6 中身
話し込んでいる間に、外の様子は変わっていた。
「もう、こんな時間か」
夜が目前に迫ってきている中、浦島は大きなあくびをした。
「悪い、かめ吉を海に見送るの、もっと遅くでもいいか? 最近は夜勤が多くてな。今日は休みだが、ほとんど昼間に寝る生活なんだ」
「もちろん、かまわぬよ」
「少し寝れば充分だから、ここで待っててくれ」
その提案は、かめ吉にとっても好都合だった。
「隣に布団を敷いてあるだけの部屋があるんだ。そっちに引っ込ませてもらうよ。……かめ吉はどうする?」
「わしもここで休ませてもらおうか。ここは、眺めもいい」
暗くはなっているが、海が見えるというだけで、かめ吉には絶景だった。
居間にいるというと、浦島は少し嬉しそうに口角を上げた。
「だろう? ここをもらい受ける決め手になったひとつだ。じゃあ、おやすみ。部屋は好きにしてくれていいから」
「あいわかった」
自室に戻る浦島を見送る。
しばらくの間、かめ吉はより海が見える方へ移動し、ぼうっと外を眺めていた。息を潜めて、浦島の気配が眠るのを待った。
外が完全に真っ暗になり、月明かりが目立ち始めたころに、かめ吉は行動を開始した。
壁を挟んで、浦島の寝息がかすかに聞こえる。決して起こすまいと、静かに歩を進めた。
海に背を向け、居間の片隅に置かれた玉手箱に近づく。さほど広いわけではない場所では、かめ吉の歩く速さはさほど問題ではなかった。
間近で見ると、かつての記憶のまま、玉手箱は黒い輝きを失うことなくそこにたたずんでいた。
しかし、玉手箱にかかったひもは、年月のせいか、少し緩んでいるようだ。
(これならわしでも開けられる)
かめ吉は、ひもに噛みついた。四辺にかかったひもをそれぞれ引っ張り、緩んできたところをさらに引っ張る。
そうこうしている間に、玉手箱から完全にひもを外すことができた。
「はあ……」
(やはり、わしも歳かのう)
息を整える。こうなればあとはもう、力づくで、蓋を押しのけるだけだ。
(これを開ければ……)
伝え聞くところによると、まじないのかかった玉手箱を開けると、煙が広がるらしい。その煙にまじないの効果があるとしたら、本来の時間の持ち主である浦島がいないとどうなるのか。
まじないの効果は開けたかめ吉にかかるのか、それともその場におらずとも、浦島に時間が戻るのか? 前者であれば、長い寿命を持っている亀であれば耐えられるかもしれない。かめ吉は老齢だから、万が一はあるが。
後者であるならば浦島を殺すことになる。可能であれば前者であってほしい。かめ吉は願う。
確かなことはわからない。長く生きていても知らないことばかりだと、かめ吉が自覚したのはついさっきだ。
それでも、一つだけ。玉手箱が開いたかどうかを、乙姫が知る手段があるという話だけが、かめ吉にとっては頼るよすがだった。
時間がいつまでもあるわけではない。かめ吉は、覚悟を決める。
乙姫には伝わる。玉手箱が開いたと。かめ吉が言葉で伝えるよりも、確実な方法だと思った。
蓋は、本体にぴっちりとはまっていた。かめ吉の足先で押し込めば、どうにかずれてくれるだろう。
かめ吉はがんばって、蓋と本体をずらした。そのまま足で押しこむと、玉手箱は半分ほど開いていく。
しかし――。
「なぜ、なぜ何も起こらない」
玉手箱の中から、煙が溢れ出すことはなかった。伝承は嘘だったのだろうか。
いや、かすかに城のまじない師がまとっている気配と同じ気配がする。まじないをかける際にどうしても残ってしまう残り香だと、かのまじない師は言っていた。
特有の気配だからすぐにわかる。玉手箱にまじないがかかっていたのは、間違いない。
「わからぬ……」
かめ吉は混乱しながら、押しのけた玉手箱の蓋を、つい床に落としてしまう。
音が少々部屋の中に響いたが、かめ吉はそれどころではなかった。
中には立派な海藻と、空の瓶が転がっているのが見てとれた。
「これは、手紙じゃな」
この海藻は竜宮城でしか栽培していないもので、城のものが書き物に用いるものだ。
乙姫が、玉手箱を開けてしまった浦島に対して最後の手紙をしたためていてもおかしくはない。
数枚に及ぶそれが乙姫による愛の告白だとしたら、かめ吉が中身を詳しく見ることは偲ばれた。
手紙はひとまず置いておいて、もう一つの中身に視線をやる。
「では、この瓶は……?」
瓶の正体は、かめ吉にも何かはわからなかった。蓋には紋章のような飾り模様がついている。その模様を、どこかで見たことがあるような気がしたが、かめ吉はすぐに思い出すことはできなかった。
小さな足で瓶を突いて転がす。洗われてしまったのか、乾燥した瓶には中に何が入っていたのか、手がかり一つ残されていなかった。空っぽの中身を推察するには、材料が足らない。
しかし、かめ吉がわかることもある。
玉手箱は、すでに一度開けられてしまっている。おそらく、浦島太郎の手によって。
かめ吉の意識が完全に、玉手箱の中身に集中してしまっていたのが悪かった。
「開けてしまったのか、かめ吉」
地を這うような声に、かめ吉は思わず首や手足を甲羅の中に引っ込めた。
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