第4話 ダメ男、金がない

「クソッ! あんなこと言わなきゃ良かった!」


 大木と別れた後にそんな愚痴を一人吐きながら、俺は真っ直ぐに自分のアパートへと向かった。身から出た錆とはいえ、費用がどれだけかかるのか計算しなければならない。


 アメリカのロサンゼルスまで行くために。


「海外のボイストレナーといえば、やっぱりあの人だよな」


 一度は会ってみたいと思っていた人物が、俺の中に一人いた。以前からインターネット上で目星を付けていたボイストレーナーがいるのだ。その人が住んでいるのがロサンゼルス、というわけだ。


 そのボイストレーナーの名前は『リチャード・キング』。ソバージュがかったロングヘアーが特徴的な、いかにも海外ロックボーカリストといった出で立ちであり、風貌の男だ。


 俺はそのリチャード・キング――キングが動画サイトに投稿していたレッスン動画を観て、目を釘付けにされた。元々、キングはコチラの業界では『超』が付く程の有名人でもあったし。


 パワフルながら心地よい響きを持つキングの歌声。それは、一人のボイストレナーである俺が理想とする歌声に限りなく近いものだった。アメリカに勉強をしに行く機会があれば、その時は彼のレッスンを受けたいと思っていた。それ以外の選択肢はないとまで思う程に。


「いや……ええ……。こんなに金がかかるのかよ」


 アパートに戻ってくるや否や、俺はすぐにパソコンを起動させ、キングのレッスン料金を調べることにした。わけだか……高い。


 どれだけの料金がかかるのかと言うと、まあこんな感じだ。


『1時間 300$』


 300$。とりあえずの概算だが、1$100円と考えても、一時間三万円もかかる。そして俺は夜中にも関わらず、たまらず大声で叫んだ。


『オーマイガッーー!! 」


 にしても、どうして英語なんかで叫んでんだよ俺は……。もうすでにアメリカかぶれかよ。


 まあいい。話を戻そう。つまり、一日一時間としても二日で六万。三日で九万円はかかる。一先ずレッスンは三日間としよう。というわけで、レッスン料は九万円だ。


 そんな金、俺にはねえよ!!


「宝くじ……当たれ。宝くじ、当たれーー!!」


 そんな非現実的なことを独りごちりながら、つまりは現実逃避をしながら、俺は次に調べる。ロサンゼルス行きの航空券の料金だ。


 しかし、インターネット上で調べても、あまり理解ができなかった。細かいことは苦手なんだよ。だから航空会社に直接電話をしてみることに。そっちの方が手っ取り早い。


『お電話ありがとうございます、タムラがお受け致します』


 スマートフォンの通話設定をスピーカーにしていたので、その男――タムラの声が、乾いた俺の部屋の中で響いた。


 丁寧で嫌味のない声ではあったが、『客に対して好感を抱かせるように接客用の声を出しやがって』と感じたことは秘密だ。いやはや、面倒くさい性格だなと我ながら思う。


「あ、もしもし。私、平良と申します。タムラ様、あの、ロサンゼルスに行きたいのですが、往復で幾らかかりますか? お目安といいましょうか、概算で構いませんので教えていただけないかなと」


『ロサンゼルスですね。はい、かしまりました。ちなみに、ご出発の予定日などをお伺いしてよろしいでしょうか?』


 ご出発の予定日? んなもん知るか!! ついさっき決めたことだからそこまで細かく決めてないっつーの!


 とは言わない。口に出さない。クレーマーだと思われるのも面倒だからだ。なので紳士的かつ常識人的に丁寧な口調で言葉を返した。


「予定日ですか。まだ特に決めていません。とりあえず一ヶ月後にはと考えているのですが」


『は、はあ、そうですか……。ですが、出発する日によって金額がどうしても前後してしまいますもので』


 クッソ面倒くせ−! 概算でいいって言ったじゃねえかよ!


 まあ、向こうの事情も分かる。分かるからこそ、俺は最初に『お目安でも』と言ったのに。


「……タムラさん? 別に正確な金額でなくてもいいんです。お目安なり概算なりでいいんです。別に日によって十万やら二十万円やら差が出るわけではないはずです。とりあえず! さっさと一ヶ月後ということで計算しやがれこのクソ野郎!!」


 ヤベ、素が出てしまった。本当に俺って短気だよなあ。しかし、それが功を奏したのか、タムラは少し焦りながら答えてくれた。


『わ、分かりました。それでしたら……そうですね。大体十二万円前後だとご認識くだされば問題ないかと』


 ……は? 十二万?


「あ、ありがとうございます。失礼な言い回しをしてしまい、申し訳ございませんでした。それでは失礼い致します」


 そう言って、俺は終話ボタンを一方的に押した。


「マジかよ……」


 十二万円か……。そんなにかかるのかよ。俺が無知なせいでもあるから仕方がないとはいえ、レッスン費用も合わせると既に二十万円以上はかかることになる。


 いや、それだけではないか。アメリカでの宿泊費もかかるし、食事代もかかる。とりあえず、宿泊費に関しては、一泊六千円としよう。で、六日間泊まったと仮定して、まあ四万円弱か。


 ということは――


「さ、三十万以上かかるじゃねえか……」


 今さらながら後悔した。大木に対して大見得を切ったことを。何故なら、俺の一ヶ月の総売り上げとほぼ同じ額だからだ。諸々の支払いもあるからそれ以下と考えるのが適当か。考えれば考える程に、今回のミッションは不可能なのではないかと、そう思えて仕方がなかった。


「内臓、売ろうかな」


 当たり前だが嘘である。そんな気は毛頭ない。だが、それだけ追い詰められているということだ。


 このままだと、口だけ野郎のレッテルを張られてしまう。それだけはなんとしてでも避けたい。となれば、どうにか資金繰りの問題をクリアしなければ。


「……とりあえず外に出よう」


 つい先程、脱いだジャケットを再び羽織り、俺は繁華街へと向かった。目的地はBAR。求めるものは酒だ。


 飲まなきゃやってられねえ!!

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