第1話「入学式」神奈教諭は斯く語りき

 前日の現場を終えた俺、神奈吾妻は名古屋にある中部基礎学校の入学式の教諭の席にいた。


 遡ること半年前、いつものごとく現場を終え名古屋駅の前にある「中部集管」に終了報告を上げに行き建物6階の「特別上級職フルアッパーランク」専用のフロアへ。

 受領カウンターで集管職員の出原修いずはら おさむに報告しようと声をかけると、


「あぁ、神奈さんお疲れ様です終報ですね、相変わらずわけのわからない質と量ですね。」


「出原ぁ、わけのわからないとはどういう意味かなぁ?至って普通にこなしてるだけなんだがなぁ。」

 心外である。


「いやぁ、世界4位のファンデーションのトップのワーカホリックっぷりたるや、集管長も頭を抱えるレベルですよ。」


 余裕を持って出来ることしかしていない筈なのだが何故かいつものこのやり取りである。


「と、そう言えば神奈さんその集管長から何かご相談がある様で見たら集管長室まで案内する様に言われていたんですよ。」


 中部集管長『御厨凛みくりや りん』基礎学校時代の後輩でありながら出世した才媛であり色々と柵のある人物である。

 正直この後輩の「お願い」は碌な事が無い。

 逃げられることなら逃げたいところだが、立場と柵がそれを許さないのがなんとも言えない。


「分かった、出原ありがとう、何か分からんが逝ってくるよ。」

「な、なんかいってのニュアンスが違う様に聞こえるんですけど。」

「気にするな、いつもの事だ。」


 顔にいくつも?を浮かべた出原に「またな。」と言いエレベーターへ向かう。

 集管の建物のエレベーターはすべてガーディアンの持っている「IDカード」通称「免許証ライセンス」とリンクしておりそれぞれのランクで行ける階が限定されている。

 それは当然俺にも当てはまるのだが、俺の免許証には階数の制限が無い、それはこの世界に於いて最上級であるEX《エクストラ》のランカーである為に他ならない。

 エレベーターの認証端末に免許証をかざし10階のボタンを押すとエレベーターは静かに上階へと上がっていく。


 10階に到着しエレベーターのドアが開くとワンフロア丸ごと軍隊の作戦司令室の様な部屋に出る。


「あ〜せんぱ〜い、お疲れ様です〜、待ってたんですよ〜。」

 相変わらず緊張感の無い喋り方をする奴だ。

「お疲れ様です御厨集管長、ご用と伺ったのですが?」

 皮肉たっぷりに返してやると、

「先輩、先輩に下手に出られると脳味噌が全力で拒否るのでやめて下さい。やめてくれないと私泣きますよ。」

 泣いてくれ泣いてくれと思っていると、

「本当に泣きますよ~優吾にも言っちゃいますよ〜。」

 優吾と云うのはこいつの従兄弟で俺の弟子である御厨優吾みくりや ゆうごのことである。

 御厨家は優秀なガーディアンを多く輩出している家でありその中でもこの二人は群を抜いておりこと情報戦に於いては天才的な二人でもある。

 ただこの集管長の従兄弟は従姉妹の凛が絡むととんでもないメンヘラお兄ちゃんと化してしまうので泣きつかれるととてつもなく面倒臭い。

 仕方ない。


「分かった分かった、俺が悪かったよ、で凛ちゃん俺に用事ってのは何だ?」

 幾許か嫌な予感を感じながらも聞いてみると。


「あの〜ですね〜、ものすご〜く先輩には言い辛い事と言うか〜、お願いし辛い事と言うか〜。」

 あぁやっぱりそう来たか、俺と優吾に対してのみに発揮される妹属性爆盛りあざとモードを仕掛けてきやがった。

 ある意味対特定人物用御厨凛必殺の無敵モード。

 これもまた仕方ないのか?


