1/世界終息の想像を

 そろそろこの世界、滅びないかな――


 わたしの名前は天羽あまはねアマナ。


 東洋の島国に住むどこにでもある普通の高校二年生。

 

 そんなわたしはどこにでもいる高校生だけれど、この世界はどこにもないもので溢れている。


 どこかで新しい勇者を育成している機関があったり、魔王が死に際にわたしたちの世界に呪いを掛けてダンジョンを繋いで半分異世界にしてしまったり、それはもう色んな不可思議で囲まれた世界に作り変えられてしまったわけで――でも、わたしには特に何もない。何もないからどれだけこの世界の異常が日常になったところで何の関係もないわけだ。


 だからわたしは映画を見ている。


 いつものように学校に出席し、先生に解答を求められたときだけ口を開き、時間が来れば放課後はすぐに学校を後にする。


 そしてまっすぐ家に帰ることはせず映画館に寄って上映時間が近いという理由だけで観賞する映画のチケットを選び、座席は真ん中より少し手前の席に設定して購入する。


 わたしには何もない。だから才能の『ある人』にも『ない人』にも評価されている。


 百年前に魔王をやっつけた十三人の勇者のおかげで、魔王は死に際に異世界とこの星を繋いであちこちにダンジョンが現われたようで。だけど気が付けばわたしたちはそれと同時に一つの異能に目覚めるようになった。


 映画が始まる前に喉が渇いたので売店で買ったジュースを片手に着席する。


 今回観ているのはスクリーンには巨大な怪物に異能力を扱う人々たちが戦っているアニメーションだった。主人公がカッコよくて自分もこんな風に誰かの為に動けるような人になりたいな。


 なれるわけ、ないのに。


 人差し指と親指を重ねたままその手の中にピンポン玉ほどの氷が生成されている。


 人々が決まって十四歳になると覚醒し、手にするその異能――それは『幸福論』スキルと呼ばれ、能力の強さでランクが格付けされている。


 手の中で作られた氷をコップの中へ。氷はこちらから願わなければ決して溶けない。故にずっと冷たいままなのでとても便利だ。


 わたしが出来るのはそれだけだ。


 『幸福論』スキルにも一つ一つ決まった固有名詞があるのかもしれない。だけどわたしの異能と呼ぶにはあまりに地味すぎるこの力にそんなものあるはずもなく――手のひらから一個だけ溶けない小さな氷が作れることに何の意味があるのだろう。そもそも氷なんて冷蔵庫で作ればいいだけだし。


 だからわたしのこんな異能と呼ぶには程遠い力は評価されるわけもない。学校で他に異能が使える人と比べられれば笑い者にされるのも当然だ。他の人は傷を治したり、火を放ったり、空を飛んだり、それはもうすごいことができるのにわたしはこの手のひらサイズの氷の玉を作れるだけ。しかも作るのに数秒かかる欠陥付き。


 だから陰でわたしが何て呼ばれているのか――


(だめだめ……集中……しなくちゃ……)


 目の前の作品に対して失礼が過ぎる。なので今は映画に集中する。どれだけ傷ついても主人公の横には仲間がいて、力を合わせて巨悪を討つ――憧れが過ぎる。わたしがなりたいものの一つだ。感動で涙を流していた。


 そして映画が終わり、その場を後にした。


 脳内で書かれる採点は『★★★★★/5.0点』の満点だった。


 何もないわたしが、上から目線で作品を評価している。配点はもちろん満点でレビューはしっかり美辞麗句を並べ立てる。


 いつものことだ。


 どんなジャンルであろうが、どんな脚本であろうが、演出であろうが、わたしは常にそうしてきた。これからもそうしていく。


 常に周囲から最低の評価を下され続けるわたしが、そんな底辺が他の何者かの全てを評価しているということに満足している。


 ――映画って、終わった後がいちばんつらい。現実に戻るこの瞬間がやけに寒いから。


 何者にもなれないわたし。なろうとしないわたし。


 映画に満足しながら、脳内で観たさっきの作品に対して採点と感想文を書き記して手洗い場にいる。蛇口から流れる水で手を洗ったまま、


「――


 誰にも聞こえない声で、そう小さく呟いた。


 この世界はきっと誰かの水槽だ。水族館のような大きな大きな水槽の中で、わたしたちは生かされている。


 勇者という誰かが用意した餌と装置――それに寄り添って生きている。今じゃ将来はたくさんの資格を持つことよりも異能の強さの方がずっと大事だ。誰もがそれに寄り添って生きている。それを疑うことなく、恐れることなく。


 でも願ってもいないのに与えられた能力と、その能力が弱ければ何の役にも立たないと烙印を押された人たちはどうすればいいの?


 それがどれだけ矮小だとしても、わたしのように時間を掛けないと手のひらから氷のつぶてを出すのが限界で……だけど今までの日常にそんなことできる人なんていなかった。


 今じゃ何もないところから剣が出てきたり、指先一つで落雷を落とす人まで現われた。


 何もかもおかしいのに、それが当たり前になった世界。


「帰ろう」


 それでも何もしないわたしが世界を呪っていい理由にはならない。選びもせず、動こうともしないわたしが――ただ諦めているだけのわたしがこの世界に反抗してどうするのだ。


 映画館を出れば夜なのに昼みたいに明るい町。大きなビルからホログラムの広告がきらめいている。


 町のいたるところにそのホログラムが空を走るように文字が流れている。ダンジョンは常に決まったところに現われるわけではなく何もない空間に亀裂が入って扉のように見えるから『ドア』と呼ばれている。『扉』でいいと思うけどみんなそう呼んでる。光と共に記される文字は全ての町の人たちがどこでダンジョンが現われたかわかるように発生源が公表されているのだ。


 それもいつもの日常。


 強い能力を持った人たちがこぞって腕試しや、ランクを上げるためにダンジョンに挑戦している。ダンジョンが現われれば皆が喜んでそんな危険な場所に突撃していく。


 だからわたしは巻き込まれないようにダンジョンが近ければ遠回りしてでも帰るという選択を取るのが基本だ。そもそも自分の能力じゃいちばん弱いモンスターも狩れない。


「ダンジョンからバケモノが飛び出したってマジ?」


 聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。


 まだ十六歳の浅い人生を送っているわたしだけれど、生まれてこのかたダンジョンからモンスターが溢れ出るなんてことは一度もなかった。


 わたしには関係ないことだ。


 そう、とにかく巻き込まれないように帰宅への道筋を変えてでも遠くへ遠くへ――


 白い髪の女の子がゆっくりと歩いているのが見えた。方角は災厄へ向かって、やがて最悪な展開になるであろう方角へ。


 そっちは危ない。そっちに行ったらダメだと。


 わたしには関係ないじゃないか。


 関係、ない――


「――


 踵を返し、来た道を戻る。


 わたしは白い髪の女の子の後を追った。

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