第12幕・Traffic accident

薄暗い外壁と、黒鉄の扉…

そこに迫り来るは、1台のタクシーだった。


「おい、そこのタクシー、止まれ!」

額に角が生えたモンスター…もとい門番が、手元の槍を振ってタクシーを制止する。


タクシーは徐々に減速し、門番を前に停止した。

車窓がゆっくりと開き、運転席のやつれた中年が顔を出す。


「何だよ…普段はこんな検問紛いの事してねえだろ?さっさと駐車場に案内しろよ…。」

眉をひそめながらそう言う中年に、門番が答える。

「"資金調達部隊"の1人が、"勇者一行"を名乗る集団により殺害された。タクシーは奪われ、集団はカーナビを利用して城に接近しているとの事だ。」

「ハァ?マジで言ってんのか?ソイツも・・・・人間に擬態してたんだろ?それで負けるなんて話が…」

「盗聴を通じて明らかになった情報だ。身分証明が出来ない奴は誰一人通すなと命令を受けている。ホラ、さっさと擬態魔法を解け。」


門番の言葉と重なるように、中年の姿は徐々に変貌していく。頭部だけを覆っていた毛髪は顔全体に広がり、まるで獣のような姿へと成り果てていった。


「…ホラよ、コレで良いだろ?」

「うむ…確かに我が軍の者だな。通って良――」


その時、けたたましいエンジンの稼働音が一帯に響いた。


門番が音の鳴る方向に目を向けると、そこにはもう1台のタクシーの姿があった。



「…そこのタクシー、止まれ!」


門番が槍を振りながらタクシーの前へと歩み出る。


しかし、タクシーは減速する事無く、更に速度を増していく。


「おい!止まれと言っているだろ!止まれ!おいッ!!!ぶつかぁばッギャァアアアアアッ!!!」


必死の制止も虚しく、タクシーは門番を跳ね飛ばした。

タクシーのボンネットはへこみ、"既にボロボロの車体"は更に廃車へと近づいていく。



ボロボロのタクシーはそのまま扉に突進した。

まるで鐘を突いたような轟音が響き渡る。そこには歪んだ扉だけが残され、タクシーの姿は消え去っていた。


その場に唯一居合わせた、もう1台のタクシーの運転手は、焦った様子で通信機を手に取った。


「…こちら資金調達部隊!例の集団が奪ったと思しきタクシーが城内に侵入!ガラスが割れてボンネットが歪んだタクシーだ!繰り返す!勇者一行のタクシーが城内に侵入!運転手は――」


運転手は、跳ねられた門番が宙を舞う様を凝視したままそう叫んだ。


「侵入者を直ちに追跡するッ…!応援求む!!!」

運転手はタクシーを飛び出し、城内へ駆け込んだ。



…その一部始終を、離れた位置から傍観している者の姿があった。


「………作戦の第1段階は成功です。」

あっち・・・が上手くいく事を信じよう…。我々も突入するぞ、ヨシヒコ君。」


 ――ヨシヒコと、リカブであった。



・ ・ ・



「くっ…!」

リカブさんが盗聴器を窓の外へと放り投げた。盗聴器は若草の絨毯に沈んで消えていく。


その後リカブさんは扉を開けて車外へと飛び出し、無言で僕達を手招いた。


(そうか…車内にはまだ、他の盗聴器が隠されている可能性が…)

「えっ?外に出るんですか?」

…9万職員さんは何も察していない様子で呟いた。


「――9万職員さん!シーっ!!!」

僕は慌てて人差し指を立てた。

そのまま9万職員さんの手を引いて、車外へと飛び出す。


見慣れた黒いアスファルトではない、未舗装の土の道へと踏み出すと、少し青臭いそよ風が吹き抜けてきた。



「…済まない、2人共…!私が盗聴されている可能性を失念していたせいで…作戦が破綻してしまった…!」

タクシーから数十歩の位置、低木の日陰で、リカブさんは深々と頭を下げながら言った。


「そんな…リカブさんのせいじゃないですよ…!そもそも僕は盗聴器に気づくことすらできませんでしたし…ここまで来れたのもリカブさんのお陰ですから!」

僕は焦りながらも、リカブさんをフォローした。


「でも…どうします?私達が魔王城に向かってるってバレちゃったんですよね?」

9万職員さんが首を傾げながら呟いた。


「ああ…こうなっては、最も避けたかった魔王軍との正面衝突は免れない…。」

リカブさんは変わらず深刻な面持ちだ。



(折角勇者の肩書きを背負ったのだし…こういう時こそ僕が何とか出来れば…!)

