5 覚悟

 

 かめ吉は、頭を下げたまま、浦島の返事を待っていた。

 しらばく思案していた浦島は、ようやくといった間を開けて、口を開いた。


「そうなってしまうのか、間違えたな」


 と。

 かめ吉の決死の頼みとは打って変わって軽い返事に、かめ吉は戸惑い、面をあげた。


「なに? どういう意味だろうか」


 何が言いたいのかわからず、かめ吉は聞き返す。


「確かにかめ吉の言い分も、大事な大事な乙姫さんのためならわかる。それを断るためには、俺はほかの理由を考えておくべきだった。……なあ」


 かめ吉は、浦島の態度が、先ほどまでかめ吉と言葉を交わしていた間のものからがらりと崩れてしまったように感じた。

 浦島は、やさぐれた声でかめ吉に告げる。


「いいことを教えてやろうか。俺はな、乙姫さんが玉手箱を俺に渡した理由を知っているんだ」

「なんだと?」


 かめ吉は、自身の甲羅がはじめて取れてしまったときのような、思いがけないことに驚いた。


「きっと、姫さんは誰にも言っていないだろうな。俺が竜宮城を出る日の、前の日のことだ。乙姫さんはお付きのものの目を盗んで、俺が泊まっていた客間にやってきたんだ」

「なんと」


 初耳だった。まさか、あの乙姫が誰にも秘密で、そのようなことにしていたとは。


「俺がいなくなってしまったら、自分はこの先、海の中でひとりきりになってしまう。帰るのをやめて、自分といっしょにいてほしいと。あの姫さんからは考えられないほど大胆な台詞だよな」


 だが、と浦島は一度言葉を切った。


「俺は、その手をとらなかった。姫さんの思いをはっきり拒絶することもしなかった」


 ずるいと思うか? と浦島は問う。かめ吉は何も言えなかった。


「乙姫さんは、それを恨んだんだろう。玉手箱を俺に渡すときの姫さんの目を今でも覚えているよ。あの目は、俺に玉手箱を渡した乙姫さんは、きれいに終わらせられなかった恋心を、俺を老い死なせて終わらせようとしてたんだ。その予定が、俺がなかなか玉手箱を開けないもんで、勘違いしてるんだな。きっと」

「それは違う!」


 かめ吉は反射的に声を上げていた。

 どんな理由であろうと、乙姫がひとの死を思うはずがない。かめ吉の知る乙姫は、愛する者の未来を健気に思う娘だった。


「何が違うものか」


 しかし浦島の声は、ぞっとするほど冷たかった。


「勝手に招待してよう。それで見初められて、出ていったら死ぬか、人間としては生きられない未来しかなくなるだと? なんだそれは、腹が立つ」

「浦島殿」

「だからな、俺が玉手箱を開けない理由は家族じゃない。家族に会いたい気持ちを上回り、姫さんへ復讐したいと思ってしまったんだ。俺はこれからもこのまま生きてやるぞ? 乙姫さんはいつまでも、都合のいい思い込みを続ければいい」

「貴様……」


 思わず、かめ吉は昔の恩を忘れうなった。海であれば、小魚たちはかめ吉を恐れてすぐに岩陰に隠れただろう。かめ吉の声はそれほどに怒気をはらんでいた。

 乙姫はかめ吉が子どものころから世話をしている姫だった。かめ吉の思い入れが強いのも当然だった。彼女が傷つく姿は、見たくない。

 それのどこがおもしろいのか、浦島は笑った。


「何がおかしい」

「いいや? ……竜宮城に帰ったら、かめ吉が乙姫さんに報告すればいい。本当は復讐だなんて、性に合わないのはわかってる。俺が人間として死ねなくなっていたことに怒りがわいたのは事実だが、その怒りだって長くは続かなかったさ」


 当時の心境を口にする浦島は、かつてかめ吉を助けたような、純朴な青年の面影を残していた。

 かめ吉は、自身の中の肥大した怒りがするするとしぼんでいくことに気が付いた。


「しかし、真実を知ってしまったら……姫さまが悲しむ」

「だろうな。だがそれは姫さんの長い命のうち、一瞬のことだ。それさえ乗り越えれば、無駄な数百年を過ごす必要はなくなる」

「……姫さまに、お前さんが会いにきてくれるというのは……」


 浦島は首を横に振った。


「海にはいかないと、さっきも言ったろ? かといって俺が、今更自分から復讐をやめることはできない。そういうわけだ、悪いな、かめ吉。姫さんへの伝言頼むぜ」

「だが」

「はっきり言ってやろうか? 元はといえば、あんたが俺を竜宮城に連れて行ったんじゃないか。礼なら、竜宮城に生えている希少な海藻とかで十分だったろうに」

「……そうだな」


 かめ吉も、その言葉には同意する。知らない間に、ひとりの青年の運命を捻じ曲げてしまった一端は確実にかめ吉が担っている。


「……すまない」


 かめ吉は謝るしかなかった。それをしても、何も取り戻せないと知っていて。


「お前さんも先ほど言っておったが、これはわしが陸に上がってしまったばかりに起こった事態じゃ。姫さまよりも、責められるべきはわしじゃろう」


 かめ吉が見上げた浦島は、ばつの悪そうな表情をしていた。


「……本当に、時の流れの違いや玉手箱のことは知らなかったんだろ。それを疑っちゃいない。俺も意地の悪い言い方をしすぎたな。すまん」


 浦島が軽く首を折り、かめ吉に頭を下げる。


「これ、お前さんが頭を下げるな」

「じゃ、これはおあいこってことで。俺はもうしばらくだけ、家族の残した世代を見守らせてもらうつもりだよ。だから乙姫には……」


 かめ吉は、浦島の言葉を引き取った。


「あいわかった。それは、わしが引き受ける」

「ありがとう、肩の荷が下りるよ」


 浦島は安心したように笑う。

 かめ吉はそれに頷きながらも、浦島には決して悟られないような深い心の中で覚悟を決めていた。


(浦島殿が開けないのなら……代わりにわしが、開けるしかない)


と。

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