1-06『禁術』
ゲーム『Cross Lord』シリーズにおける四大術。
だがこの中で、最後の《
実際、アロルドの登場する第一作目の時系列では、
特殊とされる理由はふたつ。
ひとつは、厳密なことを言えば
この術はほかの三つ――
通常、これらは全て単一の術だ。まったく違う原理で発動されており、混ざること自体があり得ない。その無理を通しているがゆえの
ただ、こちらは別に問題がない。
ふたり以上の人間が互いの術を混ぜ合わせ、ある種の合体技として成立させること自体はよくあることだ。
厳密な区分上は
問題はふたつ目の理由だ。
それは
それを他者に肩代わりさせて、ごくわずかなオドの消費だけで高い術的効果を得る行為もまた《
なにせ悪用法はいくらでもある。
術の使用によって生命力やオドはいくらでも減少するため、ただ術を使わせ続けるだけでも、結果的に人間を殺すことができてしまう。
そうでなくとも、他人を一発限りの大技のリソースとして消費可能な
だが今回は、その特性が鍵を握っていた。
俺が
今ここで彼女を救うには、それ以外の方法がないと思う。
一度、ヤミを経由させる理由は、単純に少女に意識がないからだ。いかに
抵抗する人間を
洗脳状態だとか、根本的に実力差があるといった要因がない限り、抵抗する相手に
ゆえに今回は、少女のオドを一度、ヤミに移し替えてから
使用する
触れた者を無条件に癒す回復術。これで少女の体内の薬品を抜き、同時に体を治すことが目的だ。
「早めに準備をしよう」
言って、俺は自分の親指の腹を歯で噛み千切った。
思ったより深く食い込んでしまい、予想以上の血が指先から流れ出てくる。
「あっ、
「急に情けないことを言わないでください」
「す、すんません」
自身のメイドに謝罪させられてしまう間抜けな主がそこにいた。
おかしい。俺の知る限り、原作のヤミは主人のアロルドに一切逆らわない、とても従順なメイドであったはずなのだが。なぜこんなに早く威厳が消えてしまうのか。
いや、指を噛み切って血文字を描くみたいなシーン、アニメやマンガなら割とよくあるじゃん……? だからやったんだけど、冷静に考えれば普通にそら痛いわな。
ともあれ親指を血に濡らし、それから俺は従者の少女に視線を向けて。
「ヤミ、手を出してくれ。俺の血で印を刻んでオドの通り道を繋ぐ」
「それなら、手ではなくこちらがよろしいかと」
「――!?」
言いながら近づいてきたヤミは、なぜかメイド服の胸元のボタンを外し始めた。
思わずのけぞる俺だが、対するヤミは胸の上までを露わにしながら。
「オドの貯蔵庫は心臓です。印はこの位置に描くのが最も適切かと」
「いや、……まあ、それはそう、なん、だけど。でも、……いや、わかった」
確かに言っていることは正しかった。
ただの冥術ならともかく、混術として扱う場合は失敗が致命的になる。失敗の際のフィードバックが命に係わるのが混術の特徴だ。
たとえば、――原作でのアロルドがその暴走で自滅したように。
成功率は上げられる限り上げるべきだ。
そう覚悟して、改めて前を向くが――やっぱりちょっと抵抗感はあった。
ボタンを外して胸元の白い肌を露わにするヤミ。見えているのはあくまで乳房の上部分までで、下着もつけているから、まあギリギリセーフという説はあるけれど。
それでも、豊満とは言えないまでも確かに膨らみのある胸の谷間に、指を突っ込む行為には勇気を要した。
「アロルド様?」
疑問するような視線が、上目遣いに向けられる。
「もしや……照れているのですか?」
「な、何を言うかね。そんな、こんなときに。そんなわけないじゃないですか」
「…………」
じゃあさっさとやれよ、という視線が突き刺さっている気がしてならなかった。
いや被害妄想かな? わからん。ヤミの表情にはまったく変化がない。
ええい、躊躇うな俺。少なくとも元のアロルドなら絶対に躊躇ってない部分だ。
まあ元のアロルドならそもそもこんなことしないだろうけど、やっちゃったもんは仕方がないと、たいてい相場は決まっている――!
