騎士団長リゼ

第4話 選別

 講演会の会場は、俺の住む町から電車でたった三駅の場所で行われるようだった。

 大きな町ではなく、家と小さな工務店などしかない地域だ。駅から少し歩いた住宅街の中にある、古びた公会堂に向かう。


 保険の相談会や自治体の集会など以外ではほとんど使われていなさそうな、昭和の半ばからあるような建物だった。

 その入口に、少なくない人々が集まっている。


 大きな立て看板に「サンクタム・リボーン・オーダー主催 講演会」と書かれてあり、意味が分からない。


 立て看板で案内されるまま二階へ上がると、最も大きな講堂の扉の前で、左右にテーブルが並べられていた。


 すらりとした白いワンピースを着た女性や、シンプルな黒の服に身を包んだ男性が、テーブルの奥に立ち、笑顔で俺たちにパンフレットを配っている。


「来てくださったのですね」

「よくおいで下さいました」

「お会いできて嬉しいです」

「心強いですわ」

「私たちの願いに応じて下さったのですね」

「お探ししておりました、強きマナコアを持つお方」

「どうぞこちらへ、お茶をご用意致しております」


 来場者は流されるまま、差し出されたものを受け取って扉の奥に吸い込まれてゆく。

 あまりにも淀みなく、まるで駅の改札か、ライブ会場の入口のように。


 俺もその後ろに並び、スタッフと思しき男性とテーブル越しに対峙する。


「ようこそお越しくださいました!」


 遊園地のスタッフのような笑顔と共に、流れ作業でテーブルの上のパンフレットと小さめのペットボトルのお茶を取ろうとする、細マッチョのイケメン男性。

 俺は彼の首にかけられた名札を見て、思わず呟いた。


「ライナ……」


 それは、DMを送ってきたアカウントと同じ名前だった。

 俺の声を聞き逃さず、彼は笑顔をさらに強く咲かせた。


「もしかして、僕がDMを送らせて頂いた方ですか?」

「あの……ユキっていう、小説を書いてるアカウントだけど」

「ああ! あの『こんな異世界転生は絶対認めないので、最強になって早々に引退させてもらいます』の作者様の!」


 詰まることなくタイトルを叫んだライナは、パンフレットを拾うのをやめて、両手で俺の手を掴んだ。

 Web小説特有の長いタイトルを公衆の面前で叫ばれ、周りの来客が俺の方を向く。手をがっちり掴まれて逃げられない。


「来てくださったんですね! ありがとうございます! いやあ、嬉しいなあ! ほんとに貴方を見つけられてよかった!」

「あの、いや、分かったからでかい声出さないでください」

「あっ、ごめんなさい、つい……。でも、あの話を書いた本人にお会い出来るなんて本当に光栄だなあ。文章も綺麗でキャラクターも魅力的で、特に僕はリンフィが推しなんですけど、彼女がユウキと魔術テストでペアを組んだ時に最初ちょっと面倒がる素振りを見せながらもユウキのスキルに合わせて同時発動させる複合魔法を事前に理解しててっていう展開が……」


 やめてくれ。周りの人の視線が痛い。

 こんなイケメンと一緒にいたら、俺の顔面偏差値が余計低く査定される。


 だが、あれは結局ランダムスパムDMなどではなく、ライナがきちんと俺の小説を飛ばさず読み込んでくれたのだということがよく伝わった。


 普段、小説投稿サイトのコメント欄にもXにも、こんな風に細かく小説の感想をもらうことなどない。

 ハートを押してくれたり、短く「続きが楽しみです!」と書いてくれる読者はいたが、それだけだ。


 ライナの熱量に引きはしたが、俺が書いた小説について詳細に語られて、ついニヤけてしまいそうになる。


 それにしても、オタクの早口語りって、他人目線で見るとこんなにも痛々しく映るのか。

 細マッチョイケメンのライナならまだいいが、俺がやるとただのキモいオタクだ。


「……あの、ほんとに、そのへんで……」

「うわわわ、ごめんなさい、案内しないとなのに! はい、それじゃ、こちらがパンフレットとお飲み物です。前から詰めてお掛けください! あ、スマホはマナーモードでお願いしますね!」


