第27幕・Infinity

「……なあ、お前。」


「そこに座ってるお前だよ。お前。」


「外は寒いだろ?早く家に帰りな。」


「……何だ。帰る家が無いのか…。」


「……分かった。俺に付いてきな。」


「…ああ、そうだ。聞いてなかったっけ…。」



「 お 前 の 名 前 は ? 」


・ ・ ・


「オイオイ…勘弁してくれよ…。

俺らはガキのお守りする為にこんな事してんじゃねえんだぞ…?」


「まあ良いじゃないですか。………さん。

……様だって、きっと賛成ですよね?」


「…そうだな。お前が着いてくるっつんなら、俺らは一向に構わないさ。


ただし……」


・ ・ ・




街道の煙が晴れていく――


「……お前を失った後は苦労したとも…。

"プロミネンス"を迎え入れるまでの間、人類に存在を悟られない事だけを考えてきたのだから…。


だがこれで…人類に勝ち目は無くなった…。」



その時、戦場を取り囲んでいた炎が消滅する。


「成程な…。」


「…プロミネンス殿…。」

背後からの声に、アビスはゆっくりと振り向いた。


「…このような僻地への侵攻を行ったのは、かつての仲間を取り戻す為だったのだな。」

「…ええ、その通りですとも。此奴は今、昏睡状態にある。次に目を覚ます時には、全ての記憶を取り戻している事でしょう…。

人類滅亡へのカウントダウンは間も無く始まるのです…。」


アビスは"9万職員"を担ぎ上げ、消えた炎の奥から現れた部下達に告げる。

「カス共よ…"インフィニティ"の再教育を行う…。一度魔王城に帰還するぞ。」


「御意!」

「他の部隊にも連絡して参ります!」




「……俺もウェルダー隊に撤退命令を出す。…だが…その前に、だ。」

そう言うと、プロミネンスは炎の壁があった場所を見つめた。



「……はぁ…はぁ…っぐッ………何処へ……行く気だ……!」


「…まだ動けるとは、想定外だった…。やはり"火力不足"だったようだな…。」


全身に火傷を負いながら立ち上がったヨシヒコを、プロミネンスは静かに睨みつけた。


「返せッ……!9万職員さんを……!返せぇッ………!!!」

ヨシヒコはプロミネンスの胸ぐらに掴みかかる。


「退け」

「…っがッ…!?」

ヨシヒコの腹に、プロミネンスの蹴りが命中する。


「くっ……まだだッ……!返せッ……!仲間を返せッ……!

お前らなんかに…連れて行かせるものか…!!!」


ヨシヒコはプロミネンスの足元にしがみつく。

獅子に噛み付く鼠のように。

蛇を睨み返す蛙のように。


「小童が……邪魔をしおって…!嬲り殺してくれるわッ!!!」

「よせ、アビス。こんな奴…"殺す価値も無い"。」


プロミネンスはそれ以上何も言わぬまま、ヨシヒコの頭を殴りつけた。


「…ッ…あ゙…」


「…帰るぞ。」

「…9……万…職員……さん……。」


…ヨシヒコは混濁する意識の中、ただ一点を見つめ続けていた。



・ ・ ・



「死ね」

ウェルダーの拳は、無防備となったリカブの腹部にめり込んだ。


石畳には、血液が零れ落ちる。


「……ココに居たか。ウェルダー。」

「何だぁ?プロミネンスさんかよぉ?悪いけど、今俺は忙しいんだ。」

リカブを掴みあげたまま、ウェルダーは答える。


「…"インフィニティ"を取り戻した」

「……ふぅん…?"インフィニティ"の事、知ってるんだな。

…それで?」


「"再教育"を実施する為に、一度撤退するぞ。」

「…今の俺は機嫌が悪いんだ。せめてコイツを殺すまで、待って貰いたいモンだがね。」

ウェルダーの笑顔が、露骨に陰りを見せた。

プロミネンスは気にしない様子で答える。

「…断る。魔王軍はお前の機嫌では動かない。魔王様の意志によってのみ動く物だ。」


「…チッ…アンタが"魔王様の意志"とか言っちゃうのかよ…。」


プロミネンスを横目で睨みつけつつ、ウェルダーはリカブを手放した。


ドサリと音を立てて、リカブは地面に倒れ込む。


「…分かった分かった。帰りゃいいんでしょ?やっぱり、"適合者"の威光ってのは羨ましいモンですねー…っと。」

そう捨て台詞を残し、村の出口へ向かうウェルダーの表情は笑顔ながら、その眉間には皺が集まっていた。



…街道の脇では、撤退するモンスター達を

戦士達の生き残りが見つめている。


…その中に、魔王軍への反撃を試みるものは誰一人として居なかった。



To be continued

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