パラレルワールドの魔法使い

一兎

第1話 嵐が突然やって来た

 彼の名前は山田太郎やまだたろう

 粋な名前が流行っていいるこのご時世の中、役所の見本にありそうな名前が悩みの高校二年生である。


 背も高くなければ低くもない。

 勉強だって運動だってごく普通。

 左側にちょこんと飛び出した触覚のようなアホ毛がチャームポイントの、大人しそうな顔立ちの少年である。


 さて、そんな太郎であるが、彼は今、人生最大とも言える窮地に陥っている。


 何を隠そう彼は今、カツアゲをされていたのである。


「オレらさ、今、ちょっとだけお金に困っているんだよねー。だからさあ、ちょーっとだけ、オレ達にお金貸してくれないかなあ?」


 下校途中、突然連れ込まれた人通りのない路地裏で。

 この令和の時代にまだ存在しているんだと感心するほどの、大きな金色リーゼントを持った男を中心に、五人の不良達に囲まれた太郎は、男子にしては大きめの瞳を困ったように歪ませた。


(嫌だなあ、また絡まれちゃったよ。しかもこの制服って、東高の生徒だよね。何でこの学校の生徒って、こんなヤツばっかりなんだよ)


 はあ、と心の中で溜め息を一つ。


 実は太郎、こうして不良達に絡まれるのは、これが初めてではない。


 太郎の着る学ランとは違った、黄色のネクタイが特徴のブレザー……葵東高等学校あおいひがしこうとうがっこう

 以前にも、太郎はこの学校の生徒に絡まれた経験がある。

 それも一度や二度ではない。それはもう数えきれないくらいに沢山、だ。

 きっと大人しそうで弱そうな太郎が、彼らにとっては絡みやすく見えるのだろう。

 まあ、仕方がないと言えば、仕方がないのだが。


「ねぇ、ちょっとだけで良いんだよ。必ず返してあげるからさ。だからちょっとだけ……あり金全部貸してくれないかな?」


 返してくれるつもりなんかない上に、やっぱり財布ごと全部持って行く気じゃないか。


 いつものパターンを思い返し、太郎は誰にも分からないように、小さく溜め息を吐いた。


「あの、僕今お金持ってないんで……」

「ああ?」


 そしてその瞬間、今まで優しい声色で話していたリーゼントが、突如ドスの効いた声を発した。

 まあ、これもいつものパターンである。


「テメェ、高校生にもなって、ンな言い訳が通用するとでも思ってンのかよッ!」

「うわっ!」


 グイッと胸倉を掴まれ、太郎は思わず悲鳴を上げる。

 まあ、これも、いつも通りである。


「福沢じゃなくても、野口くらい持ってんだろ!? 痛い目見ねぇうちにオレらに差し出した方が身のためだぞ、ゴラァ!」

「今は、渋沢と北里どころかキャッシュレスです」

「ンなもんどっちでも良いわ! はよ出せや、ワレェ!」


 胸倉を掴んだまま、リーゼントが吠えれば、その取り巻き達も拳の骨をベキバキと鳴らす。


「……」


 さて、ここから先は、だいたい予想が付く。


 とりあえず抵抗はしてみるものの、それはやっぱり無駄な抵抗で、結局はボコられて財布を取られてしまう。

 もしくは、とりあえず抵抗してみたら、運良く無傷で逃げられる。


 その二つのうちのどちらかだろう。

 だって今までだってそうだったのだから。


 二者択一。これから起こる未来は、その二つのどちらか一つ。

 今日だってどうせどちらかだ。運良く逃げられるかどうかは、神のみぞ知る。


 さて、今日はどうなるか。


 とにかく逃げ切れる確率を上げるべく、太郎は心を落ち着けて、いつも通りに抵抗を試みる。


 しかし、その時であった。


「あっ、いた、いた! やーっと見付けたぞぉ!」


 いつも通りではない……否、普通では起こるハズもない未来が、太郎の前に突然訪れたのである。

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