第2話「その夜の各地」神奈教諭は斯く語りき
入学式と顔合わせ的なものを終えた後職員室に向かうと、
「おっ、吾妻坊お疲れさん。」
嘗ての恩師に当たる
ちなみに中部集管職員の出原の叔父にあたったりもする。世間は意外と狭い。
「お疲れ様です、出原師兄。それと坊はやめて下さい坊は。」
俺は基本尊敬出来る上筋の人は「師兄、師叔」と呼ぶ様にしている、大恩ある教諭であるのだから当然である、ただのガラが悪い落ちこぼれが本科まで出られて今が今なので尚更である。
「しばらく見ない内に随分と行ったもんだなぁ、あげく教諭にまでなっちまうし。」
仰有る通りです、我ながら予想外に育ちました。
「色々と恵まれすぎた結果です、俺が大したことないのは師兄が一番良くご存知でしょう。」
「かーっ、言葉まで上手くなりよってからに、ここを出てからの出会いが余程良かったんだろうよ、まったく強運なこって。」
俺自身が大恩を感じているのに相変わらず謙虚と云うか師兄に出会った事が俺にとって最初の幸運だって言うのになぁ。ただあの頃から年は取っているが変わらない空気感にほっこりしたものを感じたりもしつつ、
「正直受けるかどうか迷った話でもあったんですよ、師兄もご存知の通りそれなりに忙しい身分になってしまったものですから。」
事実多忙は多忙である、世界に五つしかないファンデーションのトップである、暇な理由が無い、相方や直系の弟子達が様子がおかしいレベルで優秀で無ければ世界中飛び回る羽目になってしまい今回の話を受けるどころではなくなっている筈である。
に対して出原師兄が、
「じゃぁ、そんな本来多忙な筈のお前さんが基礎校の教諭になろうだなんて御厨のお嬢からの依頼だっつっても難易度高過ぎだろ。」
相変わらず人と状況を良く見ている人だ。
俺がこの話を受けた理由の一つがこの人がいる内に一緒に仕事がしたかったと云う思いがあったりするんだが口にするのがちと恥ずかしいのでもう一つ思っていた事を答えておく。
「まぁうちの連中が面白がったってのもありますが、俺が抜けても大丈夫な物は作ってきたつもりですし、こっちに出てくる前の奴らにちょっとでも現役の頂点としてヒントが出せたらなって言ったら言い過ぎですかね。」
ちょっと自嘲気味に言うと、
「良いんじゃねえか、実際現役のガーディアンでしかも世界の最高戦力の一人なんだからなんら間違っちゃいねえ、でお前さんのことだから基礎教育やる気なんだろう。」
そこまでお見通しですか、本当この人には敵わないなぁと思いつつも、
「俺が師兄、いや出原先生から大事にしろって教わったのはこれっすからね。うちでも思考と動体の基礎を固める事からやってるんで。」
「ったくくすぐってぇ奴だよお前さんは、まぁしっかりと見てやってくれや。」
やっぱりこの人は変わらないなぁ、同僚として働ける事に嬉しさを感じながら「はい、お任せを。」と返事を返した。
帰り際に外で晩飯を食い、栄にあるファンデーションウィザード本部に帰って来ると、
「あ、師匠お帰りなさい。初日お疲れ様です、久しぶりの基礎学校はどうでした?」
迎えてくれたのはうちに所属しているガーディアンの中でも俺と相方達で育てた所謂直系の一人で中部集管長の従兄弟である、御厨優吾だった。
「あぁ御厨ただいま、何事も無く終わったしガキンチョ共も中々有りそうで良い感じだったぜ。」
今日思ったままの感想を返してやると。
「それは冗長で、凛ちゃんの仕掛けも悪くは無かったってとこですかね。」
従姉妹とは全然違い丁寧且つ理路整然と喋るのが優吾の方でどちらかと云うと御厨の人間はこっちが主流らしいのだが…何故御厨で最も優秀なのがあぁなんだか、気にしない様にしよう。
「それと中校って事は出原師兄はまだお見えだったんですか?辞めたって話は聞いていないのですが。」
関西校出身だというのに良く知っているもんだ。流石は情報の御厨の本家総領だな。
「先生か、お元気だったし俺からすれば相変わらずってかんじだったな、ついでに背筋の伸びる思いをさせてもらって気合が入ったって感じだな。」
無言で微笑みを返して来る御厨、余計な事は言わないのがこいつの上手いところだ。
「他の奴らは?っと。」
今いるのはウィザード本部の2階にある幹部以上のオフィスでここに席を構えているのは基本直系と言われる者のみだ。
東側の壁面にある大型モニターに幹部含めたファンデーション・ウィザードの世界中での動きがリアルタイムで表示されている。
「国内組でここ居るのは御厨と…。」
モニターから情報を拾っていると、
「ただいま戻りました、ってお頭ァお帰ンなさい。」
「あら、おっしょ様お戻りだったのですね。」
赤髪ベリーショートとセミロングの黒髪を三つ編みにした二人組の女性が帰ってきた。
この二人も御厨同様俺達の直系だ、赤髪の方が
「おぅ、お前らもご苦労さんな、後は各地に散ってんのと海外組か、うちも随分と忙しくなったもんだなぁ。」
