第3話 未知との遭遇

 木造一階建て。築何十年の古い家。

 トタンの屋根が特徴的な小さな家へと連れて来られた少年は、茶の間へと通されると、キョロキョロと辺りを見回した。


「いやいや、立派なお宅ですなあ。風情があると言いますか……。素敵な茶の間ですね」


 その小さな家は、誰が見たってオンボロのボロ家。

 風が吹けば揺れるし、ハネアリだって何匹か同居している。


 それなのにそう言ってくれるのは、彼なりに気を遣ってくれているからなのだろう。

 そんな彼にお茶を出しながら、太郎は苦笑を浮かべた。


「いいよ、気を遣ってくれなくても。家が相当ボロいって事は、僕達家の者が一番知っているからさ」

「随分とオンボロな家ですね。よくもまあ住んでいられるものだ。こんなところで生活しているヤツの気が知れねぇ」

「帰れ。今すぐ帰れ。そして二度と敷居を跨ぐな」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 口が滑りました、ごめんなさい!」


 慌てて土下座を始めた彼に溜め息を吐くと、太郎はテーブルを挟んだ彼の向かい側に腰を下ろした。


「もういいよ。それより僕に何の用?」

「なんと! 許してくれるのか!?」

「うん。だからキミの話を聞かせてよ。僕もキミには色々と聞きたい事があるからさ」


 少年を真剣に見つめながら話を促せば、少年もまたその場にきちんと正座し直し、改めて太郎に真剣な眼差しを向けた。


「一週間お世話になります」

「ごめん、意味が分からない」


 何と言うか、全てがさっぱりだ。


 真剣にそう告げてきた彼に、太郎が真剣にそう言い返せば、彼は驚いたようにして目を見開いた。


「なんと! 分からないとな!? どこがどう分からないのか、ボクにも分かるように説明して頂きたい!」

「……」


 どちらかと言えば、太郎は大人しい方の性格だ。

 争い事なんて好まないし、滅多に怒ったり、声を荒げたりもしない。


 しかし今、太郎は我慢の限界だった。


 まるで太郎が悪いと言わんばかりの少年の態度や、理解不能なその言葉に何かがプツンと切れるのを感じると、太郎はバンッと思いっ切りテーブルをぶっ叩いた。


「どこがどうって、どれもこれもそれも全部だよ! 一週間お世話になりますって何!? って言うか、それ以前にキミって何者!? その体型も何なんだよ、二頭身ってありえないよね!? そもそも僕、キミの名前すらまだ知らないんだけど!?」

「……」


 まるでマシンガンの如く、今まで溜まりに溜まりまくった疑問を一気に吐き出した太郎。


 そんな彼をポカンとしながら眺めていた少年であったが、彼はしばらくしてから、何かに気が付いたようにしてポンと手を打った。


「あ、もしかして、全てにおいて説明が必要であったか?」

「当たり前だよッ!」


 そもそも何で必要ないと思ったんだよ、と太郎が叫べば、小さな彼は気恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いた。


「そうか、ボクの世界とは違うんだったな。いやはや失敬。では改めて……」


 そこで一度言葉を切ると、彼はコホンと咳払いをする。


 そうしてから、彼は改めて太郎へと向き直った。


「ボクの名前は、タロ・ヤマーダ。一月一日生まれのA型。今年で十七歳になります。好きな食べ物は黄身、嫌いな食べ物はカラザ、座右の銘は……」

「待って、待って、待って、待って!」


 太郎が聞きたいのは、そんな細やかなプロフィールではないと言うのに。


 放っておけば、しばらく続きそうな自己紹介に太郎が制止の声を上げれば、二頭身少年ことタロは、キョトンとした不思議そうな目を太郎へと向けた。


「む、どうした?」

「いや、だから僕が聞きたいのは、そう言うんじゃなくって……。まあ、いいや。ねぇ、タロ? キミはどうしてそんな体型なの? 普通に考えて、二頭身なんてありえないと思うんだけど……?」