「描くぞ」
「ん……っ」
赤い親指で、ヤミの胸に二本の線を描く。
わずかに漏れたヤミの吐息は、聞こえなかった振りをした。
描く印は《乂》の形。直線ではなく微妙な曲線で構成される斜め十字――この世界では
これが
はだけた胸元に
「描けたぞ。仕舞っていい」
「いえ、このままで問題ありません」
なんでだよ。俺にあるっつってんだけども。
などとは言えず、ヤミも何ごともないかのように続けて。
「そちらの少女にも」
「……そうだな。すまん、ちょっとだけ服を脱がすぞ」
ヤミから視線を切り、ベッドの少女に向き直って薄い色の服を緩める。
彼女の胸元にも
――ここまでで、俺にできる事前準備は実質終わっている。
そう、問題はここから。ここまでの準備には実際、大した意味などない。
最大のハードルは、いかにして
なぜなら俺は――混術によって冥術の発動を強制する方法など知らないのだから。
だって、原作にそんな描写はない。それが可能だという設定だけは知っていても、肝心の方法を俺は知らなかった。
さきほど自分に対して回復術を使えたことは偶然と言っていい。
初めての術として《
だが今回はお手本がない上に方法そのものが不明だ。
他者に術を強制させるタイプの混術は基本的に悪役側が使う術であり、使っている描写が主人公視点でほとんどない。多少はあるけれど、誰かに《
まして術自体の難易度も初級とはとても言えない領域。
勢い任せに始めたはいいが、成功させる自信なんてまったくなかった。
「――やるぞ」
それでも宣言する。
目の前の光景を見過ごすなと叫ぶ、心の裡からの声に従い。
ゲームと現実を、ごっちゃにしていこう。
「まずこの子の体内のオドをヤミに移す」
「いつでも」
頷くヤミ。まずは第一段階、オドの移植だ。
これは方法を知っている。原作にも実際にスキルとして存在するからだ。
冥術《
本来は敵の
もし俺がもっと混術に長けていれば必要なかった行程だろうが、今の俺には知識も経験もまるで足りない。するべきことは、なるべく簡略化してひとつずつ、だ。
少なくとも詠唱する聖句なら完璧に記憶している――。
「《
聖句は常に二重だ。実際に発音する言葉と別に、思い浮かべる言葉がある。
前者が自己暗示ならば後者が祈りだ。言葉に出して己を奮わせ、心に念じて神へと捧げる。そのふたつが合わさることで冥術として成立する。
この術はオドを奪うだけで、奪ったオドは虚空に消えることになる――つまり吸収して回復するようなことはできない――が、今回は無理やりヤミに移し替える。
今回は血で描いた
「――よし!」
果たして、オドの移送は上手くいきそうだ。
わずかに見える白い光。それが眠る少女とヤミの胸元にふたつ灯っていた。
ここから先は感覚だが、屋敷で二度使ったときの記憶を引っ張り出して適量分だけオドを入れ替える。溢れ出すような少女のオドを、傍に立っているヤミの下へ。
たとえるなら、目に見えない細い糸に、水を伝わせるような繊細な操作。
「できてる、はず……! ヤミは大丈夫か!?」
「……っ、問題、ありません。耐えられます……!」
「悪いな、少しだけ我慢してくれよ」
小さく告げる。早く済ませなければ、少女だけではなくヤミにも負担をかける。
他人のオドは基本的にそうそう馴染まない。
奪うだけで済むなら楽だったが、今回はそれではダメだ。少女の体は治らないし、少女自身のオドを使わなければ回復のための冥術にも耐えられない。
けれど問題はここから。ここまでは結局のところ、通常の冥術の範疇である。
そう、問題は――より難易度の高い混術を、俺が使えるかどうかにかかっている。
ここからは手本が存在しない。
