滅ぼせずにいるのは好きな子ができて困っているわけで――(※どうも魔王の娘です。恋したせいで世界は今日も続いてます)

待雪 妥当

0/世界終末の電源を

 そろそろこの世界、滅ぼすか――


 その者の名はブリュナ・ネレクテル・セリビオレ。


 彼女は遊戯盤に関心を失った子どものように水晶に映る何処か遠くの星の様子に唾棄していた。


 ここは魔王の城。


 そして彼女は数多の魔族が跋扈する存在が棲まう魔界にて、その全ての暴力を統率する最強の頂に座る者。


 父もまた魔王だった。


 しかし生まれて間もない頃に討ち倒された。


 勇者は『地球』という別の世界から召喚された者たちだった。そんな十三人の勇者に魔王であった父は倒された。


 では世界を滅ぼすのは復讐か?


 それは違う。


 弱肉強食――支配するかされるか、そして支配する側だった生命体の頂点が、される側に敗北してしまった。挙句に死に際に少しでも人間たちの世界に嫌がらせまでする往生際の悪さだ。魔王の風上にも置けぬ。敗者の尊厳など何の価値も無い。どうでもいい。父は世界を支配し、全てを手に入れようとした。そして勇者に破れ、死んだだけだ。


 世界を滅ぼすのは、飽きたからだ。


 魔王の娘はこうして百年ほど生き続けているが勇者は一向にやって来ない。世界に興味はない。だから支配する気もない。だけど勇者は魔王を殺せるほどの力を持っているのに一度たりとも戦いには来なかった。


 挑戦するなら逃げるつもりはなかった。魔法とは違った異能を使っていたらしいが臆することもない。


 だから百年待った。何も変わらなかった。


 魔界で延々と放置され続けたことが何より気に入らない。父を殺せるほどの強さならば、娘など相手にならないと思っているのならば――抵抗するより早く星ごと消し去ってしまえばいいだけだ。父は支配を主軸に置いたから負けてしまった。


 私は違う。


 勝つためならば如何なる手段も厭わない。卑怯であろうが、侮辱であろうが尊厳ごと破壊できる。百年の放置は彼女の心を闇黒に染め上げた。


 よって――――


「滅ぼす」


 天に向けた人差し指の先に黒い点が凝縮した。この黒色が解き放たれた瞬間、文字通り世界は滅びて無くなる。


 無くなるのだ。


 無くなる――――――――







 ピンポーン。







 突然、チャイムが鳴った。


 ピンポーン。ピンポーン


 魔王の城に、チャイムが響き渡る。


 ――場違い極まりない電子音が。


 世界観が狂い出すのがわかる。これは魔王の城に鳴っていい音ではない。


 しかしブリュナは小さく鼻で笑い、ゆっくりと玉座から立ち上がった。


 闇黒にも似たローブが霧散し、散った光がゆっくりとブリュナの身を包めばそれは学校の制服で着飾る彼女の姿があった。

 

 山ほど巨大な扉――――ではなくその横には無機質な小さな扉からチャイムの音が聞こえてくる。


「今日も滅ぼし損ねた……」


 世界を滅ぼそうと誓ったのは今回が初めてではない。しかしそれでも尚、魔王の思惑が外れてしまう。


 ――たった一人の女の子に。


「おはよう、ブリュナ――」


 扉を開けばそこには同じ学校の制服に来た黒髪長髪の女の子が立っていた。


「おはようございます」


 今まさに殺意で天蓋を突き破りそうな程の憎悪の凝縮していた者とは思えないほどに優しく微笑み、何光年先であろうと照らし続けるような慈愛に満ちた視線を向けて、小さく会釈する。


 世界はいつでも滅ぼせる。


 彼女はそれを望んでいる。


 けれど、今日もこの星は安泰だった。


 ブリュナが恋をしている限りは――

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