第4話 ヴェイルブレイド

颯真は、ゆっくりと瞼を開けた。


月明かりが窓から差し込み、木製の壁を暖炉の火が橙色に照らしている。


……天井が近い。


体が重く、自重で胸が押し潰されるような感覚があった。

背中に鈍い痛みが残り、喉はからからに乾いている。

微かな寒気が、まだ抜けきらない。


「……ここは……?」


掠れた声が漏れた。

天国とか地獄とかそうゆう類いの場所ではないようだ


その問いに応えるように、壁に寄りかかっていた少女が、静かに口を開いた。


「……気づいたのね。よかった」


腰まで伸びた長い髪。

落ち着いた表情。


けれど――視線は、俺を見ていなかった。


そばの椅子には、二メートル近くありそうな長い棒。

多分、杖だ。

その先端に、つばの広いとんがり帽子が掛けられている。


「ここは、あなたが倒れていたオルディス大洞窟へ向かう途中にある、休憩小屋よ」


(そうだ……俺、異世界ネクサリアに来たんだった)


(オルディス大洞窟って、あの洞窟か、……)


「……えっと……あなたは……?」


少女は一瞬だけ間を置いて、名乗った。


「初めまして。私はリーシェ・ヴァレンシア。

……今、私の仲間があなたの治療をしているところよ」


やっぱり。

洞窟で見えた人影は、この人たちだったんだ。


「助けてくれたのか……ありがとう」


そう言うと、ヴァレンシアは表情を変えずに答えた。


「助けたのはフェン姉さんよ。

あなたの事情はメルヴァンから色々聞いたわ。

転移災害に巻き込まれるなんて……災難だったわね」


……ん?

(普通は聞こえないはずなんだけどって言ってた気がする)


「……あれ? 確かメルヴァンの声って、普通は聞こえないんじゃ……」


ヴァレンシアは少しだけ間を空けてから言った。


「それはね、私が能力アビリティ

【全覚無碍】《トリニティコミュニオン》を持っているから」


「ちなみに、今あなたがこの世界の言語を話せているのも、この能力のおかげよ」


「……え? ここって言葉通じるんじゃないのか?」


ヴァレンシアは、ほんの少し呆れた顔になる。


「そんなわけないでしょ。

ここは、あなたのいた世界じゃないんだから」


……確かに。

言われてみれば納得だ


「まあ……メルヴァンと普通に話せてしまったせいで、勘違いするのも無理はないけど」


体勢を変えようとした瞬間、鋭く制止された。


「ダメ。動かないで。今、治療中なんだから」


その直後だった。


扉が勢いよく開き、もじゃもじゃの髭を生やした、中年の男が入ってきた。


(……この人が、治療を?)


「おお、目を覚ましたか!

いやあ、一時はどうなることかと思ったが……よかったよかった!」


「ヴァレンシア、三人を呼んできてくれ」


ヴァレンシアは頷き、静かに部屋を出ていった。


颯真は、ぼんやりとした頭で息を吐く。

……少し、安心した。


男は俺の背中に軟膏のようなものを塗りながら言う。


不思議と、痛みはない。


「いやあ、お前さん、相当運がいいぞ。

いや、運がいいなんてレベルじゃないかもしれんな!」


(….そうか俺は賭けに勝ったのか、)


「包帯を巻く。少し起きてくれ」


颯真はゆっくりと体を起こした。

まだ、頭がふらつく。


包帯を巻かれている間、俺はぼんやりと椅子に立てかけられた杖と帽子を見つめていた。


「よし、終わりだ!」


男が手を叩いた、その瞬間。


ドッ、ドッ、ドッ、


足音が近づき、扉が再び開いた。


先頭に立って入ってきたのは、髪を後ろで一つに束ねた女性。


制帽のようなものを被り、背筋は真っ直ぐ。

軍服と鎧を混ぜたような服装

腰には剣が一振り。

鞘から漂う気配が、異様なほど静かだ。


「……気が付いたか。よかった」


短い言葉。

けれど、その声には、ほんの僅かな安堵が混じっていた。


(……すごい。堂々としてる……)


その腕には、鬼の面――メルヴァンが抱えられていた。

心なしか、ぐったりしている。


続いて、長身の男が軽い足取りで入ってくる。


「大丈夫か? よく生きてたな!」


明るい声。


(……耳、長いな。エルフか?

背負ってる弓……すごく重そうだ)


最後にヴァレンシアが戻り、全員が颯真を囲む形になった。


(おお、なんだこの状況)


……正直、圧がすごい。


沈黙を破ったのは、メルヴァンだった。


「質問に答えてやるよ」


「俺たちが

ーー夜を払う者ヴェイルブレイド!」


「魔物どもから人々を守る、正義のヒーローだ!」


誇らしげな声。

対してヴァレンシアは、呆れ顔だ。


その直後、最初に入ってきた女性が一歩前に出る。


「私はヴァルカ・フェンドリード。

……ヴェイルブレイドのリーダーだ」


静かな声。


「俺はフェアレン・グレイシス! 弓の名人だ、よろしくな!」


「俺はドラヴィン・コルマーだ! 一応、鍛冶師だよろしく!」


「……私はリーシェ・ヴァレンシア。魔法使い、どうぞよろしく」


そして――


俺も、口を開いた。


開かなきゃいけない気がした。


ここで黙っていたら、

自分だけが、また“外側”に戻ってしまう気がして。


「……俺は、瓜原颯真。よろしく」


一瞬、間が空いた。


でも――


空気が、少しだけ軽くなった。


受け入れられたわけじゃない。

ただ、拒絶されていないと分かっただけ。


それだけで、胸の奥が少し緩んだ。



「……ドラヴィン。彼は、いつ頃動ける?」


フェンドリードが静かに尋ねる。


「一晩休ませりゃ問題ない。

無理はさせられんがな」


「……分かった。明日、町まで連れていく」


「今は休め。ここは安全だ」


その言葉を最後に、フェンドリードは部屋を出ていった。


「じゃあなー。ゆっくり休めよー!」

「また明日な!」

「痛んだらすぐ言え!」

「……おやすみ」


一人、また一人と出ていき、扉が閉まる。


残ったのは、暖炉の音だけ。


重い瞼が、ゆっくりと落ちていく。


(……生きてる)


その事実だけで、十分だった。


暖かな火に包まれながら、俺は眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る