ふとそんな考えが、僕の頭をよぎる。


が、僕は役に立てるのだろうか…。

魔王軍を正面から打ち破る力なんて、僕には到底無い。

それは先のモンスター運転手との戦いでも明らかだ。


…僕の"勇者の素質"って、何だったんだ…?


(「――自信を持っていいぞ。」)


…!

ふと、車内でのリカブさんの言葉がフラッシュバックしてきた。

"勇者として、自分が出来る事をやっていく"

…そう決めたばかりだったな。


考え方を変えよう。正面衝突以外の手は、まだ残されている…!



「…皆さん。」


「ん?どうした、ヨシヒコ君。」

「どうしました?勇者様?」

2人はほぼ同時に答えて、僕の方を向いた。



「僕に…作戦があるんです。決して安全とは言えない…いえ、むしろ危険な策ですが――」



「 ――聞いてくれますか? 」


「勿論だ!」「勿論です!」



・ ・ ・



「――白い髪の女だ!白い髪の女が運転するタクシーが城内に侵入した!」

すれ違ったタクシーを追いかけながら、モンスターは叫ぶ。



「勇者様…随分と大胆な策を考え出したものです…!」

ボロボロのタクシーの運転席…そこにあったのは、9万職員の姿だった。

その助手席、後部座席にも、同乗者の姿は見られない。


「だけどオールオッケー!です!何故なら私…一遍タクシーを運転してみたかったんですから〜!!!」

砂煙を巻き上げながら走行するタクシーの中で、9万職員は高らかに叫んだ。



・ ・ ・



…僕が提案した作戦は、"陽動作戦"だ。


恐らく、隠密作戦は魔王軍に知られてしまった。魔王軍は、侵入者への警戒を強めているだろう。


この作戦では、それを逆手に取る。


まず、魔王と交戦する2人と、囮役の1人に分かれる。


囮役は例のタクシーに乗り、一足早く魔王城に突入する。

…ここまで説明した段階で、何故か9万職員さんが囮役を買って出たのはさておき、奪われたタクシーと、それに乗って暴走する侵入者。これは魔王軍にとって無視できない存在だ。


だから――



「…城内に潜入してから2分経つが、1度も接敵していないぞ…!」

「何処かからエンジンの音が響いてきますね…9万職員さん、上手く敵を引き付けてくれているみたいです…!」


…僕とリカブさんは、囮に釣られて警備が手薄になっている隙を突いて、魔王の元へと急いでいた。


「あの…リカブさん。」

「…どうした?ヨシヒコ君。」


「こんな危険な作戦に乗ってくれて…いえ、巻き込んでしまって…ごめんなさい。」


…"僕に出来る事"。それを自分なりに考えた結果が、陽動作戦という危険な橋を渡る事だった。

それに、この橋を渡るのは僕だけではない。僕は…結果的に2人を危険な作戦に巻き込んでしまったのだ。


「気にするな。何故か率先して囮役になった9万はともかく…私は君を信頼しているからな。」

リカブさんはほとんど間を置かずに返答した。


「信頼って…僕達、一応昨日出会ったばかりなんですけど…。」

僕が困惑気味に返すと、リカブさんは笑みを浮かべた。


「…付き合いの長さは問題ではない。例え何年共に過ごしても、分かり合えない人間だって存在する…。君は、この世界の人類の為に戦うと決めてくれた。そんな君を、私は信頼すると決めた…それだけの事だ。」


