クリスマスには俺に愛を囁いて

一視信乃

All I Want For Christmas Is You

 あの声で愛をささやかれたら、俺はそれだけでイくだろう──。


       *


『みなさん、こんにちは。本日も始まりました、放送部委員会ランチタイム放送。水曜日は僕、七星忠信ななほしただのぶがお送りします。あなたの大切な時間を僕にください』


 はい、喜んで!


 黒板上のスピーカーから音楽とともに流れ出した超イケメンテナーボイスに、俺ははしを持つ手を止めて全集中する。


『今週も曲のリクエストやメッセージありがとうございます。本日の一曲目は《流れ星》さんリクエストの──』


 おおっ、今週は曲を選んでもらえた!


 叫びたいのをなんとかこらえ、にやつく口許くちもとを誤魔化すよう卵焼きをほおったが、味はあまり感じられない。


 忠信先輩のランチタイム放送。

 これが目下、俺の高校生活最大の楽しみである。


 風邪ひいたせいで受験にことごとく失敗し、二次募集でここへ通うはめになったのも、すべてこの声に出会うためだったに違いない。


       *


 はじまりは、四月半ばの水曜日。


 あの頃の俺は、夢も希望もなく、やさぐれていた。

 ただでさえ目付きが悪く強面こわもてといわれる俺が不機嫌そうにしてたからか、クラスのヤツらも近寄ってこず、教室のすみでいつもどおりボッチ飯をしてたとき、それは天の声のように俺の耳に飛び込んできた。


『みなさん、こんにちは。新一年生ははじめまして。放送部委員会ランチタイム放送の時間です。水曜日は僕、二年B組出席番号十一番、七星忠信がお送りします。あなたの大切な時間を僕にください』


 優しく温かな声だった。

 男にしてはちょっと高めで、明るく快活な響きがあり、すごくカッコいいのに、ぞくぞくする色気もある。


 話し手の熱を感じるその声を、一声聞いた瞬間に、俺は恋に落ちた。


 声だけじゃない。

 ユーモアあふれる少し大人びた語り口にも、すごくき付けられたんだ。


 曲のリクエストやメッセージ待ってますといってたから、俺はさっそく想いのたけひかえ目につづり、放送室前のポストへ投函とうかんした。


 何かやろうという気が起きたのは久々だ。


 さすがに本名を書く勇気はなく、《流れ星》という名前にした。

 本名の琉生りゅうせいにかけたものだが、志望校に落ちた落ちこぼれな俺にはピッタリだと思ったから。


 メッセージは次の放送で読んでもらえた。


『「忠信先輩のカッコいい声に、一目れならぬ一聞き惚れしました。」うっわー、マジっすか? ありがとうございまーす。すっごく嬉しい! 《流れ星》さん、一年生の女の子かな? キレイな字ですね』


 女子だと思われたのは想定外だったが、まあ顔に似合わず可愛い字を書くとかいわれるからそれも無理ないか。

 そもそも男が男に惚れたとか書かないだろうし、先輩だって身長一八〇越えの可愛げない野郎からより女子からと思ってる方が幸せかもしれない。


 それでも、俺は先輩に読んでもらえたのが嬉しくて、毎回メッセージとリクエストを送るようになった。

 例え採用してもらえずとも、先輩の目には届いてるはずだし。


 そうやって学校へ行くのが楽しくなってくると、自然とクラスメートとも交流が生まれ、一躍いちやくクラスの人気者に──とはさすがにいかないが、少なくともボッチではなくなった。


 俺が真っ当な高校生活を送れるようになったのも、すべて先輩のおかげなんだ。


 そんなステキな声を持つ先輩は一体どんな人なのか、もちろんめちゃくちゃ気になってこっそり見に行ったこともある──が、あれはヤバかった。

 あの見た目であの声なんて反則だろう。


 先輩は小柄で、まわりにいた野郎どもと比べてもだいぶ小さかったが、存在感のデカさは圧倒的だった。


 蜂蜜はちみつみたいな明るい色の髪も、アイドル顔負けのカッコ可愛い顔立ちも、キラキラ光って目立っていた。


 流れ星な俺と違って、先輩は本物のスターだ。


 今度こそ俺は本当に、先輩に一目惚れしたかもしれない。

 気が付くと先輩のことばかり考え、あの声に愛を囁かれたいと、本気で願うようになってしまったから。


 といっても、匿名とくめいでメッセージを送る以外、何も出来ていないのだが。


       *


『来週はもう十二月ですね。十二月といったらクリスマス。というわけで、クリスマスソングのリクエストを募集したいと思います。みなさんの好きなクリスマスソングはなんですか? クリスマスにまつわる思い出などメッセージの方もお待ちしております。あと、これは僕の個人的な質問になりますが、クリスマスに欲しいプレゼントはなんですか? 良かったら教えてください。それでは、本日のお相手は七星忠信でした。来週またここで、といいたいところですが、来週は試験期間でお休みになります。試験が終わったらまたお会いしましょう』


 クリスマスに欲しいものか……。


 その日の放課後、俺は図書室の勉強スペースに陣取り、思い悩んでいた。

 試験勉強ではない。

 机の上には、いつもメッセージを書くレポート用紙がある。


《クリスマスプレゼントには忠信先輩の声が欲しいです。

 その声で愛を囁いて欲しい。


 リクエスト曲は、「All I Want For Christmas Is You」にします (笑)。》


 俺にしては、だいぶめた答えだ。

 これであとは名前を書けばいいだけなのだが──そこで、ずっと迷っていた。


 せっかくのクリスマスだし、ここは思い切ってがわ琉生と本名を!

