第2話 看破

 そんなわけで、俺は大木に会いにカフェに向かった。とは言っても、あまりに近すぎるのであっという間に到着してしまったけど。


 ちょっとした見栄でついた嘘とはいえ、言い訳の理由を考える時間もなっかった。まあ、口だけは達者な俺だからなんとかなるだろう。


「さてと……どこにいるのかね、アイツは」


 大木を探すべく、とりあえず店内へ。が、その必要は全くなかった。


「おーい、一徳! コッチコッチ!」


 俺の名前を呼ぶ方へと目をやると、大木がコチラに向かって手を振ってくれていた。


 しっかし……。相変わらず派手な格好だな。ラメ入りのジャケットを羽織り、その下に着込んでいるインナーもラメ入り。ギラギラじゃん。お前はアレか? ミラーボールか何かなのか?


「おい大木。急いで来てやったぞ」


「久し振り! よく来てくれたな! ってお前、早すぎないか? 三十分とか言ってたくせに、あれから十分も経ってないぞ?」


「いいんだよ。レポートは後でまとめる。他の奴ならまだしも、大木だからな。あまり待たせるのも悪いと思って、それで急いで来たってわけだ」


 これは確かに嘘ではある。だけれど、それは半分だけだ。もう半分は紛れもない事実だった。


 大木との付き合いはめちゃくちゃ長い。もう十年以上にはなるのかな? だからある意味、『大木武志』という人間は、俺にとっての『特別』なんだ。そんな存在なんだ、コイツは。


「はははっ! 嬉しいことを言ってくれるねえ。そんなに気を遣わなくてもいいのに。お互い、もっと気楽にいこうぜ」


「サンキュー。でも大丈夫だよ。別に気を遣ってるわけじゃないからな。なんとなくってやつだ」


「なんとなくでも、嬉しいもんは嬉しいんだよ。で、ところで一徳。最近はどうなんだ?」


「どうなんだって、何がだよ」


「何がって、仕事に決まってるだろ。ボイストレーナーの。噂には聞いてるけどさ。でも、実際にお前の言葉で聞いておきたくて」


 噂ねえ。まあ、俺にはそこそこの人脈があるから、そこら辺から何かしらを耳にしたりしたんだろう。


 一体どういう形で話が流れているのか分からないが、そんなこと些末であり、些細な問題だ。どう流れようと、俺の生き方は変わらない。


「まあ、ボチボチだよ。今回も沖縄に住んでる人から依頼があってさ。それで、レッスンが終わって、さっき帰ってきたところだ。徐々にではあるけど順調に進んでいるよ」


 そう、順調だ。順調すぎる程に順調だ。表側だけ見れば。実際に、全国から依頼が寄せられるようにもなった。それは紛うことなき事実だ。自分でも、そこに関しては誇りに思っている。


「おおー! すごいじゃん一徳!」


「別に。すごくなんかはないって。たまたまだよ、たまたま。沖縄には行ったことがないからちょっと興味があって、それで依頼をオーケーしたってだけの話だ」


「謙遜するねえ。しかし、たった一年で、よくもまあここまでやったと思うよ。素直に尊敬する。親友としてさ。確か、目標は日本全国を飛び交うボイストレーナーになることだったよね?」


「ん? まあそうだな」


「ちゃんと叶っちゃってるじゃん! ビジネスはゼロを一にするだけでも難しいのにさ。親友として誇らしいよ」


 素直に嬉しいと思った。大木の言う通りだ。俺は目標を達成できた。つまりは有言実行できたわけだ。それを褒めてくれたんだから嬉しくなるのも至極当然な話だ。


 にしても。相変わらずテンション高いな、コイツ。声はデカいし。周りのお客さん達がコッチを見てるじゃん。少しは声のトーンを落とせっつーの。


「その言葉、ありがたく受け取らせてもらうよ。でも、まだまだこれからだな」


「そっかそっか。でも、噂に聞いた通りってわけか。で、一徳。これからはどうするんだ?」


「どうする? 何をだよ」


「何って。決まってるだろ。次の目標だよ。一徳のことだからもう決まってるんでしょ? だったら教えてよ!」


「そうだなあ、次の目標か」


 先に、正直に言っておく。次の目標なんて全く考えてなんかいない。割と今の現状に満足している自分がいる。とはいえ、それは言わないし、言えない。見栄っ張りな俺だ。厄介この上ない性格だと我ながら思うよ。


 というわけで、即興で答えてみた俺である。


 が、しかし。


 この言葉が全ての始まりになるだなんて、この時の俺には思いもしなかった。


 人生が大きく動き出す、始まり。


「実は、今のところ順調ではあるんだけど、自分の能力に限界を感じているのも事実でさ。だから海外に行って、歌や発声を学んでみたいと思ってるんだ。でも、なかなか時間がなくて行動に移せずにいて。まあ、なんとかしてみせるけど」


 それを聞いた瞬間、大木の表情が一変した。真面目な顔付きに変わった。目付きが鋭くなった。


 そんな大木の口からは、先程までとは明らかに違う、トーンを落とし、しかし、力強い声が放たれたのだった。


「一徳。それ、嘘だろ?」


『第2話 看破』

 終わり

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