第4話 地族の少年と天族の姫の対話


 エルーの言葉に、ユーロはしばらく口を開けたまま固まっていた。

 風が吹き、砂埃を巻き上げ、二人の間に静かな緊張を作った。


「……あなた……この島の人ですね?」


 柔らかい声だった。

 だが、その声が持つ力は、ユーロの胸を深く揺らした。“王族”という地位を持つ者が地族に向けて発する声ではなかった。


「そ、そうだよ。俺は……この島で生まれて、この島で育った。ただの地族だ」


「よかった。話を聞いて欲しかったのです。私は――」


「いや、待ってくれ」


 ユーロは思わず一歩後ずさった。

 天族と話すなど許されない。まして相手は王族クラスの存在だ。


「どうして……天族が……いや、あんたみたいな人が、こんなところに来たんだ? ここは……地族の収容島なんだぞ。天族が降りる理由なんて……」


 エルーは視線を伏せ、胸の前で両手を握りしめた。


「理由があります。どうしても、ここに来なければならなかったのです」


「理由って……」


「……戦争を、止めたいんです」


 ユーロは息を呑んだ。

 エルーの言葉には、迷いも飾りもなかった。


 だが、すぐに現実が押し寄せる。


「戦争?天族同士で……か?」


「はい。父が殺されたことで国は混乱しています。貴族たちが王位を奪おうと動き始めていて、このままでは……」


 幼い頃から天族に迫害され続けた地族にとって、天族の内輪揉めなどどうでもいいことだ。だがユーロの胸には、不思議な感情が広がった。


(天族同士が争えば……この島にも影響が出る。

 俺たち地族だって、また巻き込まれるかもしれない)


 エルーの瞳がユーロを捕らえる。


「私は、三種の神器を探しています」


「神器……?」


 その名は島に残る古い伝承でも語られていた。

 だがユーロはそれを“ただの昔話”だと思っていた。


「戦争を終わらせることのできる力があると、父は言っていました。そして……その一つ、勾玉が、この島にある可能性があるのです」


「この島に……?」


 ユーロの胸がざわついた。

 この小さな島に、そんな巨大な謎が眠っていたなんて想像もしていなかった。


 だが、大きな問題があった。


「……もう一度聞きたい。

 なんで俺なんだ?なんで地族に、協力を求めるんだ?」


 エルーはほんの少しだけ微笑んだ。


「あなたが……私を見たとき、逃げなかったからです」


「え?」


「この島の人々は皆、私を恐れていました。天族の姿を見ただけで、家に隠れたり、怯えたり……。けれどあなたは、私をまっすぐ見た」


(そんな理由で……)


 ユーロは顔を赤くし、視線をそらした。


「いや……別に勇気があったわけじゃない。ただ、気になっただけだよ。

 天族なのに……あんたの目は、なんか必死そうだったから」


 エルーの胸がわずかに熱くなった。

 ユーロの言葉は、彼女が今まで一度も受け取ったことのない種類のものだった。


(私は、天族だからではなく、“ひとりの人間”として見られている……?)


 その思いが、彼女の心を少し軽くした。


■ 村の反応 ― 天族は恐怖の象徴


 だが、その安らぎは長く続かなかった。


「ユーロォォ!そこから離れろ!!」


 悲鳴にも似た声が村の方から響いた。

 家々の扉や窓が勢いよく閉まり、天族の巡回が訪れたとき以上の騒ぎが起こる。


「天族が来たぞ!隠れろ!」

「王族だ!絶対に目を合わせるな!」

「ユーロ、逃げろ!あいつに殺されるぞ!」


 ユーロは振り返り、叫んだ。


「ちがう!この人はそんな――!」


 だが、村人たちは全く耳を貸さなかった。


 それは四百年という年月で刻まれた“恐れ”だった。

 どれだけ善良な天族がいても、地族は「支配者」しか知らない。

 そしてエルーは王族の羽を持っている。それだけで、恐怖の象徴として十分だった。


(こんな……あまりにも理不尽だわ……)


 エルーは胸を締め付けられるように感じた。

 自分たち天族が積み重ねた罪が、地族の心にどれほど深く根づいているのか、あらためて突きつけられた気がした。


「大丈夫だよ、気にするな」


 ユーロが振り向き、エルーを安心させるように微笑んだ。


「お前……怖くないのか?」


「怖いよ。でも……あんたは、怖がってるように見えなかった。

 あんたの方が、よっぽど怯えてるじゃないか」


 エルーの胸に、暖かいものが広がっていった。


■ ユーロの決断 ― そしてアルへ


「エルー、ついて来てくれ。

 話を聞くなら……アル先生がいい」


「アル先生……?」


「ああ。医者で、この島の誰よりも天族のことを知ってる。

 天族なのに、地族の俺たちにずっと寄り添ってくれてる人だ」


 エルーは目を丸くした。


「天族なのに……この島に?」


「理由は知らない。でも、アル先生は……俺たちにとって大事な人なんだ」


 ユーロの声には強い信頼が込められていた。

 その信頼は、エルーにとっても救いだった。


(天族でありながら地族に寄り添う人……?

 そんな人が本当に……?)


 興味と希望が芽生え始めていた。


「案内してくれますか?」


「ああ。ついてきて」


 二人は村の外れへと歩き出した。

 周囲の人々は、恐怖と不安の入り混じった眼差しで二人を見つめ続けていた。


 空に風が吹き抜けた。

 まるでこれから始まる試練を告げるように。


 ユーロもエルーも知らなかった――

 この道の先で待つのは“協力者”ではなく、“運命を狂わせる存在”であることを。


 そう、アルこそが。

 勾玉と、そして二人の未来を大きく変えてしまう人物であることを。

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