第5話 ロクではあるであろう朝

朝日が、瞼越しに視界を刺した。


刺す、という表現が一番しっくりくる。

照らすでも、包むでもない。

逃げ場のない、直線的な暴力だ。


俺は、ゆっくりと目を覚ました。


……静かだ。


いつもなら、耳を殴りに来る目覚まし時計の電子音がある。

無機質で、容赦がなくて、こちらの事情なんて一切考慮しない、あの音。


それが、ない。


代わりにあるのは、朝の空気と光と、妙に優しい静寂だけ。


(……ああ)


一拍遅れて、思い出す。


ここは、自分の部屋じゃない。

カーテンも、天井も、壁の色も、全部違う。


それどころか――

世界そのものが、違う。


俺は布団の中で小さく息を吐いた。


目覚まし時計が鳴らない朝は、

だいたいロクな始まりじゃない。

待っているのは遅刻か、遅刻


でも今回の静寂はロクな始まりな気がする


意識が浮上するにつれ、まず感じたのは――痛みが引いている、という事実だった。

背中に鈍い痛みは残っているが、昨夜までの重苦しさはない。


(……朝だ)


ゆっくりと体を起こす。

めまいはほとんどなく、呼吸も安定していた。


小屋の中は薄暗い。

暖炉の火はすでに消え、ひんやりとしている。

窓の外は朝焼けに染まり、夜の冷気は抜けて、木の匂いと草の香りが漂っていた。


(木の匂いはいい匂いだな〜)


「起きたか」


(うおっ‼︎)

不意に声がして、俺は肩を跳ねさせる。

心臓は、ギリギリ仕事を辞めずに済んだ。


壁際に立っていたのは、ヴァルカ・フェンドリードだった。


すでに鎧を身につけ、剣も腰にある。

どうやら、見張りをしていたらしい。


「おはようございます……」


ぎこちなく言うと、彼女は小さく頷いた。


「調子はどうだ」


「……昨日より、だいぶ楽です」


その答えに、ほんのわずか、表情が緩む。


「そうか。なら問題ないな」


扉が開き、ドラヴィンが大きな欠伸をしながら入ってきた。


「おお、もう起きたか!

いい顔してるじゃねぇか、回復は順調だな!」


背中を軽く確認し、満足そうに笑う。


「でも無茶はするなよ」


その時、軽い足音とともにフェアレンが顔を出した。


「朝飯あるぞ!」


「まあ、森人シルヴァ式の簡単なやつだけどな」


「それ、干し肉とパンだろ」


「細かいこと言うなって、隊長」


(シルヴァ?エルフじゃなかったのか……?

いや、呼び名が違うだけか?

犬とドッグみたいなもんか?

……そもそもエルフの定義ってなんだ)


携帯が圏外で使えないのが悔やまれる


ヴァレンシアも続いて入ってくる。

相変わらず落ち着いた表情だ。


「無理はしないでね。

まだ完全に治ったわけじゃないんだから」


全員に囲まれ、俺は少し照れながら頷いた。


「……ありがとうございます」


簡素な朝食を終え、準備が整う。


小屋の外に出ると、朝の空気が肌を撫でた。


目の前には、質素な馬車が一台。

それを引いているのは――大きな馬……のような、そうでもないような生き物。


……(すごいな、馬ではないようだけど立派だ)。


周囲は天を突くような針葉樹に覆われ、

どこまでも続きそうな一本道が伸びていた。


「今日の目的地は、リュミエールの港街だ」


フェンドリードが前を見据えて言う。


「お前の身元を確認し、今後のことを決める。

……この世界で生きるなら、避けては通れない」


(この世界で……生きる)


胸が、少し締め付けられる。

しかし、重苦しくはない


その時、腕の中のメルヴァンが、ふっと笑った気配を出した。


「そんなに気を張ることはねーよ」


俺は一度、深く息を吸う。


怖さはある。

けど、不思議と――いつもの朝より、心は軽かった。


「……はい」


フェンドリードは短く頷く。


「なら行くぞ。

ヴェイルブレイド、出発だ」


馬車はゆっくりと走り出した。

木製の車体が揺れるたび、車輪が土を踏みしめる音が規則正しく響く。


内部は思ったより広い。

向かい合わせに簡素な腰掛けがあり、革と木の匂いが混じって落ち着く。


前方にはフェンドリードとドラヴィン。

手綱を握るのはドラヴィンで、フェンドリードは外を警戒している。


向かい左にはフェアレン。

弓を膝に置き、手入れをしていた。


そして――

俺の正面に座っているのが、ヴァレンシアだった。


揺れに身を任せながら、俺は膝の上で手を組む。


沈黙を破ったのは、腕に抱えていたメルヴァンだ。


「なぁ」


「うわっ……なんだよ」


「お前の“ 能力”の話なんだが」


(……そういえば、まだ知らないや)


「ああ、」


メルヴァンは、少し間を置いて言う。


「この世界で、自分の能力を把握してねぇってのは致命的だ」


そして――

視線が、俺の正面へ向く。


「だからよ。

見てもらったらどうだ?」


「……え?」


思わず、間抜けな声が出た。


「見てもらうって……誰に?」


間髪入れず、メルヴァンが答える。


「リーシェだよ。リーシェ・ヴァレンシア。

ほら、目の前に座ってるだろ」


「えっ」


俺は慌てて、正面を見る。


――そこには、ヴァレンシアの姿があった。


次の一言で、

俺の“普通じゃない日常”が、また一歩、先へ進む予感がした。

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