9 やり直し
夜空の下、波打ち際に浦島太郎、乙姫、そしてかめ吉が顔を突き合わせた。
浦島と乙姫は、砂浜に座りこんでいる。二人の手はつながれていて、離す気はなさそうだった。
それを視界に入れがら、かめ吉は浦島に尋ねた。
「浦島殿、お前さん、姫さまとの関係は続いていたのか」
「ああ」
浦島の態度には、今日のかめ吉に対して嘘をついていたことを悪びれるつもりは一切ないようだ。
一時は運命の二人だとさえ思った二人が仲睦まじいのは結構だ。それはそうと、かめ吉の理解は追いついていない。
「……どうやって?」
海で暮らす乙姫と、陸に上がってしまった浦島をつなぐものなど、あの別れで失ってしまっただろうに。
あの頃の二人は、外野から見ても確かに思いあっているようだと思っていた。乙姫に春が来たと、おつきの者たちは舞い上がったものだ。
しかし、簡単に会えなくなってしまえば、心はうつろいゆくものだ。浦島もとうに陸の上で人の生を終えたと思っていたし、乙姫もいつかは乗り越えて別の相手と結ばれるだろうと、かめ吉はそう考えていた。
だから、二人が寄り添うように座っている姿に、まずどうしてだろうと感じてしまう。
かめ吉の当然の疑問のものだろうが、浦島と乙姫は意外そうに顔を見合わせる。
「どこから話すべきでしょう」
「全部だろ、全部」
「でもそれじゃ……」
「二人とも、いいかの」
話がまとまらなさそうな二人をさえぎる。かめ吉はまず、浦島と目を合わせた。
「浦島殿、夕刻話したことはすべて嘘なのか?」
「……そこまで嘘はついてないつもりだ。でも、かめ吉が抱いてる勘違いを利用して、話さないでおいたことが多々ある」
「それは嘘と何が違う」
「すまん」
次に、かめ吉は乙姫を見つめた。
「乙姫さまも乙姫さまだ。あなたが浦島殿の帰郷から、竜宮城でどう生活していたか、自覚はありますな? お父上も他の御兄弟も心配なさっていたのですよ」
「……ごめんなさい」
乙姫はばつが悪そうに表情をゆがめた。
乙姫は一時期食も細くなり、やつれていた。それほどに浦島を思っていたのかと、城の者はみな乙姫の心が快方に向かうのを祈っていた。
「浦島殿といつ再会できたかは知りませんが、あれは演技だったのですか」
「それは、その……」
「待ってくれ、かめ吉。俺たちにだっていろいろ事情はある。乙姫が悲しむ顔をしていたのなら、それも嘘じゃないんだ」
「すべてが嘘で、周囲をだましていたのだとは思わん。それでも、竜宮城のご家族や、わしらお付きの者たちにも何一つ相談がなかったのは……いささかさみしいよ」
「ごめんなさい、かめ吉」
「すまなかった」
浦島と乙姫は、それぞれもう一度謝罪の言葉を口にして、深く頭を下げた。
(ふたりとも、反省しているようだな)
それならば、かめ吉はそれらの事情をいったん脇に置いておくことにする。
「雰囲気が暗くなってしまったな」
かめ吉は、手を砂浜に打ち付けて、ふたりの注意を引き、話をするよう促した。
「さて、聞かせてもらおうか。お前さんの、これまでのことを。どうして老いていないのか、どうして姫さまとつながりがあるのか。それならなぜ、竜宮城に戻ってくることを拒んだのか。わしの知らないところで起こったことが、理由があるのだろう?」
ふたりは、かめ吉の機嫌をうかがうように問いかけてくる。
「……まだ怒ってるか?」
「何をいう。今日お前さんがわしに話したことのどれくらいが真実なのか、早く知りたくて仕方がないのだ」
ぷんぷんと、今にも音が鳴りそうな怒り方をしているかめ吉に、浦島は思わず吹き出した。
「なんだ?」
「いや、笑っちまってすまん。……そうだな、いろいろと長い話にはなると思うのだが、とりあえず竜宮城から戻った俺のことを語ることにしようか。それなら多少話をはしょってもいいだろう」
浦島は、一度目をつぶった。その行為は、過去を思い出すために必要な儀式のような、厳かさををはらんでいた。
「あれは、陸に上がって、俺の知る故郷ではなくなっている光景を見た日のことだ――」
そして、かめ吉の知らない浦島太郎の昔話が始まった。
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