その上で必要なのは冥術の《聖句》を混術用に改変すること。
《
これが冥術《
だが、これをそのまま詠唱したところで混術にはならない。
それは冥術だ。当たり前だが。自分のオドを使って発動するだけになる。もう少し少女に体力が残っていればそれでもよかったが、今の彼女に俺のオドは渡せない。
あくまで彼女自身のオドを使って、彼女を癒す必要があるのだ。
「思い出せ、思い出せ……!」
自分にある全ての『Cross Lord』シリーズの設定に脳内で検索をかける。
本編の描写はもちろん、設定資料集、ゲーム内TIPSからセリフだけで匂わされた裏設定の解釈。ゲーム外の制作ブログや制作者のSNS発言、雑誌インタビュー限定記事。あるいはファンが作った考察記事や解説動画に至るまで――。
およそ世に出回った設定なら全て網羅した自信がある。
厳密には語られていない、多くの裏設定を考察してきた自負もある。
これまで、それらは単なるエンタメだった。
なんの義務でもない。そういうことを知って考えるのが楽しかっただけ。
だが今は、――その知識に人間の命が懸かっている。
「術に必要なのは詠唱だ。冥術の特徴を持った詠唱を混術の特徴に創作し直す」
すなわち、冥術を混術の形に二次創作する。
冥術詠唱――聖句の特徴は、二重であり、詩的であり、基本的にヒトの善性に沿う内容が多く、また祈りを兼ねていることが多い。光や自然、聖なること、友愛や隣人愛、恋人への想いを謳う語彙が多く、それからなぜか時間帯に纏わるワードが多い。
その中で、術の発動に絶対必要なワードをまずは特定する。
詠唱は《最も自然なカタチ》に整えられているだけで、いくつかあるキーワードを外さなければ術としては成立する。つまり、多少の言い換えは許容範囲なのだ。
実際、詠唱をオリジナルにアレンジするキャラクターは、原作の仲間パーティにも何人かいた。バトル時のボイスが、同じ術でも微妙に違ったりするような感じだ。
それよりだいぶ高度だが――ともあれ《言い換え》は範囲次第で術を邪魔しない。
幸い、この術は特別だ。
さきほど発動するときに思い浮かべた、例のあの名シーンがある。
シリーズ2作目。時系列で言うと
アロルドのいる現代で支配的になった教会が、まだ成立する以前――勇者と聖女の物語を描いた作品の名シーンだ。
時刻は夜明け。夜通し聖女を守って逃げ続けた勇者がついに倒れたとき、ほとんど廃屋のような小屋の中で、初めて回復の冥術を成功させる。
破れた屋根から朝日が差し込んできて、涙ながらに術を使う聖女の横で、主人公である勇者が目を覚ます。息を取り戻す勇者と、安堵の吐息を漏らす聖女。
まさに詠唱の内容そのままのシーンだ。
別にそのシーンを詩にした聖句ではないのだが、内容的にはドンピシャだ。たぶん制作サイドも意図して被せている。
つまり設定上では無関係だが、制作的にはこのシーンのことだと思っていい。
ならば参考にできる。このシーンで重要なファクターだけを抜き出し、その語彙を保ったままで――詠唱を命令形に書き換える。
そしてその上で、今の自分自身に投影する――。
すなわち。
「――《
遠い、おそらくは決して辿り着くことのなかった世界に来たこと。
それでもその世界を、物語を通して見てきたこと。
その知識が、ほんの少しでいい、目の前で傷つく少女の助けになれと祈って――。
オリジナルの詠唱を、ここに結ぶ。
「――《
誰でもなく己に言い聞かせる言葉。それができると信じさせる自己暗示。
根底の意味を変えず、けれど違う表現で、ニュアンスだけを変えて――さらに己の身に照らし合わせる。そうすることで、初めて《混術》の詠唱として成立する。
