第2話 デフォルメ二頭身少年

「?」


 どこかで聞いた事のある声に反応し、胸倉を掴まれたままの太郎は、目線だけをそこに向けて、その声の主を確認する。


「え……?」


 一言で言い表すならば、「可愛い」とでも言えば良いのだろうか、いや、「何だ、コイツ!?」の方が適切だろうか。


 そこにいたのは、渦巻き状のペロペロキャンディー(たぶん苺味)を手に持ち、クリクリの真ん丸な瞳をした小さな子供……いや、子供か人間なのかすらも分からない少年であった。


 人間すらかも分からないと言うのは、彼が某大人気猫型ロボットのような、二頭身体型だったからだ。

 つまり、彼の体はその身長の半分が頭、もう半分が胴体と下半身と言う、人間をデフォルメ化したような姿をしていたのである。


 ありえない。

 そう感じたのは自分だけではなく、不良達もそうだったのだろう。

 突然目の前に現れた『ありえない少年』に、太郎や不良達が呆然と言葉を失う中、その『ありえない少年』は太郎を見上げながら「わあ、すごーい」と感嘆の声を上げた。


「なんと! これがこっちのボクか! すごいなあ、一体何頭身あるんだろう……うーん、ああ、そっか、こっちの世界だと、これくらいの高さが普通なんだっけ? ん? いや、待てよ? 確か渡された資料だと、こっちのボクくらいの男の子だと、もう少し背が高いのが普通だったような……。でもそう言われてみれば、目も大きくって、どっちかと言えば可愛い系だし……。うーわ、マジか……ボク、もっとカッコイイ系が良かったなあ……」

「……」


 何故、初めて会った人間かどうかも分からんヤツに、溜め息付きで落胆されなければならないのだろうか。

 さすがに苛立ちを覚えた太郎であったが、太郎は彼を睨んだ際に、ある事に気が付いた。


(そう言えば……)


 突如目の前に現れた、『ありえない少年』。

 初めて会った事に間違いはないが、それでもどこかで見た事があるような気がする。


 男子にしては大きめの目も、左側にちょこんと飛び出した触覚のようなアホ毛も、どこかで見た事があるような気がするのだが、それは一体どこだっただろうか。


 しかし、それがどこだったかと考え込む太郎であったが、そんな彼の動作など気にも留めていないのだろう。

 太郎と同じような学ランを着た、人間をデフォルメ化した二頭身体型の彼は、トコトコと太郎に歩み寄ると、ニッコリと人懐こい笑みを浮かべた。


「やあ、やあ、やあ、やあ、探しちゃったよ、タロー! 積もる話は沢山あると思うが、とりあえずキミん家に行って、ゆっくりとお茶でもしないかい?」

「……」


 何故、自分の名前を知っているのかとか、お前一体何者なんだとか、何で僕ん家に来るつもりなんだとか、突っ込みたい事は多々あるのだが。


 しかしそれはさておき、彼はこの状況が見えていないのだろうか。

 太郎は見ての通り、絶賛カツアゲの最中なのだ。今だってほら、でっかいリーゼントの男にこうして胸倉を掴まれているじゃないか。


 それなのに笑顔でお茶に誘って来るだなんて。

 この少年、一体何を考えているのだろうか。


「ちょっと待て、小僧! コイツは今、オレ達とお話し中なんだよ!」

「へ?」


 ふとその時、リーゼントから怒りの声が上がった。


 彼が怒るのも無理はない。

 だって彼にとっては、遊ぶ金が手に入るかどうかの瀬戸際なのだから。

 そんな大事な時に、こんな何者なのかも分からないようなヤツに邪魔をされるなんて冗談じゃない。

 

 こんな訳の分からんヤツには、一刻も早く立ち去ってもらわなければ。


「テメェが何者なのかは知らねぇけどよ、オレ達はコイツと大事なお話の真っ最中なんだ! コイツに用があるってんなら、オレ達の用件が済んでからにしろ!」

「なんと! そうであったか!」


 ようやく不良達の存在に気が付いたらしい彼は驚愕の声を上げると、申し訳なさそうな目で勢いよくリーゼントを見上げた。


「申し訳ねぇ、ダンナ! いやはやまさか先客がいたとは……。しかしボクもまた急ぎの用があるのだ。無理を言っているのは十分承知だが、タローをボクに譲ってはくれ……」


 ボクに譲ってはくれまいか?


