第12.5幕・君がいなくなった日

その場所は、日常を象徴していた。


踏むと軋む程に古い廊下の床板。

校務員が交換して間も無い蛍光灯。

風化と復元が顔を覗かせるその先に、"いつもの場所"は構えられていた。


…立ち入り禁止を示すバリケードと、扉に貼り巡らされたテープを共にして……。



「…アレ?来てたんすか班長?」

毎日のように聞いていた声だ。


「…通谷、アンタも来てたのね。」




"ヨシヒコ君が、消えた。"




・ ・ ・


放課後、私は通谷と駅前のファミレスを訪れた。微かに電車の走行音が響いてくる。


平日だからか、人はあまり居ない。

店員も心做しか暇そうに見える。


「…外、明るいっすね。」

「ね。普段だったらまだ部活動中なのに…」



あの・・後私達は、顧問から活動禁止処分を受けた。旧理科室を吹っ飛ばした事…それに対する措置との事だった。


「すいませ〜ん、ドリンクバー2つと…あと、たらこスパゲティ1つで。」

通谷が店員に注文を入れている。


「まだ15時なのに、よく食えるわね…。てっきり私と同じく、ストレスで食欲を無くしててもおかしくないと思ってたのに…。」

「馬鹿言わないで下さい、ヤケ食いっすよ。」


通谷は若干不服そうに、メニュー表を戻しながら言った。


「ふん…"イメージデブ"がただのデブになるわよ。」

「何すか"イメージデブ"って…。」




「ねえ、通谷。」


店内には流行りのJ-popが流れている。


「…何すか、班長?」


店外からは踏切の警告音が響いてくる。

瞬きする内に、通りがかった電車の警笛が全ての音を上書きした。



「…ヨシヒコ君が行方不明になって、もう3日経つ…警察も本格的な捜索を開始したわ。」


「あー、ヨシヒコが心配だって言いたいんすね?」

通谷は何食わぬ表情で答えた。


 ――私はカッとなって、テーブルを殴りつけた。

卓上の食器類が揺れ、カチャリと音を立てる。


「そう言うアンタは……ヨシヒコ君が心配じゃないの!?」

私はそのまま怒鳴りつけた。


ふざけないで。ヨシヒコ君は私の…たった1人の後輩なのに…!

どうしてアンタは…そんな平然として居られるの…?


「あの…たらこスパゲティをお持ちしましたが…。」

横では店員が、通谷の注文を持って、気まずそうに立ち尽くしていた。


「あ、取り皿も1つお願いします。」

通谷は店員にそう言うと、再び私と目を合わせた。


「…心配に決まってるじゃないっすか。アイツは、たった1人の後輩なんすから…。」

通谷は私の目を見て、物悲しそうな表情で言った。

…私は、胸が苦しくなった。


「…ごめん、通谷…。」

「いっすよ。それより――」



「――ヨシヒコを最後に見たのは班長、アンタだったハズっす。

…ヨシヒコが居なくなった原因に、検討はついてるっすか?」

…通谷の質問に、私は喉元に針を向けられた気分になった。


「…分からない。」

…そう答えるしか無かった。

ヨシヒコ君は、あの実験を機に何の痕跡も残さず消えてしまったからだ。


…折角の新発見だったのに、嬉しさなんて欠片もない。

未知なる現象の正体を解き明かすのが、私の夢だったのに…。

大切な人が消えた原因すら、解明できないなんて…。



 ――情けない。

自分への強い怒りに気づいた瞬間、不意に目頭が熱くなった。


…涙が零れる。屈折してぐちゃぐちゃになった視界の先で、通谷と目が合った。


ホント…最悪。

コイツの前では泣かないって、決めてたのに…。


「 私は……班長失格よ…。 」




「…どうぞっす。」

通谷が何かを差し出してきた。


取り皿に乗ったスパゲティだ。


「…いらない。」

私は涙も拭わぬまま、スパゲティを突き返した。



「班長…アンタ最近、ストレスであんま食べてないんでしょ?アンタに倒れられちゃ困るっす。…だってアンタは…俺達の班長なんすから。」

…通谷は私の顔を覗き込んで、再びスパゲティに目線を落とした。

突き返したスパゲティが再度差し出される。


「それに…俺もヤケ食いで太るなんて馬鹿な真似はしたくないっす。利害の一致ってヤツっすよ。」


通谷はいつになく真剣な表情をしていた。

…私は、卓上のフォークを手に取った。



「…俺の考えなんすけど、ヨシヒコが消えた原因はあの実験だと思うんっす。」

「…私も同感。あの時、理科室の窓は施錠されてたし、アンタも入り口に立ってた…。ヨシヒコ君が学校から抜け出したとは考えにくい…なのに、ヨシヒコ君は痕跡すら残さず消えてしまったんだもの。他の原因は考えられないわ…。」


「…ひょっとして、瞬間移動でもしたとか?」

通谷は思いついたように言った。


そんな馬鹿な話…とも言い切れない。絶版のオカルトじみた科学読本…そしてそこに載っていた、前例の無い未知の実験…。

あの時起きた反応は、世界中の誰一人として知らない物だったのだから。

…何が起きたとしても不思議じゃない。



ただ、考察するだけでは真相には辿り着けない。


…ウジウジ考え込んでる暇は無い。

次に私がすべき事は…決まったんだ。



・ ・ ・



「お会計、1,780円になります。」

レジに立った店員が、丁寧な口調で言った。


「班長〜、ちょっと言いにくいんすけど〜…」

通谷が絶妙に気色悪い猫撫で声で話しかけてきた。

…なんだか嫌な予感がする。


「…何?通谷。」

私は眉を顰めつつ言った。


「実は今…持ち合わせが足りなくって〜、ホラ、最近の物価高騰で金欠でして〜、手元に100円しか無いんっすよ〜!班長、アンタもパスタ食ったっしょ?ココは奢――」

「通谷アンタ…最初からそれが目的で…!」

私は拳を握り、振り上げた。


「ひっ!?違うっすよ!ホントに今足りない事に気づいたんすよ!」

通谷が冷や汗を浮かべながら弁解しているが、多分嘘だろう。


「…今回だけよ。」

私は溜め息を吐きながら、財布を取り出した。


「あざっす、班長!いや〜、一つ借りが出来ちゃったっすね〜!次は俺に奢らせて下さいっす!」

「…別にいいわ。人のお金で食事をするのは好きじゃないし――」



「――借りがあるのは、私だって同じだもの。」

…私は、小声で呟いた。



「うん?何か言ったっすか?」

「何も。明日、旧第3理科室前に集合ね。」

私はガラス戸のハンドルを握りながら言った。


「班長の命令とあらば、了解っす!」

通谷は冗談っぽく敬礼をしながら答えた。


店の外に出ると、日が傾き始めていた。夕焼けと呼ぶ程ではない、まだ昼に近い日の位置だった。だけど私は無意識に、明日への展望を胸に抱いていた。



To Be Continued

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