…僕は、彼にすべきだったのは謝罪ではなく、感謝であると気づいた。


「リカブさん…ありがとうございます!」

そんな気づきと共に、僕はリカブさんへの感謝を口にしていた。



「どういたしまして…だ。さて、左の廊下にはタイヤ痕が無い…我々が向かう先はこっちで良いな、ヨシヒコ君?」

大きな窓から日光が差し込む廊下を疾走しながら、リカブさんは言った。


「9万職員さんには、"魔王を発見したらクラクションで合図"するように頼んであります…!まだ合図が無いという事は、魔王はきっと――」



・ ・ ・



「…クソッ!何だあの侵入者!?」

「まさか…たった1台のタクシー相手に第1小隊が壊滅するとは…!」


無数のモンスター達が、暴走するタクシーを追跡する。


「そこまでだ侵入者!お前の命は我等第2小隊がァァァァアアアアア!!!」


先回りし、立ちはだかる者の姿もあった。

しかし威勢の良い名乗り口上は、一瞬にして断末魔へと変わる。



「…タクシーの運転にも慣れてきました…!このまま全員薙ぎ倒していきますよ〜!うおおお!インド人を右に!」

9万職員は、ハンドルを素早く右に切った。



「…くそっ!このまま逃してなるものか…!」

あるモンスターが叫んだその時、もう1名のモンスターが後方から肩を叩いた。

「逃げれやしねえさ。なんせあの先は…」



・ ・ ・



 ――廊下を走り続けた先で、いかにもな扉を発見した。

青みがかった黒鉄で出来ており、両端に取り付けられた松明には、紫の炎が怪しく灯っている。


「この部屋…怪しいですね。」

「9万が時間を稼いでる内に…進むぞ!」


リカブさんが全身で扉にぶち当たった。

しかし、扉はビクともしない。


「くっ…こうなったらロケット砲を…!」


リカブさんの物騒な発言が耳についたが…僕は一旦冷静になって、扉に力を加えてみる。


…やはりビクともしない。が、ふと妙な違和感を感じた。まるで扉が滑るような…


「…リカブさん、多分コレ、引き戸です…。」

「こっ…このデザインでか…!?」

リカブさんは呆気に取られた様子を見せつつも、素早く扉の隙間に手を差し込んだ。


僕も彼に倣って扉に触れる。


「…せーので開くぞ。」

「…はい!」


「「 せーのっ!!! 」」


息を合わせて扉を外側へ押し出す。

2枚の扉が滑るように離れていく。


…扉の先に隠されていた、薄暗い空間が姿を見せる。


僕達はすかさず、暗闇へと続くカーペットに足を踏み出した。





「…成程。仲間を囮にして警備をすり抜けるとは…」



「…賢い馬鹿だな…お前達は。」


…ふと暗闇の先から声がした。

立ち止まって顔を上げると、そこには長い石段と……


…巨体と冷たい瞳を持つ、モンスターの姿があった。



「…お前が魔王か?」

リカブさんは、続く石段の上に立つモンスターを睨みつけて言った。


「…そうだ…私が魔王だ…!

それでどうする?私を殺そうとでも言うのか?」

…魔王を名乗ったモンスターは、リカブさんを見下ろしながらそう答えた。


「ああ、お前を…人類の平和の為に討伐するッ!」

リカブさんは、手元の大剣を魔王に向けて叫んだ。


「ふっ…勇者よ、自分が置かれている状況を――」

「勇者は隣にいる彼だ。」

…魔王の言葉を、リカブさんが躊躇なく遮った。


「ど…どうも、勇者です。」

…つい緊張で、丁寧に自己紹介をしてしまった。


「あっ…」

魔王は気まずそうに咳払いをし、少し間を置いて叫んだ。

「…勇者よ、気づいているか!囮を務めていたお前の仲間が、今どんな状況にあるかをな――!」


「状況…?まさか…!」

…僕は気づいてしまった。


さっきまで微かに響いていた、エンジン音が止まっている。


直後、壁の奥から声が響いてきた。


「うわーん!行き止まりがあるなんて聞いてませんよー!」

(…9万職員さん!?)


「…おい、魔王!私の仲間に何をした!!!」

リカブさんの怒声が空間に反響する。


「ふっ…部下が行き止まりに追い込んだだけだ…。仲間を嬲り殺しにした次はお前達だ…!」


(9万職員さんが追い詰められている…このままじゃ…彼女は…!)

