4 ひどいこと


 かめ吉が今日、陸にやってきたのは実のところ、陸のどこかにあるはずの玉手箱のありかを突き止めるためだった。


「玉手箱は、一度も開けてないんだな?」


 念を押して確認する。浦島は「そうだ」と頷いた。


「ほったらかしだ。くれた姫さんには悪いがな。……回収に来たのか?」


 浦島の問いに、かめ吉は「いいや?」と首を振った。


「贈り物だぞ? それを渡した相手から取り返そうとする礼儀は竜宮城にはないぞ」


 かめ吉の主張に、浦島は苦笑を返す。


「そりゃすまん。だが尚の事、玉手箱を探す必要がどこにある?」


 かめ吉は痛いところをつかれたと顔をゆがめた。


「……だから、最初はそう思っていたのだ。しかし、浦島殿が生きておったから、結果としてこんな形に……」

「ほう?」

「本当のところを言う。わしはこうして陸に上がる前から、お前さんが玉手箱を開けていないことは知っていた」

「そうなのか?」

「ああ」


 浦島の目が訝しげに細まる。


「なぜ」

「わしは乙姫さまのお付きのもの。姫さまの様子を見ていれば気づくこともある。乙姫さまは、お前に渡した玉手箱が開いたかどうか感知できるのだとな」

「あー、それで」


 浦島も、かめ吉の意図を理解したのだろう。納得顔で何度も頷いた。


「とうに死んでいるはずのお前さんと、いつかの逢瀬を夢見ている姫さまの独り言を聞いた、わしの気持ちがわかるか?」

「かめ吉も苦労してるんだな」


 浦島は他人事のように茶をすすった。かめ吉はひれで地をたたいて浦島に当時の心境を訴える。


「人間の寿命を知らぬわけはなかろうに! そこまでお前さんのことを引きずっているのかと、心の臓が潰れてしまうかと思ったよ」

「心中、察するに余りあるな」

「だが、落ち着いてよくよく話を聞いてみれば、驚くことに『玉手箱が開けられていないのだから、可能性はあるでしょう』というではないか」


 乙姫の主張はこうだった。


 地上で過ごすはずだった百年を、浦島は玉手箱から取り出さなかった。なれば浦島は、今も生きているのではないだろうか。

 地上で何があったかはわからない。ただ、玉手箱を開けない選択肢をとった理由の一つに、竜宮城で過ごした日々があったとしたら。あの時間が、浦島にとってもかけがえのないものだったとしたら……。

 こまかい砂粒ほどの可能性でもある限り、自分はいつまでも待ち続けてみせる、と。 


「わしも知らなんだ。姫さまに外界のことを知るすべがあるだなんて。それをもっと早く……百年はやく知っていれば、もっとできたこともあったろう」


 かめ吉は大きなため息をついた。


「姫さまは案外、こうと決めたらてこでも自身の考えを曲げない、頑固なところがある」 

「姫さんなぁ、そういうところあるよなぁ」


 浦島もうんうん頷いている。

 同意を得たかめ吉は我が意を得たりと勢いづいた。


「浦島殿もそう思うであろう? 姫さまがひとに対して心を許してくれているようで、実際は心の深いところでひとり思考をめぐらせるたちだ」

「わかるわかる」


 かめ吉は、やはり口惜しかった。浦島は、もう一度竜宮城に案内してはだめだろうかと悩むほどに、乙姫のことを理解している人間だった。

 彼が海で、乙姫と寄り添い生きてくれるなら、かめ吉はできうる限りの手助けをしただろう。


「おほん、だからな」


 話がそれたと、かめ吉は本題に戻る。 


「わしは今日、陸のどこかにあるだろう玉手箱を探しに来たのだ。姫さまとは違い、お前さんは開けないまま、死に残してしまったのだろうと思ってな」

「探すったって、陸は広いぞ」

「それは承知の上じゃ」


 海の広大さを知るかめ吉でも、陸は勝手が違うことを理解していた。それでも、あきらめるつもりはなかった。


「そうだとしても、いくらかかっても構わなかった。どうせわしの寿命は、姫さまよりも先に尽きる。乙姫さまをひとり残していく未来を、どうかにして変えたかった。……だが」


