時給850円の魔術師
春日遥
安時給はつらいよ
ぽつり、またぽつり、とアスファルトにほんの一瞬小さなシミができては消えていく。
秋から冬へと移り変わりゆく世界は、冷たい雫たちによって少しずつ灰色に染められていくようだ。
「雨、か」
バッグの中から取り出した折りたたみ傘を開きながら、憂鬱な気分に浸る。
「バイト行きたくねえ……」
ただでさえ安時給でブラックな勤務先である。普通の人なら多分秒で辞めるだろう。それでも俺、
「絶対
師匠兼雇い主の魔術師、
「あ、優也くん!! 待ってたy……ぐふぅ」
ぐふぅ、というのは俺に駆け寄りながら何もないところでコケて頭をぶつけた痛みから出ているらしい。
……そう、師匠は超がつくほどド天然なドジっ子なのだ。人使いは荒いし、悪気はないのもたちが悪いが。正直危なっかしくて一人になど到底できない。
今どきの最低賃金にひっかかる時給でも。めちゃくちゃいいようにこき使われても。何となくほっとけないんである。
そして、俺の他に弟子も付き人もいない。お願いだから人を増やしてくれ、と進言したこともあるが、
「なんで? 優也くんがいたら充分だし、2人も雇うお金ないもん」
思いっきり却下された。
世界一の魔術師のくせして金がないとかどういうことなんだ?!ケチか?!ケチなのか??!
そんなこんなでもう5年になるだろうか。
キツイ辞めたいといいつつもなんだかんだずるずる続けている。
「で、今日の依頼は何です?」
擦りむいた膝を治癒しながら半べそをかく師匠に尋ねる。いい年した大人が膝擦りむいて半べそかくなよ……。
「えっと……蘇生魔法を完成させてほしい、って。基礎理論はできたけど、完成までの一押しが足りないから手伝ってほしいんだって」
まてまてまてまて。
生死に関わる魔法の研究は一般的に禁止されているはずだ。なぜなら、術の開発自体にも命が関わるからだ。失敗すれば自らの命を失うことになるかもしれないのに。
「……それ、依頼者やべえ奴かどっかの国の国家機関とかですかね……」
「まあそんなとこだね。やべえ奴ではないから安心して」
いくら国家機関系の依頼主だったとしたって安心できるわけあるかっ!!!
心の中で全力でツッコむも、一度受けたら必ず依頼を遂行する師匠だ。今さら俺が言っても聞くわけないのだ。
渋々実験の準備をする。
必要な魔導素材の種類と量の計測、被検体のラット(の死体)の周りに適切な魔法陣や機器の配置。どれ一つとっても少しのズレも許されない。
全ての準備が終わって、実験が始まった。
師匠が事前資料の基礎理論の通りに魔力を練っていく。
様々な属性のマナが師匠の魔力に織り込まれていくのが視認できるが、ほかの単一属性魔法と違ってカラフルだ。
虹みたいで綺麗だな、等と月並みな感想を抱いていると。
練りに練られた巨大な魔法力が、暴走したのかこちらに向かってくる!
「優也くん!! 危ない!!」
暴走する力が俺に向かうのを見て、集中が一瞬逸れた師匠に、俺は。
「馬鹿野郎!! 集中しろ!!」
!!!
選ぶ余裕もなかったその言葉で師匠は慌てて全集中する。
暴走した力は俺から師匠へと矛先を変え。
「いっけーーーー!!」
持てる力を全身から絞り出した師匠がその力をねじ伏せ、術式へと昇華させた!!
被検体へと向かった力はそのまま光の渦になって吸収されていき。
「……いけたかな……」
被検体に変化はない。失敗したのか。
「師匠!! 何やってんですか!!」
「だって……あのままだと優也くんが……!!」
「俺の事くらいで集中途切れるなら、そんな命に関わる依頼受けないでくださいよ!! 下手したら二人とも死んでましたよ?!」
「……ごめん」
しゅんとする師匠に、俺はまだまだ言い募る。
「俺が死ぬのは置いておいて!!
気がついたら師匠を抱き締めていた。
「だって!! 優也くんのいない世界なんて生きていける気しないんだもん!!」
泣きながらしがみついてくる
自然と近づいた互いの唇が触れるかと思ったその時。
「チュウ」
!!
被検体のラットが放った鳴き声に、慌てて師匠から離れる。
「成功してる?!」
「やったー!! 今まで誰も成功し得なかった偉業だよ!! 歴史の1ページを刻んだね!!」
浮かれる師匠に、
「頼むからもう、こんな危険な依頼は受けないでください!! お願いします!!」
俺は懇願した。
「……うん、分かった!」
そう言うと俺のおでこに唇を当て。
「嫌だもんね。優也くんと一緒に生きられなくなるのは」
そう言って何事もなく実験の後処理を始めた。
――そっか、俺はこの人のことが好きなのか
そして、彼女も。
今さらといえば今さらだが、初めて自覚した想いに戸惑いながら、いつもの日常に戻っていく。
俺達の師弟&雇用関係に、新たな関係性が加わるのも遠くない、のかもしれない――
〜完〜
時給850円の魔術師 春日遥 @kanata-fanks
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