第5話 医師アル――天族で地族に寄り添う者
村の外れは、森の影が濃い場所だった。
陽光が入り込むことの少ない、小さな小径を抜けた先に――
ぽつんと、一軒の家が建っている。
木造だが他よりも整っており、外壁は清潔に保たれている。
家の周りには薬草が種類ごとに区分けされて植えられており、外観だけでこの家の主が医者であることを物語っていた。
「ここが……?」
「ああ。アル先生の家だよ」
ユーロが軽く戸を叩くと、すぐに中から穏やかな声が返ってきた。
「開いているよ。入りなさい……ユーロ。今日は珍しい客を連れているようだね」
扉を開けると、白い髪を後ろで束ねた男が立っていた。
痩せてはいるが、姿勢はまっすぐで、目は優しさと知性の光を宿している。
それが――アル先生だった。
「アル先生……今日もお邪魔します」
「構わないさ。しかし……」
アルの視線がエルーへ向けられた。
じっと、まるで内側まで見透かすような静かな目。
「……天族。それも王族の羽を持つ者が、この島に降りたとは。驚いたよ」
エルーはドキリとした。
自分が王族であることを隠すつもりはなかったが、こんなに簡単に見抜かれるとは思っていなかった。
「あなたが……この島の医師、アルさんですね。
私はエルー。天族の……王家の者です」
「名乗りをありがとう。ここでは、身分は無意味だが……」
アルはゆっくり微笑んだ。
「歓迎しよう。天族がこの島を訪れる理由は限られている。
だが、敵意がないのならば私は受け入れるさ」
不思議と安心感のある声だった。
ユーロが慕う理由も分かる気がした。
■ アルの診療所と、失われた自由
家の奥には治療用の台や薬草棚、乾燥中の薬草束が吊るされていた。
エルーは興味深くそれらを眺めた。
(天族なのに……どうして地族のために、これほど尽くせるのかしら)
天族は通常、地族に深入りしない。
しかし、この男は明らかに地族のために長い年月を過ごしている。
「アル先生は……ずっとこの島に?」
エルーの問いに、アルは一瞬だけ動きを止めた。
「……ああ。長いよ。天族にしては、珍しくね」
その声には、少しだけ乾いた響きがあった。
それは“かつて自由だった者の記憶”をかすかに感じさせた。
(アル先生……やっぱり何か事情があるのね)
■ 天族と地族の歴史を語る
ユーロが椅子に腰かけ、エルーも促されて座った。
アルは薬草を机に並べながら、穏やかな口調で話し始める。
「四百年前の戦争は、天族が勝った。しかし、その後の処理が最悪だった。
反抗した地族を空島に閉じ込め、天族自身は地上に降りて支配を続けた……」
エルーは痛みを感じながら聞いていた。
「あなたは……天族の側なのに、なぜそんな風に言えるの?」
「私は医者だ。目の前で苦しんでいる者がいれば、天族でも地族でも関係ない」
静かだが確固たる言葉。
ユーロもその姿勢に何度も救われてきた。
(アル先生は……本当に地族の味方なんだ。
だけど……今思えば、この優しさの奥に、もっと別の感情が隠れている気がする)
ユーロの胸に、微かな違和感がよぎったが、深く考えようとはしなかった。
■ 三種の神器の名を出すとき
「それで……エルーさん。あなたは何をしにこの島へ?」
エルーは姿勢を正し、はっきりと告げた。
「三種の神器のうち、一つ目――勾玉がこの島にある可能性が高いのです」
その瞬間、アルの手が止まった。
薬草を摘んでいた指が、まるで冷気に触れたように硬直する。
しかしすぐに微笑みを浮かべ、何事もなかったように動き始めた。
「ほう……神器か。懐かしい名前だ。地族が戦争中に作ったとされる、伝説の兵器だね」
「ご存じなのですか?」
「もちろん。興味深い話はなんでも調べるのが私の性分でね」
穏やかに微笑む。
だが、その目の奥に一瞬だけ――
“期待”とも“焦り”ともつかない光が走った。
ユーロはその表情の違いに気づいた。
(……今、先生、変な顔した?)
だが理由は分からない。
ユーロはただ、胸に小さな警鐘のようなものを感じた。
■ 深まる対話――アルの過去へのほのめかし
「アル先生……あなたは天族なのに、なぜ地族を治療しているのですか?
なぜこの島に?」
エルーが聞くと、アルはしばらく沈黙した。
そして、少しだけ寂しそうに笑った。
「私は……過ちを犯した。若い頃にね。
その罪の償いとして、この島へ送られたんだよ」
「罪……?」
「天族の社会は厳しい。
たとえ小さな過ちでも、王族に近い立場ならなおさら許されない」
それ以上は語らなかった。
エルーも追及することはしなかったが、その言葉の裏に、深い事情が隠れている気がした。
(アル先生は……ただの医者じゃない。
もっと複雑な過去があるはず……)
■ アルの提案――洞窟へ向かう
「勾玉のことなら……心当たりがある」
アルの静かな言葉に、ユーロもエルーも息を呑んだ。
「ほんとうに!?どこにあるのですか?」
「この島の北に古い洞窟がある。
私は昔、そこを調べて……“普通ではない場所”を見つけた」
「普通ではない……?」
「見れば分かる。言葉では説明できないものだ」
アルは真剣な目で二人を見つめる。
「その場所へ案内しよう。
だが……覚悟しておきなさい。
そこに何が眠っているのか――私にも完全には分からない」
エルーは迷わず頷いた。
「お願いします。案内してください」
ユーロもまた、胸の奥で燃えるような期待と不安を抱えながら頷いた。
(これが……外の世界への第一歩なのかもしれない)
アルは静かに立ち上がり、三人は家を出た。
風がざわりと揺れ、空を暗雲が覆い始めていた。
島は静かに、これから訪れる破局を予感しているようだった。
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