 しかし、彼がそう続けようとした時だった。


「うん……?」


 何かに気付いたらしい彼は、キョトンと目を丸くする。

 そして彼は、マジマジとリーゼントの顔を見つめた。


「んー? うん? うーんん……?」


 そして、


「あーッ!」


 突然叫んだ。


「プリンス! プリンスではないかッ!」

「は? プ、プリンス?」


 今度は一体何だと言うのだろう。

 リーゼントを突然プリンスと呼んだ彼は、困惑の表情を浮かべるリーゼントに、好意の眼差しを向けた。


「何と言う偶然! 否ッ、正に運命であるッ!」

「うわっ、な、何だっ!?」


 よく分からない言葉を叫びながら飛び付いて来た彼に、思わず悲鳴を上げたリーゼントであったが、そんなリーゼントの事などお構いなしに、二頭身体型の彼はリーゼントの肩口に乗ると、ペタペタとリーゼントの体を触り始めた。


「なんと! これがこっちの世界のプリンス! 健康的に焼けた肌に、逞しい筋肉! 理想的な逆三角形体型に、誰もが憧れるような高い身長ッ! 素晴らしい! 何て素晴らしいんだ! はあはあはあはあ……」

「ひぃッ!?」


 鼻息を荒くしつつ、ペタペタと体を触りまくる、謎の二頭身生命体。

 そんなヤツにあちこち這い廻られ、リーゼントは堪らず引きつった悲鳴を上げた。


「お兄さん! 是非ともこのボクと近くの店でお話を……」

「うわああああああッ! 喋るなああああああああッ!!」

「ぎゃひーっっ!?」


 人間かどうかも定かではない奇妙な生命体に、微妙なナンパをされたのだ。

 誰だって次に取る行動は同じだろう。

 リーゼントは二頭身の少年を引っ掴むと、思いっ切り彼を壁へと叩き付ける。


 ベチンと嫌な音を立てて壁にぶつかると、少年は俯せの状態でベタッと地面に落ちた。


「い、いいいいいいかッ!? 次オレに近寄ってみろ! たただじゃおかねぇぞっ!」


 物凄い勢いで二頭身少年から距離を取り、プツプツと鳥肌の立つ自分の体をギュッと抱き締める。


 そして悲鳴にも近い声で少年にそう吐き捨てると、リーゼントはポカンとしながら様子を見ていた取り巻き達に声を上げた。


「テメェら! 今日はもう引き上げるぞ! そして今日の事は、一刻も早く記憶からデリートするんだ! いいなッ!?」

「はい、兄貴!」


 そう言うや否や。

 不良達は慌ただしく逃げ去って行く。


 そんな彼らを見送ると、太郎はホッと安堵の息を吐いた。


「た、助かったあ……」


 怪我もない上に財布も無事。

 カツアゲに遭っておきながら無傷だなんて、こんなに喜ばしい事はないだろう。

 太郎は自身の無事に浮かんだ感動の涙をそっと拭うと、命の恩人とも言うべき俯せの彼に視線を移した。


「ありがとう! キミのお陰で助……」


 助かったよ。


 しかしそう言おうとして、太郎はハッとした。

 そう、二頭身の彼は、先程のリーゼントの攻撃を受け、俯せに倒れたままなのだ。


「え、えっと……」


 俯せに倒れたまま、ピクリとも動かない二頭身少年。

 大丈夫なのだろうか?


