第3話 挑発
「一徳。それ、嘘だろ?」
看破された。しかも、いとも簡単に。ここまでいとも簡単に嘘だとバレるだなんて。予想だにしていなかった。
でも、よくよく考えれば当たり前のことだ。大木とは付き合いが長い分、それだけ俺の性格を熟知している。嘘をつくことに関してもだ。意識してはいなかったが、しかし、きっとどこかに癖でも現れていたんだろう。
だからこそ、すぐさま嘘を見抜くことができたに違いない。
「……どうして嘘だと思ったんだ」
「さすがに分かるって。長い付き合いだしさ。まあ、もしかしたら嘘じゃないかもしれないけどね。だけど一徳。お前、少なくともそこまで本気じゃないだろ?」
「どうして本気じゃないって思ったんだよ。それも、長い付き合いだからとでも言うのか? 理由を教えてくれ」
「理由ねえ。一徳ってさ。昔からやりたいことを言うだけ言って、駄目だと思ったら『出来ない理由』を作って周りを納得させるのが癖付いてるんだよ。今回もまさにそんな感じだったからさ。たぶん嘘なんだろうなって」
図星だった。図星すぎて何も言い返すことができない。口は上手い方だと思っていたけれど、もしかしたら、それは俺の思い上がりだったのかもしれない。
大木はニヤニヤ顔に変わり、言葉を紡ぎ続けた。
「もしかしてさ、一徳。お前、本当は自分にそこまでの能力がないからってビビッてんじゃないの? それはダサいでしょー。あ、俺は一徳は能力のある人間だと思ってるよ? いや、能力というよりも才能か。その塊だとも思ってる。でも、ビビリなのは変わってないか。ははっ!」
クソッ! 頭がごちゃついてくる。イライラしてきて正確な思考ができなくなる。思考だけじゃない。冷静な判断もだ。
俺はとにかく短気な性格だ。だからこうも挑発的な発言をされてしまうと、すぐに頭に血が上ってしまう。悪い癖だと分かっているが、直らないんだよこれが。完全に染み付いてしまっている。
まるで、石にこびりついた苔のように。
「ビビッてなんかいねーよ。あのな、アメリカに勉強しにいくってことは、少なくとも一週間は日本から離れることになるわけだ。そうしたらその間、生徒さんのレッスンはどうする? 放っておくことなんてできないだろ」
「何言ってんだ。たった一週間だぞ? そんなこと、全く問題にならないって」
「まあ、そうかもしれないが……」
「それにさ。指導を受ける側の生徒さんが、講師が海外まで勉強しに行くことを止めるだなんて、まずあり得ないね。今以上に高いスキルを身に付けて帰ってきたら、それこそ生徒さんにとっては願ったり叶ったりだろ? 今まで以上に質の高いレッスンを受けることができるんだから」
その通りだ。何も言い返すことができない。
そして大木はニヤニヤを通り越して、意地の悪い笑顔を浮かべた。
「さてさて、一徳。どうするの? 海外に勉強しに行きたいんでしょ? 行くんでしょ? だったらさ、行っちゃえよ。迷う必要なんかないはずだよ? それとも何かい? 今回も言い訳をして逃げちゃうのかな? だとしたら、やっぱりダサいねえ」
クッソー! そこまで挑発するかよ、このミラーボール野郎め。
だけど、大木が言っていることは当たっていた。俺自身も『このままではいけない』と思っていたからだ。
自分の技術に限界を感じつつあった。だから何かしらの策を練って、ボイストレーナーとしての技術を磨かないといけないとは考えていた。
逃げるだって? 馬鹿にするな。俺は有言実行のボイストレーナー平良一徳だ。舐めんじゃねえ。
「分かった。行ってやるよ。海外に行って勉強して、今以上のボイストレーナーになってやる。口だけ野郎なんかになってたまるかってえの」
「ははっ! いいねいいね! 調子出てきたじゃん。さて。それならまずはいつ行くか決めないとな」
「お前に言われなくても自分で決めるさ」
「まあ、そうカリカリするなって。さあ、いつにする? 三ヶ月後か? 二カ月後か? はたまた一年後か?」
「二ヶ月後? 三ヶ月後? いやいや、それはないね」
「は? もしかして一徳。三年後とか五年後とか言うんじゃないだろうな」
「逆だ。そんなもの、俺にかかれば一ヶ月もあれば余裕だっつーの」
「い、一ヶ月後!? え? マジで言ってるの!? これから海外レッスンのアポを取ったり航空券やホテルの手配、その他諸々をこなさなきゃいけないんだよ? それを理解した上で言ってるんだよな?」
頭に血が上ってカッとなっていたとはいえ、一時の気分で重要な決断などするものではない。しかし、今さら逃げ道なんて作れないし、作りたくもない。だから、俺は大木にこう答えた。
「当たり前だ! 理解してるに決まってるだろ!」
――こうして俺は、一ヶ月後には海外に歌と発声の勉強をしに行かなければならなくなってしまった。一つの問題を抱えたまま。
その問題とは、資金だ。今現在、俺の通帳には約五百円しか入っていない。あと、財布の中にある四万円。これが全財産だ。
金、全然足りねえーー!!
『第3話 挑発』
終わり
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