 ライナは掴んでいた俺の手にそれらを握らせると、手を振って見送ってくれた。


 まだ恥ずかしいが、ふわふわと胸の奥が温まるのを感じて、自然と足取りが軽くなった。



 広い講堂に並べられたパイプ椅子に座る。

 目の前にはステージと大きなスクリーン、ファンタジーで見るような軍隊の


 左右の壁はカーブの窓になっているはずだが、遮光カーテンがかかっていて外が見えないようになっている。


 周りにいる人もなんだか俺と同じ、陰キャっぽい男ばかりだった。

 身だしなみも適当で、服も髪も清潔感がない。

 パイプ椅子に並んで座ると、ほんのり汗臭い。俺もそうかも知れない。


 右隣の同い年くらいの男は暇潰しにスマホゲームを始め、左隣の若いが小柄な男は縮こまって動かない。


 もし彼らも俺と同じようなプロセスでここに呼ばれたのだとしたら。

 彼らもまた、この「サンクタム・リボーン・オーダー」の連中に、貴方は特別だと誘われたのだろうか?


 特別が一体何人いるんだ、と眉を顰める。

 呼ばれたのは自分だけではないという事は、申し込み時から分かってはいたがやはり複雑だ。


 入口でライナにもらった、二つ折りのパンフレットをなんとなく開いてみた。緊張の手汗でよれよれになっている。

 一ページ目に、サイトに書かれてあったような文言が並んでいる。


『お待ちしておりました、私たちの新しい仲間』

『選ばれた貴方にだけ示す道があります』

『貴方の生きづらさは特別な存在である証』


 その甘い言葉から目が離せない。自分を癒すように、何度も文字を目でなぞる。


「選ばれた、特別な存在」


 小さく呟くと、ゲームをしている右隣の男がちらりと俺を見た。


 しばらくして、会場のパイプ椅子が埋まってきた頃、電気が消える。

 優しいが深いオーケストラの音楽が流れ、ステージだけが青白く照らされる。


『たいへんお待たせ致しました。ただいまより、サンクタム・リボーン・オーダー代表、リゼによる講演会を始めさせて頂きます』


 よく通る男性の声でアナウンスがかかる。

 そして、ライトを浴びて輝く一人の女性が、ステージの脇から颯爽と歩いてきた。


 呼吸を忘れてしまうほど美しい女性だった。

 アジア人と思えないほど艶のある長い銀髪が、彼女の動きに合わせて絹のカーテンのように揺れる。

 シンプルな白いドレスに身を包んではいるが、それでも隠しきれない大きな胸が布を押し上げている。


 マイクの前に立ち、まっすぐに客席を見る瞳は、透き通る湖のようなブルーだった。

 吸い込まれそうなほど透明感のある青に、俺は釘付けになった。


「……今日、ここにお集まりの皆さんに、まず最初にお伝えしたいことがあります。

 今、皆さんが感じている不満、不安、恐怖、無価値感、劣等感……それらは全て、皆さんが「普通の人間ではない」という証拠です」


 澄んだ青の瞳と、神からの預言を告げるような声に、俺は一瞬、背中を温かい手で押されるような心地がした。


「皆さんのその弱さは、時と場所が変われば強さになりえます。

 周りに馴染めず、できないこと、上手くいかないことが続き、自分ばかりが社会から浮いている気がする。

 それもそのはずです。それは現世、この日本において、魔力を持たない人間というコミュニティの中で存在する「常識」「当たり前」「誰でもできること」から外れているというだけなのですから」


 少しずつ。


 少しずつ、集まった者たちが前のめりになっていく。

 息をのむ気配が広がり、甘い香りと緊迫した空気が混ざって、複雑な空間が出来上がっていた。


「ここにい続けては、皆さんの真の魔力は縮こまり、眠ったままになります。

 貴方たちのその生きづらさは、ここではない別の世界では、大勢の人から求められている魔術の基礎なのです。

 ここではない場所、それは皆さんが本来いるべき場所、真価を発揮出来る世界……」


 美しい肌がライトを受けて、きらりと輝く。


「別の世界。つまり……異世界です」


 さも当然とばかりに、宝石のような言葉を目の前に並べてみせた。


 そんなわけが、と頭が拒否するも。

 カバンの中に入れた咲優輝の写真が、ひっそりと震えた気がした。


 壇上にいる彼女が、俺たち全員をまとめて包み込むように、ふわりと微笑んだ。


「自己紹介をさせてください。

 私はリゼ・アークライト。

 転生先の異世界から、日本へ戻って参りました」

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俺はまだ、異世界に転生できていません。 真朝 一 @marthamydear

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