 いや、無理だっ、さすがにそれはハードルが高い!


 さんざん躊躇ちゅうちょした挙げ句、結局いつもの名前を書き、俺はポストへ投函した。

 これが今の俺の精一杯だった。


       *


 期末試験も無事終わった十二月二週目の水曜日。

 俺はいつも以上にドキドキしながらランチタイム放送を待っていた。

 今日はジングルベルに乗って、先輩の声が流れ出す。


『みなさん、こんにちは。本日も始まりました、放送部委員会ランチタイム放送。ですが、その前に連絡があります。一年D組戸川琉生くん、一年D組戸川琉生くん、至急視聴覚室までお越しください。繰り返します。一年D組戸川琉生くん、一年D組戸川琉生くん……』


 せっ、先輩が俺の名前を!

 教室中の視線が集まる中、俺はめちゃくちゃ動揺していた。


 先輩が名前呼んでくれたなんて夢みたいだ。

 それも、何度も何度も!


 待ちに待った放送中に呼び出しとかマジムカつくが、おかげで先輩に連呼してもらえたわけだし……。

 くっ、仕方ない。

 俺は放送と弁当をあきらめ、教室を飛び出した。


「失礼します」


 ガラッと勢いよく視聴覚室の戸を開けると、中には誰もいなかった。

 無人の部屋に、ランチタイム放送のクリスマスソングが流れている。


 なんで? イタズラ?

 そもそもなんで視聴覚室なんかに?


 疑問がたくさんいてきたところで、後ろの戸がまた音を立てて開いた。


「ごめん、待たせて」


 そういいながら入ってきたのは──


「忠信先輩!」


 正真正銘、まごう方なき七星忠信先輩だ。


 初めて間近に見る先輩は、やはりとてもキラキラしている。

 クセのある蜂蜜色の髪には星のかざりが光るピンを付けてるし、耳にも校則違反であるはずのピアスがいくつも見える。


 オーバーサイズなセーターも学校指定のものではないが、とても可愛く似合ってるから黙認されているのだろう。

 生活指導の先生、似合わない校則違反は本人のためにもきびしく取りまり改善させるっていってたし。


 長いまつが印象的なもとも、自然に色付くくちびるも、すごく魅力的だ。


 ああ、あの口からあのイケボが、今もスピーカーから流れるステキな声が生まれてくるのか。

 って、あれ?


「放送は?」


 生放送じゃないのか?


「ああ、いつもは生だけど今日は収録したヤツ流してもらってる。ついでに、特別教室には流さない決まりだけど、許可取って視聴覚室にも流してもらった。ヘビーユーザーのキミがリアルタイム視聴出来ないのは気の毒かと思って。ねぇ、《流れ星》さん」


 先輩が最後に放った一言は、俺にさらなる衝撃を与えた。


「なんで俺が《流れ星》だって知ってるんですか⁉」

「メッセージくれる人あんまいないから、様子見てりゃすぐ気付くって。キミ男前で目立つし、一年の子に聞いたら、いろいろ教えてくれたよ。学年一位なんだって、スゴいね」


 イタズラが成功した子供みたいに先輩はクスクス笑う。

 可愛い! めっちゃ可愛い!


 この可愛さの前では、正体バレて恥ずかしいなんて感情はすっかり吹っ飛んでしまった。


 っていうか、今先輩の生声が俺の鼓膜をじかふるわせてんだよな!


 直接聞く先輩の声は、より温かく胸に響く。


「はじめてキミに声めてもらったとき、すげー驚いたんだ。オレ、自分の声あんま好きじゃなかったから。でもキミはいつもメッセージくれて、ホントにオレの声を気に入ってくれてんだなって思ったら嬉しくなって、なんかお礼したいと思ってクリスマスに欲しいモン聞いてみたんだけど──まさかオレの声とはね。ま、安上がりで助かるけど」


 そこで先輩は言葉を切り、俺の方に近付いてくる。

 そしてすぐ目の前で、上目づかいに俺を見た。


「で? オレになんていって欲しいの?」

「え?」


 なんかいいニオイするし、声が鼓膜をどころか息まで触れそうな距離感にクラクラする。

 いって欲しいこと、たくさん妄想してきたはずなのに、今は頭が真っ白で何も出てこない。


「もしかして、なんかエロいこと考えてる?」

「考えてません」


 耳の下から語りかけられ、俺はもうどうにかなりそうだ。

 好きにしてくださいと身も心も投げ出したくなる。


 俺を見上げる先輩の目も、さっきより熱っぽくつやめいて見えるが、これは俺の気のせいだろうか。


「オレ、今もキミのことかなり好きだけど、もっと本気で好きになれそうな気がする。だから、プレゼントはまた今度な」


 そこで先輩は少し下がって俺から距離をとる。

 ホッとすると同時にごりしさをいだいた俺に、先輩は明るく提案してきた。


「とりあえず、今度デートしよっか。キミ、クリスマスの予定はいて──」

「空いてます!」


 食い気味に答えた俺の背後に、リクエストしたクリスマスソングがタイミングよく流れている。

 あなたを私のものにしたい、私の願いをかなえてという歌詞に、俺だけのサンタ、いや天使が一足早く微笑んだ。

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