第6話 洞窟へ――空島に隠された異質なるもの


 アルの家を出ると、空は次第に曇り始めていた。

 雲が厚く重なり、光が島を覆い隠すように落ちてくる。雷が鳴るわけでもない。ただ空が、静かに、重たく沈んでいる。


 まるで――これから起こることを予兆するようだった。


「洞窟は島の北側だ。普段は誰も近づかない場所だよ」


 アルの言葉に、ユーロとエルーは黙って頷く。

 三人は足音を揃えるようにして歩き出した。


 森を抜け、岩だらけの地帯へ入る。

 島の北側は風が強く、草もほとんど生えていない。天族が使っていた古い施設の名残らしきものも、ただの崩れた石として転がっていた。


「こんな場所……初めて来るな」


「島の人間でも、あまり近づかない場所だからね。

 昔、この辺りで何人も落石事故に遭ったから、危険区域として扱われている」


「……先生はどうして知ってるんだ?」


 ユーロの問いに、アルはわずかに目を細めて笑った。


「私は好奇心が強いんだよ。誰も来ない場所には、何かしら“理由”がある。

 ……それを突き止めるのが好きでね」


 その言い回しは穏やかだが、どこか含みがあった。

 エルーは小さく眉を寄せる。


(この人……本当に、ただの医者なのかしら……)


 だが、疑う理由はどこにもなかった。

 ユーロが深い信頼を寄せている。

 村人からの信頼も厚い。


 エルーは胸のざわつきを飲み込んだ。


■ 島の北――忘れられた洞窟の入口


 風が急に冷たくなり、前方に黒くぽっかりと口を開けた穴が見えた。


「あれが洞窟だ」


 近づくにつれ、洞窟の中から冷気が流れだしていることに気づく。

 夏でも暖かい島の空気に反し、洞窟の中だけ季節が冬のようだ。


「……どうしてこんなに冷たいの?」


「洞窟内部が深すぎて、太陽の温もりが届かないんだろう。

 昔の天族の施設が埋まっているという噂もあるが……定かではない」


 アルは魔法の光を掌に灯し、洞窟を照らした。

 エルーはその光の色を見て、ふと気になった。


(天族特有の天力の色……でも、少し弱い?

 この人……天力の気配がほとんどない……?)


 確認しようとした瞬間、ユーロが洞窟を覗き込んだ。


「なんか……空気が違う感じがするな」


「気圧が変わっているんだよ。

 この洞窟は、自然の産物ではない。人工的に広げられた形跡がある」


「人工的に……?」


 エルーは息を呑んだ。


(この洞窟……地族が作ったものなの?

 天族の手記にはこんなこと書いてなかった……)


 アルは光を掲げ、歩き出した。


「行こう。奥にある“場所”まで……まだ距離がある」


 三人は洞窟の奥へと進んだ。


■ 洞窟内部――古代の息吹


 洞窟の中は、外の世界とは別の空間のようだった。

 壁は鋭く削られたような跡があり、何百年という時間の中で風化しながらも、どこか整った形を保っている。


「これ……地族が作ったとは思えないな」


「地族は戦争前、天族の技術を模倣していた。

 中には天族よりも優れた職人もいたらしい。

 神器が作られたのも、その時代だ」


 エルーは壁に手を当てた。

 冷たさの中に、微かな振動を感じる。


「……何かが眠ってる……そんな感じがするわ」


「さすが王族だ。天力の感覚は鋭いね」


 アルが意味深に言う。

 エルーは複雑な表情を浮かべた。


(……感じている。この洞窟の奥に、強い力がある。でも……これは天族の力じゃない)


 ユーロもまた、胸の奥でざわつく感覚を覚えていた。

 何かに呼ばれているような、不思議な感覚。


「……変だな。俺まで妙な気分になる」


「ユーロの感覚は鋭いからね。

 だから、私は君を連れて来るべきだと思っていた」


「先生……なんで、そんなこと……」


「勘、だよ」


 アルは笑った。

 その笑みは、言葉とは違う“冷たさ”を含んでいた。


■ 洞窟の最深部――異質な空間


 さらに奥へ進むと、突然、世界が変わった。


「……え?」


 ユーロは思わず立ち止まった。


 そこにあったのは、自然の洞窟ではなかった。

 白く滑らかな壁が均一に並び、天井には光源が等間隔に埋め込まれている。

 まるで未来の研究施設のような空間が広がっていた。


「これ……なに……?」


 エルーは目を見開いた。


「天族の技術じゃないわ……

 それに、この材質……見たことがない……」


 アルだけは、この光景を見ても動揺しなかった。


「数十年前に偶然ここを発見した時、私も驚いたよ。

 天族の記録にもない、“もう一つの文明”だ」


「もう一つの……文明?」


「地族の中には、天族と異なる技術体系を研究していた集団がいたらしい。その名残だろう」


 ア ルの声が微かに震えていた。

 それは恐怖ではない。


 期待だ。


 焦がれるような――欲望に似た響き。


 エルーは知らず、背に寒気を覚えた。


■ 勾玉の間へ


 空間の奥はさらに広い部屋へと続いていた。

 そこには、台座が一つだけ置かれている。


 そして――台座の上に、


 緑色の光を宿した勾玉が浮遊していた。


「……これが……」


 エルーは一歩踏み出した。

 その瞬間、勾玉が淡く脈動を始める。


(応えている……私の天力に……!)


 胸の奥から光が引き出されるような感覚。

 息が少し乱れ、鼓動が早まった。


「エルー?」


「大丈夫……。ただ……力を感じるの。

 この勾玉……本物だわ!」


 ユーロも圧倒されていた。

 ただの石ではない。

 まるで生きているような存在感。


「これ……どうすればいいんだ?」


「神器は天族の天力に反応する。

 エルーさん……あなたなら触れられるはずだ」


 アルの声が、いつもより深い。

 いや、重い。


 エルーは不安を押し殺し、台座へ手を伸ばした。


「――!」


 光が激しく瞬き、天力が引き寄せられる感覚が走る。


(すごい……これが神器の……)


 だが、その瞬間――


 背後で足音が一つ、静かに近づいた。


「エルーさん。

 あなたが触れてくれてよかった」


 アルの声が低く変わる。


「……先生?」


「これで――やっと動かせる」


 ユーロが振り向いた。


 アルの手には、鋭く光るナイフが握られていた。

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