 とりあえず、一つずつゆっくりと質問して行こう。


 そう考えた太郎が、何故タロがそんな体型をしているのかと問えば、タロは少しだけ考える仕草を見せた後に、ハッと気が付いたようにして手を打った。


「そうか、キミが聞きたかったのは、そっちの話か! いやはや、失敬。これはまた失礼をした」


 何かを理解したらしいタロがそう頷くと、彼はもう一度咳払いをしてから、改めて太郎へと視線を向けた。


「キミは、平行世界と言うのを知っているかね?」

「平行世界?」


 平行世界。

 それを聞かれた太郎は少しだけ考えた後に、コクンと首を縦に振った。


「知っているよ。こことは違う、存在するもう一つの世界ってヤツでしょ? 所謂パラレルワールドってヤツだよね? ゲームや漫画でよく見掛けるよ」

「そうか、知っていたか。この、ゲームヲタクめ」

「平行世界を知っている人を、みんなゲームエヲタクにするのは良くないよ」

「このアニメヲタクめ!」

「話を進めてもらって良いかな?」


 大きく脱線しようとする話を、太郎は無理矢理軌道に乗せ直す。


 するとタロは、「うむ」と頷いてから話を続けた。


「そのパラレルワールドからやって来たのが、このボク、タロと言うわけだ」

「……はい?」


 イマイチ話が分からない……いや、こんな話、認めてしまっても良いのだろうか。


 信じ難いその話に太郎が敢えて首を傾げれば、改めてタロが、その信じられない話を続けた。


「そうだな、パラレルワールドに住むキミだと言えば話は早いかな? うん、つまりボクは、この世界とは違うもう一つの世界からやって来たキミ、もう一人の山田太郎なのだよ」

「っ!?」


 信じられない! 

 だってパラレルワールドなんて、空想上の世界だろう?

 誰が言い出したかは知らないが、存在するハズのない世界の話じゃないか。

 それなのに実際にそんな世界が存在して、しかもその世界に住む自分が、今目の前にいるだなんて……!


「ありえない!」


 ようやく絞り出したその言葉。

 しかし太郎のこの反応は、タロからしてみれば予想通りの反応なのだろう。

 目を白黒させながら自分を凝視する太郎に、タロは「そうだろう、そうだろう」と頷いた。


「キミがそう思うのも仕方のない事だろう。しかし信じてもらわなければ困る。だって実際にボクは存在しちゃっているのだし、信じてもらわなければ話を進められないのだからな」

