人に3勝負け知らずなんです。もういいカモかもしれず、それにさっきもいいました通り業平先生の二番弟子は私なんで、ちょこっと助言を受けただけの自称弟子とは格が違います。短歌はですね、和歌の手習いという伝統があり、先生の古今和歌集から直接筆を交えて教えられているんですから、口先三寸の言葉なんで、松の落葉ですわ、爪楊枝にもならないなんて……」
「松は和歌の時代から重要なテーマといいますか、松竹梅とあれば松が最上なんですよ」
「なにあんた幕の内弁当のつもり!日の丸弁当にもなってないくせに。今の日本を代表する高校歌人といえばここにいる四天王ブラス私かなと思っています」
「さあ、解説席も盛り上がってきたところでその四天王による準決勝が始まろうとしてます、そのうち3名は柳棚君の高校の短歌部という」
「ああ、そうですね、あそこにいる寺川修一は私が手ほどきして面倒みました。小野まちことは、ここだけの話いいなずけだったこともありました。まあ親が勝手に決めたんで私としても困りまして……」
「そうだ、今日の解説はその小野まちこさんのお母さんでもいらっしゃる女王小野雅子さんなんです。ちよっと遅いなあ」
「あのおばさん来るんですか?わたし、親にもぶたれたことがないのに、練習試合でいきなりビンタですよ。もうわけがわからくて、泣きました。あんた、あたしを守ってくれる?」
「小野雅子先生は厳しいことで有名で、我が高校のOBで一番怖い先生じゃないかな。私はビンタされたこともないんで。正直ファンなんです。短歌のですよ」
「あら国男君もここにいるの。まちこの応援団?たのもしいわ」
「噂をすれば何とやらですね。今日の解説をしてくれる女王小野雅子先生と押しも押されぬ今の短歌ブームを作った仕掛人頭塚和夫先生です。はい、拍手!!」
「私の解説よりも国男君のような若い才能ある人の意見は大切だわね。これからの歌壇を背負っていかれるのだから、老兵は静かに見守るしかないわ。もう一人頭塚君もゲストなんでしょう。私と一緒に入ってくるって、最近の若い人はなっでないわ」
「先生遅くなってすみません。エスコート役を頼まれたもので。国男君たちもここで観戦かね。今日は素晴らしい解説の先生がいるから、いい勉強になるね(よいしょっと)」
「さっそくですが、この戦いの予想して下さい。誰から?』
「う〜ん、俵田君は前回負けているから、今回はなみなみならぬ気合が入っているようで、いい勝負になるんじゃないかな。情報だとわが校の尺八郎先生を交えて対策を練っているそうじゃないか?国男君。事実上これが決勝戦といってもおかしくない、ねえ、国男君。」
「……実は今日、この歌の相談、僕……ちょっと受けてましてね……」「あんた、またそういうこと言う〜。放送中だよ?」
「いやいや、ほんとだって。昨日さ、“赦すって何?”って聞かれて。で、僕、言ったんですよ。彼女に“歩け”って」
「(じと目)普通そんな言い方しないよ。あんたの助言ならまちこが勝つわ。小野まちこはああ見えて土壇場に強いんです。それはもうそばで見ていた私が言うんですから」
「まあ小野雅子女王の前ではいいにくいな、なあ国男君……」
「まちこは負けます」
「えっ?」
「だってまちこごときが高校チャンピオンなんておかしくない、頭塚君」
「いえ、小野まちこさんは小野さくら先生や小野雅子女王の後継者となられる資格は十分過ぎるほどあると思うんです。ここにいるメンバーはお互いに競い合って成長してきたのですから」
「国男君も成長しているの?」
「私は将来実作よりも頭塚先生のように批評で頑張ろうかと。今日はその勉強でもあります」
「そっちのお嬢さんはおとなしいのね。確かまちこの親友の葛原けい子さんよね、アヴァンギャルド短歌の……」
「いえいえ私はまだ短歌のたの字もわかってないもんで、ここにいる国男君といい勝負です」
「じゃあ、葛原君も評論家志望なのかな。今度うちの歌会いらっしゃい。二人面倒みてやるよ」
「まあ、お優しいこと、所詮理論は机の上のことで、実作して鍛えないと」
「そんな話をしている間に選手の登場です」さあ、準決勝! 本日の題は“赦し”!まずは俵田まちこ選手から一首、披露となります!」
「それでは俵田まちこ 一首目!」
「ゆるせない ゆるしたくない その声を 言葉にするまで わたしは歩く 俵田まち こ」
〈会場〉
「うおおーー!!」
「来た、口語!」
「強い……!」(歓声・拍手)
「ほら!! これ!! 昨日の相談!!僕が言ったんですよ! “歩け”って! それがちゃんと歌に……!」
「国男君!? 関係者っぽい発言が続きますね!?」
〈会場〉
「くにお〜〜〜!!」
「青春か!」
「お前誰ポジなんだよ!」(ヤンヤン)
〈けい子〉(むっとする。胸がちくり)
「……なにその顔……。そんなに嬉しそうに人の歌、語るんだ……」
〈けい子(心の声)〉
「……あ。私、国男のこと……好きだったんだ」
観客の歓声が、少し遠くなった。
「さあ続きまして、小野まちこ選手!今回は五首連作を交互に詠み合いとなる一首目です!」
〈頭塚〉「ここから空気が変わるぞ。“小野まちこの文語”は、場の密度を変えるからな」
〈雅子〉「……あの子、何を詠むのかしら……“赦し”なんて、簡単に詠める題じゃないのに」
「それでは――小野まちこ、第一首!」
「鬼ゐたり われのうしろに うまれし日 ゆるさぬままに まなこひらけり 小野まちこ」
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