第4話 仲間
王都に着いたのは、村を出てから3日後だった。
馬車に揺られながら、俺は初めて見る景色に圧倒されていた。
石造りの巨大な城壁。空高くそびえる塔。行き交う人々の数は、村の何百倍もいる。
「すごい……」
思わず呟いた。
こんな場所が、世界にあったのか。
だが、浮かれている余裕はなかった。
俺はこれから、魔王を倒しに行く。
その重圧が、胸にのしかかっていた。
馬車は王城の裏手にある訓練場へと向かった。広大な敷地に、剣を振る兵士たちの姿が見える。金属がぶつかり合う音。怒号。そして――魔法の光。
炎が空中で爆発し、氷の槍が的に突き刺さる。
(魔法……)
村では見たことがなかった。
この世界には、剣と魔法がある。
俺はその事実を、今ようやく実感していた。
「降りてください」
老兵士に促され、俺は馬車を降りた。
訓練場の中央に、一人の男が立っていた。
筋骨隆々とした体。顔には無数の傷。片目に眼帯をつけている。
「こいつが、新しい勇者か」
男は俺を見て、鼻を鳴らした。
「ずいぶんと頼りなさそうだな」
「教官ドラン。彼がアレン殿です」
老兵士が紹介する。
ドランと呼ばれた男は、俺の前に立った。
「剣を握ったことは?」
「い、いえ……」
「魔法は?」
「使えません」
「戦闘経験は?」
「……ないです」
ドランは深くため息をついた。
「前の勇者、ライゼルはな……」
ドランは一瞬、言葉を選ぶように黙った。
「教える必要がなかった。剣も魔法も、“聞く前にやっていた”」
その名前を聞いて、俺の胸が痛んだ。
「だがお前は……まあ、仕方ないか」
ドランは剣を俺に投げた。
「掴め」
反射的に受け取る。
重い。だが、村で持たされた剣よりは軽い。
「素振りをしてみろ」
「え……?」
「いいから、やれ」
俺は剣を構えた。
どう振ればいいのか分からない。
だが、体が勝手に動いた。
剣を振り下ろす。
風を切る音。
「……ほう」
ドランの目が、わずかに細められた。
「悪くない。勇者に選ばれるだけのことはあるか」
「え……?」
「お前には才能がある。ライゼルには遠く及ばないがな」
ドランは腕を組んだ。
「だが時間がない。魔王軍の動きが活発化している。お前には、1週間しか与えられない」
「1週間……?」
「基礎を叩き込む。後は実戦で学べ」
そう言って、ドランは背を向けた。
「明日から地獄を見せてやる。覚悟しておけ」
その日から、訓練が始まった。
朝から晩まで、剣を振り続けた。
筋肉が悲鳴を上げる。手のひらが血で滲む。
だが、不思議と体は動いた。
剣の扱い方。足の運び方。呼吸の仕方。
全てが、少しずつ身についていく。
(……きっと同じだ)
(ライゼル様も、最初はこうだったんだ)
それでも、ライゼルには遠く及ばない。
ドランは何度も言った。
その言葉が、俺の心に突き刺さった。
(俺は、ライゼル様にはなれない)
それでも、俺は剣を振り続けた。
7日目の夕方。
ドランが俺を呼んだ。
「アレン。お前の仲間を紹介する」
訓練場の隅に、3人の人影が立っていた。
一人は、赤茶色の短髪の女性。鋭い目つきで、背中には巨大な大剣を背負っている。腕には無数の傷跡。筋肉質な体つきで、荒々しい雰囲気を纏っていた。
一人は、黒髪の青年。整った顔立ちで、腰には双剣を差している。冷たい印象だが、どこか静かな強さを感じさせる。
一人は、髭を蓄えた小柄な男性。穏やかな笑顔で、手には長い杖を持っている。年齢はこの中では一番上だろうか。
「こいつらが、お前のパーティメンバーだ」
ドランが言った。
「自己紹介しろ」
赤茶色の髪の女性が、一歩前に出た。
「ヴェラだ」
低い声。
そして、俺を睨みつけた。
「こんなやつが勇者なのか……」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「私の足だけは引っ張らないでくれ」
ヴェラはそう言い捨てると、踵を返して歩き去った。
「お、おい……!」
だが彼女は振り返らなかった。
残された俺は、呆然と立ち尽くした。
「すみませんね、勇者様」
髭の男性が、困ったように笑った。
「彼女は……少し、荒っぽいんです」
「いえ……」
「私はエドガーと申します。よろしくお願いします」
エドガーは丁寧に頭を下げた。
「ヴェラのことですが……彼女は幼い頃、兄弟を魔族に殺されたんです」
「……!」
「それ以来、彼女は魔族を憎んでいます。勇者パーティに選ばれたと聞いた日から、ずっとこの日を待っていたんです」
エドガーは悲しそうに目を伏せた。
「だから、少し……焦っているんでしょう」
俺は、何も言えなかった。
(兄弟を、殺された……)
ガロンの妹、レナのことを思い出した。
彼女も、ライゼルと共に旅立って、死んだ。
そして今、ヴェラの兄弟も。
魔族は、多くのものを奪っていく。
「あの……君の名前は?」
俺は、黒髪の青年に声をかけた。
青年は、無表情で答えた。
「レイン」
それだけ。その声に、なぜか胸の奥がざらついた。
「え、えっと……よろしく」
「……ああ」
短い返事。
それ以上、何も言わない。
エドガーが困ったように笑った。
「ハハハ……レインは、無口なんです」
「そう、なんですか……」
俺は頭を抱えたくなった。
(こいつらと……旅をするのか……?)
一人は最初から敵意を向けてくる。
一人は全く喋らない。
一人だけが、まともに話してくれる。
(大丈夫なのか、これ……?)
不安しかなかった。
ドランが言った。
「明日、お前たちは出発する」
「明日……ですか?」
「ああ。もう時間がない。魔王軍は日に日に南下している。早く討伐せねばならん」
ドランは俺の肩に手を置いた。
「アレン。お前はライゼルのような天才ではない」
その言葉が、胸に刺さった。
「だが、お前には仲間がいる。一人で戦うな。共に戦え」
「……はい」
「生きて帰ってこい」
ドランはそう言って、去っていった。
その夜、俺は一人で剣を握っていた。
明日から、旅が始まる。
ヴェラ。レイン。エドガー。
この3人と、俺は魔王討伐へ向かう。
(生きて、帰れるのか……?)
不安はある。
ライゼルは、帰ってこなかった。
仲間も、全員死んだ。
だが、それでも――
ライゼル様が見てしまった世界を、俺は見たい。
(あの人が、なぜ魔王を殺さなかったのか)
(なぜ、死を選んだのか)
(その答えを、必ず見つける)
剣を握る手に、力が入った。
もう、逃げられない。
そして、逃げたくもなかった。
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