「あの、大丈夫……?」


 もしも怪我をしているのなら、救急車を呼ばなくてはならないだろう。

 しかし彼は、何故かデフォルメ二頭身体型なのだ。

 人間かどうかも怪しい彼。救急車なんか呼んだら、病院ではなくて研究所に連れて行かれるかもしれない。


 さて、どうしたものか。


「いい……」

「え?」


 しかし太郎が悩んでいたその時、倒れたままの彼がポツリと何かを呟いた。


「素晴らしいッ!」

「うわっ!?」


 そして次の瞬間、彼は突然勢いよく起き上がり、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。


「力強い投球に、思い切った行動! その上、怯えた瞳に響き渡る野太い悲鳴! これぞ、男前の中に眠る愛らしさ! ああ、リーゼント! キミはどの世界でも素敵だーッ!」

「……」


 何が言いたいのかも、何が素敵なのかも、皆目見当も付かないが。


 しかし一つだけ分かった事がある。


 この人に関わると、きっとロクな事にならない。


(助けてもらったところ申し訳ないけど、さっさとこの場から離れよう)


 恩人には悪いが、これ以上彼には関わりたくない。

 うっとりと何か喋っているうちに、さっさとこの場から離れようと思う。


 そう直感した太郎は、二頭身の彼が気付かないうちに、そっとその場から立ち去ろうとする。


 しかし、


「待たれいっ!」

「ひっ!」


 そうそう上手く行くハズもなく、その場に響いた制止の声に振り返れば、何だか怒ったようにして眉を吊り上げている、小さな彼の姿が目に入った。


「よう、よう、お兄ちゃん! キミは助けてもらっておきながら、お礼の一つも言えないタイプの人間かい?」

「えっ!? あ、こ、これは失礼しました! あの、その、た、助けてくださって、誠にありがとうございました!」

「心が籠ってなーいっ!」

「ええーっ!?」


 ちゃんとお礼を言ったのに。何故怒られなければならないのか。


 プリプリと怒り出した小さい彼を眺めながら、「ああ、変なのに絡まれちゃったな」と困惑していると、小さな彼は、何とも理不尽な事を言い出した。


「本当に感謝しているのなら、態度で示してもらおうか!」

「た、態度……?」

「ああ、そうさ! 近くにファーストフード店があっただろ? そこでハンバーガーを二つ奢ってもらおうか!」

「……」


 何てヤツだ。これじゃあ不良達とやっている事が変わらないじゃないか。しかもハンバーガーを一つではなく二つと要求する辺りが、何とも図々しい。


「……」


 とにかくこれ以上コイツと関わるのは嫌だ。ハンバーガーを奢って別れられるのなら、大人しく奢ってやった方が賢明だろう。おこずかいは減るが、これ以上コイツに絡まれるよりかはまだマシだ。正にタイムイズマネーである。


「今日は本当にありがとうございました。これは僕のほんの気持ちです。はい」


 少年の手に、ハンバーガー二つ分のお金を握らせる。


 そうしてから、太郎は少年に向かって、背景にマーガレットを咲かせんばかりの満面の微笑みを向けた。


「このご恩は一生忘れません。では、さようなら」


 サッと手を振り、太郎は足早にこの場からら立ち去ろうとした。


 しかし、


「待って、待って、待って、待ってーッ!」

「うわあっ!」


 立ち去ろうとする太郎の右足に、少年が勢いよくしがみ付いて来たのだ。

 しかも泣きながら、である。


「な、何? 今度は何ッ!?」


 まったく、泣きたいのはこっちだと言うのに。


 次は何を要求する気だと、うんざりとしながら太郎が見下ろせば、足にしがみ付いている彼は、「うっ、うっ」と泣きながら太郎を見上げた。


「ごめんよぉ! 気に障ったのなら謝るよぉ! お金だっていらないし、ハンバーガーだっていらないからあ! だからボクを見捨てないで、力を貸しておくれよぉっ!」

「力? 見捨てる? 何?」

「ううっ、ぐすっ、お願いします、助けて下さい」

「???」


 首を傾げる太郎の前で、突然土下座をし出した二頭身の彼。


「……」


 わんわんと泣きながら土下座までされたのだ。さすがに見捨てて行く事は出来ない。


 少々気は進まないが、とりあえず話くらいは聞いてやるべく、太郎は不思議な少年を連れて、一度家に帰る事にしたのである。

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