…自分の提案した作戦が、失敗に向かっている。仲間の首を絞めている…。その事実を認識した瞬間、全身から冷や汗が吹き出してきた。


「…だが、1つだけ…助かる手段を与えてやろう。」

…僕の焦りを悟ったのか否か、明瞭ではないが、魔王が僕に語りかけてきた。


「…お前達、私の仲間になれ。そうすれば、一生の安泰を保証してやろう。」

…魔王は一転して、優しい声色で僕達に提案を投げかけた。


「ふざけるな…!人命を弄ぶ邪悪に与するなど、断じて――」

「…特に勇者、お前だ。」

魔王はリカブさんの怒りなど気にも留めず、僕の方を見た。


「僕だって…?」

「そうだ。お前の"勇者"という肩書きが偽物でないのなら…お前が我々に与した時、一国の支配権すらくれてやってもいいのだぞ…。」

魔王は口角を吊り上げて言った。


「一国の支配権、か…。」




「…そんなんじゃ全然足りないな…。交渉しよう、魔王。」

「ヨシヒコ君!?乗るな!」


隣のリカブさんが焦った様子を見せる。


…ごめん、リカブさん。僕のやる事は…決まった。





…時間稼ぎだ…!



「…いっ…一国の支配権なんてケチな事言わずに、世界の半分をくれ!そ…そしたら仲間になってもいいぞ…!」


僕は緊張を押し殺して、魔王に叫びかけた。

それと同時に、瞬きでリカブさんに合図をする。


「…世界の半分…だと!?なんと強欲な…それは私の一存では決めかねる――」

魔王が俯いて考え込む様子を見せた…


今がチャンスだ…!リカブさん…!


「――ディメンション・オーダーッ!」

リカブさんはロケット砲を取り出し、すかさず発射した。


砲弾は魔王めがけて…いや――


大きく逸れて、壁へと直撃する。


炎と黒煙が巻き上がり、壁の一部が瓦礫となって崩れ落ちる。



「……!?…何かと思ったが…不意打ちのつもりかァ!?だが残念だったな!お前達は…もう少し冷静になるべきだったのだ――」

不意打ちに気付いた魔王が、挑発じみた言葉を口にした。


…その時。


「やった〜!行き止まりに道が出来ました〜!」

「……えっ?」


ロケット砲が直撃した壁の中から…声がした。

次の瞬間、"ボロボロのタクシー"が黒煙をぶち破り、現れる。


タクシーは宙を舞い、魔王目掛けて……!



「声の位置から推測した通りだ…!」

「一か八かの賭けでしたが…この魔王の間と9万職員さんが追い込まれた行き止まりは、1枚の壁に隔てられて隣り合っていたんです…!」


僕とリカブさんは、控えめに拳タッチをした。



「――嘘だァァァァアアアアッ!!!」

必死の叫びも虚しく、タクシーは魔王に激突する。


直後、魔王の身体は塵のような物に変わり、跪くようにして崩れていった。



「…おい、侵入者はどこに…」

「分からん、急に壁が爆発して…」

「なあ、アレ魔王様じゃね…?」

「………死んでね?」


「「「 逃げるぞ!!! 」」」



…崩れた壁の先で、モンスター達が逃げ去っていく様子が視界に入った。


「……やったぞ…!魔王討伐成功だ…!」

リカブさんが拳を振り上げて叫んだ。


「なんか意外とあっさりでしたけど…僕達人類を救ったんですよね!?」

僕もリカブさんに続いて拳を振り上げる。


…タクシーを見ると、9万職員さんが扉を開けて飛び出してきていた。


「…おめでとうございます!勇者様!これで世界は平和になる事でしょうね…!」

彼女は僕の元に駆け寄ると、僕の両手を掴んで飛び跳ね始めた。


「ありがとうございます…!これで、勇者の使命は果たされたんですね…!

…魔王討伐の報酬が出たら…お二人にもお礼をさせて下さい!」


「あっ、勇者様…その事なんですが…

勇者はボランティアのようなものでして…特に報酬などは与えられないんです…。」

「えっ?」


…聞き間違いか?いや、確かに"報酬は無い"と言われたような…


「あと、魔王討伐が済んだので…失業です。」

「えっ???」



「さ〜て!用も済んだし村に帰るとするか!」

リカブさんが伸びをしながら歩き出している。


「ちょちょちょ…ちょっと待って下さい!じゃあ僕は…結局無一文で異世界を放浪し続けなきゃいけないんですか!?」

「何、その心配は無いさ。私の家に住めばいい。」

リカブさんは欠伸をしながらそう答えた。


「そういう事じゃないんですけど……

……とりあえず、ありがとうございます。」




…こうして僕達の魔王討伐の旅は、あっさり終わりを迎えた。何だか煮え切らない気分だが…とりあえず、村に帰るとしよう…。



To Be Continued

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