個人としてこの業界に出て13年、相方達とカンパニーを立ち上げて8年、あっという間に個人としても組織としてもえらいところまで来てしまったもんだ。その上今度は社会に出る前のガキンチョ共の面倒と来たもんだ、相方達や弟子達からセルフブラックだの病的ワーカホリックだのと言われても仕方ないよなぁ…。
ここ数年の出来事を回想しつつ柴と柴田に返すと、
「良いではないですか、今まで手を付けられなかった所の底上げが出来ると思えばワタクシ達にも返ってくるものがございますし。」
「そう云うこってすよ、奈々の言う通りデビュー前にお頭がシッカリと仕込ンでくれりゃァうちだけじゃなく他所さンも含めて利になるってもンですよォ。」
まったくうちの奴らはこの半年で今まで以上にシッカリとしやがって、俺が基礎学校の教諭をやるって伝えてからのこいつらは元々良かった動きが更に一変しやがった。こういうのを有難いって云うんだろうなぁ、正直俺には贅沢が過ぎるって思わんくも無ぇが。
「実希ちゃん、奈々実ちゃんお帰り。
御厨が二人に帰還後の指示を出していると二人は、
「あいょォ。」「了解。」と短く返事を返しそれぞれのコンパートメントに向かって行った。
さて、俺も明日からの授業に向けての準備をしつつ休むかと御厨に、
「後は任せた、何かあったら上に居っから連絡くれ。」
「了解しました、お疲れ様ですとお休みなさいませ。」
背中越しに手を振り返しつエレベーターへ向かい5階へ、この建物のエレベーターも集管と同じ仕様で免許証毎に入れる階層が決まっている。5階は俺と相方2人の計3人のプライベートスペースになっており俺達のうち誰かと一緒でなければ立ち入れない場所となっている。
その中の俺個人のエリアに入りガーディアンとしての俺個人の端末に届いているメッセージを一通り確認した後、明日以降の授業のプランを軽く組み立ててから風呂に入り明日からの教諭生活に微かな期待を持ちつつ寝ることにした。
一方その頃中部集管長室にて、
「先輩の〜、初日は〜、上々だった〜様ですねぇ〜。」
集管長御厨凛はその手に中部基礎学校からの報告書を手に笑みを浮かべていた。
と、そこへチャイムの音と共にエレベーターのドアが開き緩やかなパーマのかかったブロンドヘアーの女性が入って来た。
「ハァイ、』時の
『時の女王』とは御厨凛の世界的な通り名であり通り名が付いているということは世界的に屈指の実力者である事を表してもいる。
イギリスが世界に誇るファンデーションのトップであり個人としても世界3位の地位にある女傑クリスティーナ・キングスフィールドがお付きのメイドを伴ってやって来た。
凛は目を細めながら、
「お久しぶりですね〜、クリス〜、日本に来るなんて珍しいですね〜。」
「貴女その喋り方ワザとでしょ、なんとかならないの?」
凛の話し方にツッコミを入れるも、
「どうですかね〜、今更〜、って〜思うんですよね〜。」
「あーもーいーわぁ、どうせ何か事情があるんでしょ、今後気にしない事にするわ。」
「そうしてもらえると〜、上々ですね〜。」
変わらない凛の話し方に諦めつつクリスティーナは、
「日本に来たのは関東集管との合同ミッションがあったからよ、それとそこで聞いたのだけど『
『教授』とは神奈吾妻の世界での通り名であり個人名よりこちらの方が世界的には有名だったりする。
「本当ですよ〜、前々から〜、先輩って〜、向いてると〜思っていたので〜。」
顔色一つ変えずに凛が応えると、
「クレイジーね、彼この世界における最重要人物の一人なのよ、彼や彼等を必要とする現場なんて世界中に山程あるわ。」
こののほほん女王は何をやってるんだかと思いながら更に問い詰めると。
凛はその身に纏っている空気を変えながら、
「未来への投資。」
先程までの穏やか且つのほほんとした空気とは隔絶した冷たさと威圧感を纏いながらクリスティーナへと一言で返した。
これが日本屈指のガーディアン『時の女王』の本性か、と冷たいものを感じながらも世界3位のプライドでそれを受け流しながら、
「我が国にも『教授』みたいな人欲しかったわ、しかも相方はあの『
ウィザードと同様な世界規模の組織であるファンデーションを抱えるクリスティーナとしては個人としてはともかく抱えている組織の人員の異常性をウィザードに感じていた。
ワークスにちょっと毛が生えた程度の人数でファンデーションに認定された最強の戦闘集団、一人一人が何かしらに特化した人員で構成されている最も偏った組織。何より異常なのは直系と言われる幹部クラス全員が全員世界の上位50人以内に含まれる様な通り名持ちである事。
その基盤となる組織を3人の指導者で僅か5年で作り上げたまさしく魔法使い《ウィザード》そのものである。
同じようにファンデーションを抱えるクリスティーナとしてはたまったものでは無い、何をどうしたらあんなふざけた物が出来上がるのかと。