手応えは、特別な何かがあったというわけじゃない。
ただわかったのは――明らかに自分の中から何かの力が抜けた感触だ。
「――くぅ――!?」
酷い脱力感と、膝を折るような酩酊感。己の肉体からオドが抜ける感覚に、まさか失敗したのかと俺は内心、一瞬だけ焦ってしまった。
だが直後、気の緩みを叱咤するかのように鋭く声がひとつ響く。
「気を抜かない!」
「――ッ!?」
「術は成立しています! ――落ち着いて、アロルド様」
「わ、わかった……!」
頷き、そして心を平静に保つ。
そうだ。考えてみれば混術だろうと術を使っている時点でオドは消費する。それを最小限にとどめて、他人に大半を肩代わりさせるのが混術の利点だが、俺の実力ではまだまだ無駄が多かっただけ。自分のオドを消費しているのは単にそのせいだ。
だがそれは、裏を返せば確かに成功した証。
改めて気を取り直し、意識を術の制御に集中させる。
それは全身から抜けていく力を、どこかの虚空で押し留めるのに似た、かつて体験したことのない奇妙な精神労働だった。体から零れた元気を、そのまま手も触れずに捏ねて丸く固めるような――そんな不可思議な感覚。
だが確かにその成果は、白く淡い光を放つヤミの右手が証明している。
ベッドの傍らに立ったヤミが、術の成立した手でそっと優しく少女の胸に触れる。
「――っ、う、ぁ……ああああぁぁぁぁぁ……っ!?」
苦悶する声が少女から響いた。
やはり俺の制御力では、どうしても回復の反動による痛みを抑え切れない。
だがもう、できることはやった――やっている。
あとはもう祈ることしかできない。
「悪い、耐えてくれ。頼む……! がんばれ……!」
鼓動の高鳴る心臓を胸の上から強く押さえ、祈りに似た願いを口にした。
確かに混術は成立した。ヤミに使わせる――という使役の形での冥術の行使。
紛れもない混術――禁じられた術の成立だった。
「うっ、ぁ……うぅ、くっ……あ、っああぁあぁぁぁ……っ」
「がんばれ。がんばってくれ……っ!」
ベッドの上でほんのわずかに身悶えして、蠢くように少女は苦痛と戦う。
あとはもう、彼女が持ち直すことを信じるしかない。これでダメなら俺がトドメを刺したようなものだが、そのリスクを背負ってでも、手を伸ばしたい場所があった。
だから祈る。
届けと祈る。
そのために必要な努力なら、できる限りは背負ったはずだと――!
「――――――――」
やがて、それから、音もなく光が収まった。
気を失ったままの少女は今、荒れた息を整えながらも仰向けに鼓動を繰り返す。
俺は何も言えず、ただ傍にいるヤミの背中をそっと見守った。
やがてメイドの少女は、こちらを静かに振り返ると、途端に合った俺の視線に気がついて――それから本当に珍しく、初めて見るような柔らかい笑みを浮かべて。
「成功です、アロルド様。……彼女は助けられるかと」
「そ、そうか。……よかったあ……っ」
息をつき、それから俺は脱力して、思わずその場に屈み込んだ。
設定厨でもさすがにやったことはなかった、聖句の自己改変による混術の成立。
そんな離れ業が成功できたことに――今さら嬉しさと安堵が込み上がる。
「……よかった」
もう一度、同じ言葉を俺は零した。
ほっと息をつき、思った以上の疲労を自覚して、俺は自然と、立ち上がるのを少しだけ後回しにしようと、自分なりのがんばりへ些細な報酬を払おうとして――。
「――危ない、アロルド様!」
「え?」
その直後。
奥のベッドにいたもうひとりの少女が、こちらに飛びかかってくるのを目にした。
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