 ちらりと浦島を見遣る。


「わしは、竜宮城で過ごしたものが、その先どんな人生を歩むのかを詳しく知らんだ。お前さんに再会して、それを自覚した。地上に戻ったおぬしは、玉手箱を開けずとも、年ごとにひとつひとつ歳を重ね死んだのだと。……そう思っていた」

「そうか」

「玉手箱は、本来過ごすはずだった時間を取り戻すものではないのか。浦島殿が老いる未来自体も、あの箱に奪われているのか?」

「……さあな」


 かめ吉の疑問に答えられる者はいない。

 浦島は、話し込んで固まってしまった体勢を、伸びをしてほぐした。


「もしかしたら、まじないっていうのが聞いた話と違う効果を持っているのかもしれんな。城お抱えのまじない師がいたよな? 玉手箱にかけられたまじないってのは、そいつがかけたのか?」

「おそらくそうだが……玉手箱自体は古くからあるものだ。先代以前のまじない師のものかもしれん」

「そうか。今後のために調べておいたほうがいいぜ」

「忠告痛み入る」


 被害者といえる浦島から指摘される内容ではない。しかしかめ吉は粛々と受けるしかなかった。


(それにしても……それにしてもだ)


 玉手箱探しのために竜宮城を出たときは、まさかあの頃と変わらない浦島と出くわすことになるとは夢にも思わなかった。

 かめ吉が陸に上がってきた目的の半分は、玉手箱を探すこと。それは浦島に出会ったことで、想定よりもあっさり遂げた。

 そしてもう半分は……。


「お前さん、また竜宮城には来ないか? 姫さまもさぞ喜ぶだろう」

「遠慮したいね。竜宮城はいい場所だった。しかし、人間に厳しいものもいたし、俺も生きるなら、人間の世を見ていたい」

「そうか」

「それにな、陸に残していた弟の子孫が、ここにはいるんだ。俺はそいつらを見守ることが、一種の償いのようなものになると考えているんだ」

「二百の時を経て、さらに?」

「まあな。……ちと長いか? だがやめどきがわからん。直接家族と呼べるものは、みな空の上だ」


 浦島の笑みは、寂しさを隠しきれていなかった。

 ちらりと見上げた空の上で、浦島の家族は彼を見守っているだろうか?

 しかし、浦島が竜宮城へは戻らないというならば、その家族の眼前で、かめ吉はこう頼むしかない。


「浦島殿。きっかけがないというならわしの頼みを聞いてくれ。――乙姫さまを解放してくれないか」


 かめ吉は首をぐっと伸ばして、地面にこすりつける。 


「なあ、頼む。浦島殿」


 浦島はかめ吉の言葉を黙って聞いていた。


「乙姫さまが、お前さんが玉手箱を開けていないという確信を抱いている以上、このまま海の底でお前さんのことを待ち続けるだろう」


 豪奢な竜宮城で、影のある笑みを浮かべる乙姫を、かめ吉はもう見ていられない。


「このままじゃ、浦島殿への思いをふっきれないんだ。生きているわけがないのに、もしかしたら、お前さんと再会できるんじゃないかという淡い期待もっている。わしはそれが、ひどくおいたわしい」


 こすりつけていた頭を、もう一度強く地面に押し当て、そろそろと視線を上げる。

 浦島太郎は、まっすぐにかめ吉を見ていた。


「わしは今から酷なことをいう」

「聞くだけ聞こう」

「これからも生きる乙姫さまのために、家族の元へ行ってはくれないか。……考えてみてくれ、お前さんの正しい寿命はとうに尽きておる」


 かめ吉の言っていることは、なんとも勝手な言い分だ。

 だがすでにこの世は、本来なら、浦島が生きているわけがない時代だろう。

 今こそ、玉手箱を開けて、時間の清算をするべきじゃないだろうか、とかめ吉は苦し紛れに訴える。


「玉手箱を、開けてはくれまいか」


 海の中なら泡にすらならなかっただろう、かめ吉の細く震える声が、小屋に響いた。

 かめ吉はどうか聞き届けてほしいと、再度頭をこすりつける。

 浦島は、黙ったままだった。

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