「で、世界の羅針盤の一人に数えられる貴女が未来への投資なんて言うってことは何か見えているの?」
OC《オプションコントロール》として『時の
当然クリスティーナも何かあるのでは?と思っていたのだが、
「何も見えてはいないよ〜、ただね〜。」
「ただ、なに?」
先程以上の冷たさを纏って、
「最近また腐ってきちゃってるから。」
背筋が凍るかと思った、クリスティーナの率直な感想である。紛れもなく御厨凛と云うガーディアンは一集管の長と云うだけでなくこの世界の羅針盤として業界に君臨する女王であることをクリスティーナはその身を持って実感していた。
強く気持ちを持ち直して凛に向き直り、
「実のある話が聞けて楽しかったわ、また時間ごある時に遊びに来るわ、その時は基礎学校の見学とかもしてみたいわね。」
それに対し雰囲気を元に戻しながら、
「いつでも〜、いらして〜、くださいね〜、レベッカも〜、ね。」
クリスティーナに答えつつ彼女の後ろに控えているメイドにも声を掛けると。
「ありがとうございます、私もクリス様とまたご一緒させて頂きます。」
「いーのよ〜、レベッカ一人で来ても〜。」
メイド服のレベッカが困った顔をすると、
「あまりレベッカをいじめないで頂戴。」
「そんなこと〜、してないよ〜、ほぼ同格の相手に〜、いじめるも〜、無いよね〜。」
そう、クリスティーナのメイド然と振る舞っているが本来の立場はその副官、即ちファンデーションのNo.2である。クリスティーナのメイドは本人の趣味とカモフラージュと云う実益を兼ねての姿である、当然凛もその内実を知っておりこのように茶化してみているのだが、
「クイーン、お戯れが過ぎます、本日の私はクリス様のメイドでございますので。」
「あらそう〜、なら〜、そーゆーことで〜。」
流石にこれ以上は良くないと判断した凛はサラリと流した。
「じゃ、あらためてまた来るわ、叶うなら今度はプライベートで。」
そうしてイギリスが誇る組織のツートップ達は帰って行った。
同じ頃世界有数の歓楽街新宿歌舞伎町、ファンデーションウィザードのエースコンビ
「隆、師匠が中校の教諭受けたのってどう思う?」
現場に出る前に集管で仕入れた情報を共有しようと相方に尋ねると、
「せやなぁ、ただでさえ多忙なんにようやるってゆうか、間違い無う御厨の姐さんの仕業やろなぁ。」
やっぱりそうだろうなぁ、と相方と同じ所感を得ながら、
「修やんそろそろ仕留めんで。」
修一は隆司からの合図に呼応し速度を上げた。
ビルの屋上を飛びまわり逃げていたターゲットを予定の地点へと追い込んだ二人は今夜の現場の仕上げに掛かる。
追いつかれたターゲットは息を荒げながら、
「てめぇら何者なんだ、俺を夜天の王と知って喧嘩売ってんのか?」
呆れた様な視線で浅井が返す、
「ちょっと小生意気な力を手に入れた程度で『王』気取りですか、ちょっと物を燃やすのが得意な程度で何をほざいてんだか。」
ものの見事にバッサリ切り捨てた。
「修やん、言うたるなや、本人はいたって真面目に思てるかもしれへんのに。」
言われた自称夜天の王はブチ切れた、
「てめぇらまとめて消し炭に成りやがれ。」
その双眸が光ったと同時に……………、何も起こらなかった。
「ただ力を手に入れてきちんと学んで来てない三下なんてこんなもんでしょう。」
「厨二病極まれりって感じやもんなぁ。」
なぜ燃えないのか何度も二人に視線を向け念じても種火一つすら起こらない。
『
人の理から外れた力が何の制約も無しに使える筈も無く、一流のガーディアン達は誰よりもそれを熟知して動いており狂気に喰われた者がそれを知って使っている筈も無く。
冷ややかな視線を送りつ修一は、
「
はっきり言って訳が分からなかった、酸素を除く、そんな事が出来るのか?
空気が満ちている以上必ず酸素はある筈なのになんで奴らは燃えないんだ、燃えろ、と念じながらも心はどんどん焦燥感に塗り潰されて行く。
「ここら一帯の酸素濃度を下げてん、自分は知らんかも知れへんけどそないな道具があんねん、まぁ観念しときいや、詰みやで。」
種明かしと言わんばかりの隆司の言葉に遂に心がへし折れ膝から崩れ落ちた。
2人に手早く拘束され「自称夜天の王」は関東集管へと連行されて行った。
こうしてガーディアンに確保された者は『異能犯罪者』と呼ばれる。通常の犯罪者の様に警察が逮捕し検察が起訴し裁判所で裁かれるのではなく、集管で一切の情報を抜き出し、異能者を裁く為に作られた国際的基準法で処断される。
ガーディアンフォースとは文字通り理を維持する『力』なのである。
そんなガーディアンになるべく最初に門を叩くのが「維持従事者基礎学校」、全てはここから始まる。
「最高」神奈教諭は斯く語りき 更科悠 @haruka_sarashina
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