「……」

「そりゃ、もう一人の自分が、こんなに美形なのは信じ難いだろうが……」

「僕が「ありえない」って言ったのは、そこじゃないんだけど……」


 美形云々はこの際どうでも良いとして。


 タロがパラレルワールドから来たと言うのは、やはり信じ難い。

 けれどもタロは、自分とは違う二頭身体型をしている。

 頭は異様に大きく、胴体や手足が極端に短いのだ。

 何らかの病気と言うわけでもなさそうだし……。

 そう考えれば、彼がこの世界で生まれ育ったと言う方が、ありえない話なのではないだろうか。


「その……体の事なんだけど……」

「体?」

「キミの世界じゃ、みんなそうなの?」

「うむ」


 太郎からのその問いに、タロはコクリと頷いた。


「ボク達の世界じゃ、この体型が普通だ。だからボクから見れば、キミの方こそおかしい。所謂変人と言うヤツだ」

「その言い方傷付くんだけど」

「まあ、この様にして、もう一つの世界とは言っても、幾つかの差異はあるのだがな」

「幾つか?」


 そこで引っ掛かった、彼の『幾つか』と言う言葉。

 彼がそう言うと言う事は、他にも違いがあると言う事なのだろうか。


「他には何があるの?」

「そこだッ!」

「うわっ!?」


 突然、タロが勢いよく立ち上がった。

 あまりにも勢いよく立ち上がったせいで、机の上のコップからお茶が少し零れた。


「えっ、な、何? どうしたの?」

「重要なのは、そこなのだ!」

「へ?」


 ビシィッ、と指差すタロに太郎が目を丸くすれば、タロは改めて座り直し、コップのお茶に口を付けた。


「ボク達の世界、パラレルワールドには『魔法』と言うモノが存在する」

「魔法? それって、火とか風とかが詠唱とともにバーンって放たれるヤツ?」

「そう、それそれ。よく知っているな、説明する手間が省けて助かる。さすがゲームヲタク」

「だからゲームヲタクじゃないって」


 太郎の否定の言葉など聞こえているのかいないのか。

 タロはコトンとコップを置くと、その大きな瞳を太郎へと向けた。


「キミ達が学校に通っているように、ボク達も学校に通っている。まあ、ボク達が通うのは、『魔法学校』と言うところだがね。そしてそこには当然、試験と言うモノが存在する」

「試験かあ……」


 そう言えばもうすぐ定期テストだ。嫌だなあ……。


 タロの話を聞きながら、太郎はぼんやりとそう考えていた。


「この前、ボクの学校で進級試験なるモノが実施されたのだが、実はその試験にて、ボクはありえない点数を取ってしまったのだ」

「え、ありえないって……?」

「要するに、ヒジョーに悪い点数だ。過去最低点らしい」


 一体何点だったのだろう。


 ちょっと気になった太郎であったが、ここは敢えて聞かない事にした。


「そしてこのままだと留年する事になると、タケダに脅されたのだ」

「タケダって?」

「担任教師である」

「じゃあ、それは脅しじゃなくって、警告だね」

「まあ、そんなわけでボクはタケダに泣き付いたさ。どうかご慈悲をと土下座もした」

「……」

「そして何とか追試を受けさせてもらえる事になったのだよ」

「追試?」

「そうとも! これに受かれば留年は免れるのだ! ボクは無事、みんなと一緒に最高学年になる事が出来る! ハッピーエンドだ!」


 再びその場に勢いよく立ち上がると、タロはグッと拳を握り締めながら、ポカンとしながら自分を見つめて来る太郎に視線を向けた。


「そこでだ。キミにはその協力を願いたい」

「協力って?」


 協力、と言われても、自分は一体何をしたら良いのだろうか。

 タロの言う事が本当だとしても、異世界に住んでいる上に魔法も使えない自分では、何も出来そうにもないのだが。


「大丈夫だ! 協力とは言っても、何も難しい事ではない!」


 困ったように眉を寄せる太郎にそう言い放つと、タロはコホンと一つ咳払いをした。


「試験内容は簡単だ。こちらの世界に住むこちらの自分を幸せにする事。つまり、ボクはこちらの世界に住むボクことキミ、山田太郎の……」


 そこで一度言葉を切ってから。

 タロはビシィッと、太郎に人差し指を突き付けた。


「片想い中である水城妃奈子みずきひなことキミを恋仲にする! それがボクの追試試験だ!」

「え……え、ええええええええーっ!?」

「試験期間は本日より一週間。つまり、一週間以内にキミ達には恋仲になってもらう! そう言うわけだ! よろしく頼むぞ、相棒ッ!」

「あ、相棒って、いや、ちょっと、ええええっ!?」


 恋仲だとか何とかって……いきなりそんな事を言われても困ってしまう。と言うか、人の恋愛事情を試験問題にするだなんて、何て非常識な学校なんだ。


「いや、困るよ、そんなの! そんなの、僕じゃなくって、妃奈子ちゃんに迷惑が……」


 言いたい事は沢山ある。文句だって山程だ。


「ところで、タロー……」


 しかし太郎が言葉を続ける前に、タロが困ったようにして首を傾げた。


「ミズキヒナコって誰だ?」

「……」


 まさか、相手が誰かも分からないで恋仲にさせようとしていたのか、コイツは……。


 こうして大きな不安を抱えこんだまま、タロの追試試験が始まったのである。

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