第一章 - 1

「芳樹」

 突然背後から、しかも間近から声をかけられて黒髪の少年 - 仲田芳樹は盛大に驚いた、かというと全くそんなことはなかった。少し間があってから、ゆっくりと振り向く。周囲に影響されないマイペースぶりも相変わらず健在らしかった。

「やあ、弥生。久しぶり」

「うん、久しぶり」

「元気そうだね」

「うん。芳樹も・・・」

 言ってマジマジと弥生は芳樹の顔を観察する。後ろ姿を見た時から思っていたことだが、改めて間近で観察すると良く分かった。

「少し・・・痩せた?」

「そう・・・かな?最近少し仕事が忙しいから、そのせいかもしれない」

「仕事?」

 どんな仕事?となぜか聞けず、代わりに口をついて出たのは別の言葉だった。

「働いてるんだ」

「うん」

 弥生はもう一度聞こうとしたが、やはりできない。理由は分からなかった。結局、今度も口をついて出たのは別の言葉、というか声だった。

「あっ!」

「何?」

 素っ頓狂な声に眉をひそめる芳樹の前で、弥生は背負っていたバックパックを降ろすとポケットの一つを開く。目的の品を取り出すと芳樹に差し出した。 

「はい、これ!」

 それは車の鍵だった。蛙やら梟などがごちゃごちゃと縁担ぎのキーホルダーが付いているのは所有者の趣味らしい。今回の弥生の旅の目的は芳樹から頼まれたこの車の鍵を渡すことだった。

「忘れる前に渡しとく」

「そうだった。助かったよ。ありがとう」

 そう言って少し微笑んで見せる程度に感謝はしているらしい。仲田芳樹という人間は、どちらかというと感情に乏しく、素っ気ない。こうして少しでも反応があると弥生はそれだけで嬉しかった。はるばる遠くまで来た甲斐もあるというものである。

「どういたしまして」

 ウエストポーチの中に車の鍵を仕舞い込む芳樹の姿を見ながら、それにしても、また随分と軽装で山を登ったものだと弥生は呆れる。飲み物くらい持って登ればいいのに、そう思いはするが、一方で相変わらずであることに安心もした。弥生の中ではどこか普通じゃない、謎めいたところこそが仲田芳樹だからだ。

「ねえ?」

「うん?」

「おばさんの車に乗ってるの?」

 実際のところ、芳樹は弥生と同級生ではあるが、同い年ではない。一年留年しているので、実はひとつ年上だった。留年の理由は作家の父や画家の母の取材旅行に付き合わされたかららしいのだが、それで芳樹が両親を悪く言う姿を弥生は見たことがない。むしろ大切な思い出と思っている風にすら弥生には思えた。

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2026年1月3日 12:12
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弐狩りの住僕 八雲いとう @iutakeshito

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