教団。遂行卿との戦い

第9話 港街リュミエール

馬車が坂を下り切った瞬間、視界が一気に開けた。


潮の匂いが、風に乗って鼻をくすぐる。


俺は思わず呟いた。


「……海だ」

青く綺麗に透き通っている


眼前に広がるのは、巨大な入り江を抱く港街だった。


石造りの建物が段々に連なり、白い帆を掲げた船がいくつも停泊している。

活気ある掛け声、荷を運ぶ人々の足音、遠くで鳴く海鳥の声。


思っていたより、ずっと大きな町だ。

潮風が顔に触れるたび、町全体が生きているように感じられる。


「ここが、港街リュミエールだ」


フェンドリードが淡々と言った。


「一旦、ギルドに行こう。ドラゴンの件を処理する」


“処理”という言葉に、俺はごくりと喉を鳴らした。

倒したことは事実だが、それがどれほどの意味を持つのか、まだ実感が湧かない。



討伐士ギルド〈潮風の帳〉は、港を見下ろす位置に建っていた。


中に一歩踏み入れた瞬間、空気が変わる。


酒場のようなざわめきが一瞬止まり、何人もの冒険者が同時に俺たちを見た。


視線は、フェンドリードに集中している。


「……あれ、英雄じゃね」

「本物か?」


小さなざわめきが、波のように広がる。

俺は、隣にいる人物たちを見上げた。


(……え?英雄、、?)


自分がいる場所が、急に場違いに思えた。

背中がゾワゾワする


受付カウンターの奥にいた女性職員が、すっと背筋を伸ばす。


「フェンドリード様。本日は、どのようなご用件で?」


フェンドリードは軽く頷くだけで答えた。


「討伐報告だ。ドラゴンを一体」


その瞬間、ギルド内の空気が、完全に凍りついた。


「……な、何と?」


受付嬢の目が、はっきりと見開かれる。


「詳細は?」


「魔法を行使できる個体だった。おそらく上位種だろう」


ざわり、と今度は隠しきれないどよめきが起きた。


「まさか……」

「特別手配の……?」


受付嬢は慌てて奥へ下がり、別の職員を呼ぶ。

やがて現れたのは、明らかに立場の高そうな中年の男だった。


「失礼いたします、フェンドリード殿」


深く頭を下げる。


「確認いたしました。

 そのドラゴンは――」


一拍置いて、はっきりと言った。


「ギルドより特別手配されていた個体です。

 風魔法行使を確認済み、種類はスカイリーパー、難易度不明」


俺は、息を呑んだ。


(……やっぱり、あのドラゴン、かなり強かったんだ)


「討伐していただいたこと、心より感謝いたします」


ドラゴンの素材と魔核(宝石のようなもの)は、その場でギルドに引き取られた。

報酬の話になると、ギルド側の反応が、明らかに“想定以上”だった。


「これほどの功績です。

 明後日、表彰を――」


「不要だ」


フェンドリードが即座に遮る。


「申し訳ないが、どうしてもやらなければならないことがある。

 事態は早急を要する。


 それに、正式に依頼を受けた訳ではない。

 処理だけ済ませてくれればいい」


男は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。


「承知しました。では報酬だけお受け取りください」


事務的な手続きが進む中、俺は小声でメルヴァンに尋ねた。


「……あのさ」


「ん?」


ふと気になり聞く

「ヴェイルブレイドって、ギルド所属って認識で合ってる?」


メルヴァンは、くっと喉で笑った。


「違ぇよ。まあ……昔はそうだったがな」


目を瞑り、懐かしそうに言う。


「ヴェイルブレイドはな、元々ギルド所属だった。

 ……まだ俺とヴァルカとリーシェしかいなかった頃だ」


「今は?」


「帝国軍所属だ」


さらりと言われた言葉に、俺の思考が追いつかない。


(……軍?)


「強さを買われて、ギルドから引き抜かれたのさ」


メルヴァンはそれ以上語らなかった。

だが、ギルド側の対応が、すべてを物語っていた。


(軍か、フェンドリードさんが軍服みたいなのもその影響か、)



ギルドを出た後、俺たちは町の一角にある簡素な建物へ向かった。

どうやら建物を借りているらしい。


そこにつくなり、フェアレンが背伸びしながら言った。


「帰ってきたぞ! サブ拠点!」


中は最低限の設備だけが整えられた、実用重視の場所だった。


俺にとっては、それでも十分すぎるほどだった。

全員分の部屋もある。


ようやく一息ついた空気の中で、シアが腕を組み、口を開く。


「ねえ」


フェンドリードを見る。


「“メルの封印解除に必要な宝具回収”、次いつ行くの?」


その言葉に、俺の心臓が跳ねた。


(……封印解除? 宝具?)

一体なんのことだ?


フェンドリードは即答する。


「明日だ」


「え、早くない?」


普段の冷静な声に、わずかに硬さが混じる。

焦りが、言葉の端々から滲み出ていた。


「万が一、回収不能になったらまずい。

 ……残りは、あと二つだ」


部屋の空気が、わずかに張り詰める。


迷った末に、俺は口を開いた。


「あの……」


全員の視線が、自然と俺に集まる。


「宝具って、何なんですか?」


一拍。


「それと……」

言葉を選びながら、続ける。


「封印って、一体どういうことですか?」

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