「なんだ、言い辛いお願いってのは、とっとと中身と理由を言え。」

 語気を荒げない様気をつけながら聞くと。


「先日この中部の基礎学校の教諭がお2人退職されまして〜。」

 聞くんじゃなかった、この先が見えてしまった。


「先輩人育てるのお上手じゃないですか〜、そこで〜、期間限定で良いので〜、基礎学校の教諭をお願いしたいのですよ。」

 最後の最後で喋り方からゆるさを抜きやがった。

 こいつの喋り方からゆるさが抜ける時はマジな時だ、命懸けの現場ですら滅多に変わらない喋り方が変わる時はこっちもスイッチを入れにゃならん事態がほとんどだ。


「て、どうせ集管長権限で俺の名前で決裁取ってんだろ。」

 こいつは色々な意味で情報戦の鬼才だ、逃げる算段を考えた所で意味は無い。

 なら、


「期間限定で良いんだな。」

「先輩が納得のいく期間で出来るなら。」

「俺からの条件を呑んでくれるなら。」

「伺いましょう。」

 いかん、まったくゆるさが無ぇ、仕方ない、腹括るか。


「俺にはウィザードもあるし立場上現場も捨てる訳にはいかん、そこを考慮した形で良いのなら受けてやろう。」

 相手は上司的立場の人間である。

 一応後輩だが上司的立場の人間である。

 酷い態度だと自分でも思うのだが、


「あ、ありがとうございます〜、ものすご〜く、ものすご〜く助かります〜。」

 戻りやがった…。


「はい、先輩。」

 書類の束とピンバッジとタイピンとカフスのセットを差し出して来た。

 用意の良いこって。


「今年度の〜、春期から〜、お願いします〜。」

 半年後からか、毎度の事ながら確信犯め、相方達かこいつじゃなかったら生まれてきた事を後悔させてやるのに。

 まぁそれでも受けてしまったものは仕方ないし、ネストに入る前の小僧共の育成か、自分が受けていた頃とどの位変わっていてどの位変わっていないのか楽しみに思う気持ちも無いではないし、何より可愛い後輩の頼みだ、しばらくはファンデーションのトップと基礎学校の教諭と現場の一ガーディアンの三足の草鞋を楽しんでみるか。




「これからの2年間、共に学び、共に鍛え、世の理を守れる人材に育って行って欲しい。これをもって私の挨拶とする。」


 校長の祝辞が終わり各教室の担任が紹介される、基礎学校は予科と本科の2年制で一学年6教室に分かれる。俺は予科の2神奈教室の担任に配属された。


 俺はいまいち着慣れないスリーピースのスーツに受け取っていたピンバッジとタイピンとカフスを付け、教諭用の端末を手に教室へと向かった。


 俺が足を踏み入れると騒がしかった教室は静まり、緊張した面持ちの生徒達の視線が集まる。


「あー、お前らそんなに緊張しなくっても良いぞ、ここでそんな緊張してたら将来現場に出らんなくなっちまうかんなぁ。」

 生徒達の緊張が少しずつ弛緩して行くのを感じながら、


「これから1年間担任を務める、神奈 吾妻だ。担当教科は基礎技術と基礎戦術の2つ、一応ここのOBでもある、教諭1年目の新米だがよろしく頼む。」


 生徒達の「よろしくお願いします。」が揃って返って来て直に、

「神奈先生、質問よろしいですか?」

 1人の女生徒が手を挙げて聞いて来た、うちの制服をきちんと着込んだボブカットにパッと見は困り顔風の少女だ。

 受け持つ生徒の情報は予め端末で受け取って一通り目を通してある、

「あぁ構わんぞ、山雅、山雅詩乃やまが しのだな、なんだ?」

 俺が名前を返すと目を見開きつつも山雅は、

「先生としてはかなりお若い様に見えるんですけど何歳なんですか?それと現役のガーディアンなんですか?」


 おっ、俺の頃にも居たなぁ教諭を見定めようとする優等生ちゃん、もっとも基礎学校を下から2番目で卒業した俺が言えたもんでも無ぇんだが。


「その質問に何の意味があるかと云えば正直意味の無い質問なんだが…。答える義務でもあるのか?」少し圧を掛けつつ返してやると、

「特別な意味はありませんが新任の先生と伺っていたので…。」

「不安か?」更に圧を加えると、顔色を悪くしながら、

「い、いえ。」

 少々やりすぎたかなと思いつつも必要を感じたので更に、

「お前らに最初の講義代わりに言っておく。ガーディアンに限らず情報とは明確な武器の一つだ。背中を預けられるレベルの相方やチームメイトや将来所属するネストの上役でも無い限り簡単に自分の情報を渡すな。」

 この手の家にでも生まれない限りは無い価値観だが今のうちに植え付けておかないと知らないうちに獅子身中の虫にされちまうからな。


「まっ、教諭としての実力を測る物差しがほしかったんだろうがそれはこれからそれぞれで身をもって判断してくれ、基本教諭は粒揃いだが合う合わないが無ぇとは言わねぇ、俺みてぇなガラの良くねぇ教諭じゃ嫌なら四半期考査の時に教室変更の申請が出来るはずだから好きにしろ。」

 どうやら生徒達は教室変更について知らなかったようで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてこっちを見ている。


「とまぁここは普通の学校じゃ無ぇ、これこら先の生存競争を生き残る為の基礎を学ぶ場所だ、全てを学び、全てを鍛える、校長の台詞じゃねぇがその上で付け加えるなら全てが自己責任の自己選択だ、このさき選ばれる機会があるとすれば本科を出た後のお披露目でネストに選ばれるか否かって時位だ、それも入るか否かは自己選択だがな。」

 圧を弱めつつ届くようにと込めながら話せば生徒達の目に力が入るのを感じた。

 この教室の奴らは悪くねぇ、まぁまぁキツめの事をやってみたんだが良い根性と意思を持ってやがる。案外教諭も楽しめそうだと心の中で笑みを深めていると。終業のチャイムが鳴る。


「今日はここまでだ、早速明日から授業が始まる各自寮に帰ったら準備と休憩をしっかり取っておけ、以上だ。」


「ありがとうございました。」と声の揃った返事を受け教室を出る。

 さぁ「休憩をしっかり取っておけ」の意味を何人が理解出来ているかな。

 自分の入学の頃を思い出しながら職員室へ向かった。

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