第26幕・死線の先の真実

「勇者様……。」

炎の壁の奥に居る勇者様の身を案じつつ、杖を握った。


目の前には老爺のモンスターの姿。


その表情は影が落ちており、はっきりと目視する事が出来ない。


「…貴方達の目的は何なんですかッ!!!

村や国の人々を傷つけて…人類を滅ぼしたりなんかした先に…一体何があるって言うんです!?」


私は怒りを露わにした。

それはハローワークの職員として働き、一人の人間として生きる間で、長い間抱く事の無い感情だった。


「…ふむ…。目的か…。

…"お前なら理解していると思っていたが"、やはり、そういう事か…。」

「…どういう事です?質問をはぐらかすつもりですか?」


「…長い間、我々は日の下を歩けなかった。

…人間共を欺く為ならば、"偽物の魔王"を用意してまで画策する事も厭わなかった…。

…そして遂に、機会が巡ってきたのだ。」


…敵は笑っている。

影に包まれて見えないはずの表情が、何故か見えたような気がした。


「…良いか。王都で起きた惨劇も、この地で起こらんとする殺戮も、所詮序章に過ぎないのだ…。」


軽く舌打ちをしつつ、私はまた老爺を睨みつけた。


「"スティンガー・グレイシャー"!!!」

地面が隆起し、地割れが起こる。

地割れの隙間から、無数の氷の刃が現れ、老爺目掛けて巨大化する。


「これ以上手出しはさせませんッ!村の人にも…勇者様にもッ…!!!」


氷の刃が高速で衝突、交差した。

村の一角を、氷河の如く埋めつくしている。



「…我が名は…アビス。」

生み出された氷河の上で、老爺が呟く。


「嘘…。どうやって…!?」


「…お前は…何か勘違いをしているようだな。我々は、"勇者の事など警戒していない"。…"勇者の命など求めていない"。」

「………?」

顔を顰めつつ、またアビスを睨む。


「勇者など、我々にとってはただ一人の人間に過ぎないのだ…。

もっとも、"プロミネンス殿がそう考えているかは別"だがな。」


「………"フォーカス・インパルス"ッ!!!」

…勇者様の身が危ない。

今も勇者様は、炎の奥で戦っているんだ。


振りかざした魔法が空気を揺らす。

アビスの足元を中心に、周りの石畳が次々と瓦礫となり空中へと吹き飛ばされる。


「外したか…!」

「やはり…中々の威力だな。」


「達観してる余裕など…無いですよッ!!! "フォーカス・インパルス 9連"!!!」

高速の衝撃波を次々と撃ち放つ。

大量の空気の歪みが、アビス目掛けて襲いかかる。


「…"ファントム・ゲート"」

呪文と共に、アビスの目の前に紫色のノイズのような物が出現する。


9つあった衝撃波は、そのノイズを通り抜ける事無く消滅した。


「なっ……!?」

「"これ"を通過した魔法は…全て"儂の魔力として還元される"…。

余裕が無いのは…お前の方だったな。」

全身から紫のオーラが溢れさせながら、アビスは微笑んでいる。


「…"ファントム・レイズ"!」

無数のエネルギー弾が上空から、私目掛けて降り注ぐ。


「くっ…。"マジック・バリア"!!!」

咄嗟に障壁を展開して攻撃を凌ぐ。

が、豪雨の如き連撃を浴び、障壁はヒビ割れ始める。

(マズいッ……このままだと…!)


障壁が粉々に砕け散る。同時に私は、、身を左に躱し地面を転がる。

エネルギー弾の一発が、私の右肩を掠めて通り抜けた。


痛みを認識する間は無かった。

防御を失った地面に攻撃が降り注ぎ、礫が飛び散り、砂埃が一面を舞う。


「はッ……はぁ……。」

呼吸を荒げつつも立ち上がる。

出血した右肩に気付き、手で押さえつける。


(短時間に魔力を使い過ぎた…?目眩が…)


砂埃の晴れない中で、アビスが話し始めた。

「…お前も理解しているだろう?今の勇者に、我々は倒せないと…魔王様への銀の弾丸にはなり得ないと。

なのにお前は何故………"あの勇者に、固執しているのだ?"」

「……はぁ……はぁ…っ……。」


「…魔王様の首を求めていたのなら、あのような弱者はお前には必要の無い者…。

しかし…何故、見放しもせずに居たか…。


…もし"何となく"という答えならば、それはお前の"深層意識"だ。

…"記憶を失って尚、残り続けた残滓"だ。」


「………ッ!?」

敵は、私の記憶喪失を知っている…?

いつ?どこで?


だって…私の記憶喪失を知っているのは…



「…200年前…魔王軍は重大な戦力を失った。


それは大魔法の使い手であり、"魔力の種子"に適合を示した、魔王軍の最高幹部となり得た存在…。


しかし、魔王様の支配から逃れ、我々の元を去った存在…。




お前の事だ。"無限の魔人・インフィニティ"よ。」


「………っ!?」


「…お前を探すのに随分と苦労したさ…。

お前を失った事で…我々は人類に手出しをする絶好の機会を損なったのだ…。」


「……っ違うッ!私は人間だッ!

勇者一行の一味として…魔王を滅ぼさんとする魔導士だ!!! そんな出鱈目に…私は惑わされたりなど…!」


「…消してしまったのだろう?


…忘れたかった記憶も。

…お前が抱えてきた罪も。


その魔法で、無くしてしまいたかった…。

…そうだろう?」


「違…うっ…!?」


魔法を使い続けて疲弊した身体。

声を張り上げ続けて枯れた喉。

そして、惑いの中にある頭。


頭。頭。頭。頭。頭。頭………


気が付くと、私の頭はアビスの手に掴まれていた。


「"記憶を消す魔法"。

…しかしそれは、記憶を消す訳では無い…。

使用者の記憶に…魔力で蓋をするだけだ。」


頭が、より強い力で掴まれる。


「…今から、お前の"記憶の蓋"を外す…。より強い魔力で、魔法を取り払うのだ。


…そして思い出せ。お前の居場所を。

お前の…"あるべき姿"を…。」


…頭の中に、何かが流れ込んでくる。


熱いような、冷たいような。

痛いような、痛くないような。

気味の悪い不快感が、全身を伝ってくる。


恐ろしいような、怖いような。

おぞましいような、悲しいような。


混濁する意識の中で、分かるのはそれだけだった。


「ぁぁあああぁああぁ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」


…声を出してる感覚は無いのに、

確かに自分の悲鳴が聞こえた。


次第に、見えていた景色は薄れていく…。



To Be Continued

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